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タナトス --<勇者>--

 瞼を動かして目を開けた。

 飛び込んできた映像は綺麗な白い天井であった。

 どうやら俺はベットに横たわっているようだ。身体を起こして周りを見渡す。

 周りを見渡すと部屋はとても広いことが解り、そこには高貴な雰囲気漂う絵画、置物、赤い絨毯、樹の机があった。また、自分が横たわっているベットも質のいいベットであることにも気がつく。

 部屋はとても綺麗にされており、そこは魔王城に旅立つ前に案内された城の客室と遜色なかった。いや、この部屋のほうが綺麗だ。


「ここはどこだ?」


 俺は記憶を辿る旅に出る。

 ……ふむ、俺は確か、魔王城の玉座にてヴェルトに訓練をさせられていたはずだ。

 それなのに、俺は今、別の場所で横たわっていた。それに、ここは綺麗過ぎる。魔王城ではないはずだ。

 ならば何故このような場所にいるのだろう。

 まさか、俺が!


「そうか! 俺が伝説の古代超魔法である長距離空間転移の魔法を無意識で発動させてしまって魔王城より脱出してしまったのか! まったく、俺は底知れぬ程に凄い! 凄すぎる!」


 末恐ろしい程の力が俺には宿っているようだ。思わず身震いする。


「ふ……ふふ……ふははははははははははッ!」


 余りに凄すぎた俺に対して俺は高らかに笑う。

 これならヴェルトなど片手で倒せるだろう。俺は本当に恐ろしいようだ。


「ヴェルトなんてザコ野郎は後回しでもいいな。先に俺の凄さを祝わなくてはな」


 ひとしきり笑ったところで少し冷静になった俺は言った。

 ヴェルト何かを基準にして比べる必要なんてない。あんな野郎はザコだ。いや、一応あれでも魔王か。それでも俺と比べると可哀想なことになるな。

 それよりも祝をしなくてはいけないな。

 俺は周りを見渡して――。


「誰がザコだ」


 ドアに寄りかかってヴェルトが立っていた。いや、そんなはずはないはず。


「あれ? 何でヴェルトがここに? というよりもヴェルトがこんなとこにいたら、おかしいだろ?」


 ヴェルトがここにいるのは可笑しい。何故ならここは魔王城ではないのだから。ならば、目の前にいるヴェルトは幻覚か偽物ってところか?


「ここは俺の城の一室だぞ。だから、俺がここにいても不思議はないだろう」


 まったく、ヴェルトはまた可笑しなことを言う。冗談も休み休みにしてほしいとはこのシチュエーションのことを言うのだろう。

 とりあえず、ヴェルトには本当のことを教えてあげよう。


「こんな綺麗な高級そうな部屋が魔王城にあるはずないだろう? まったく、ヴェルトは冗談が好きなんだから」


 俺は真実をヴェルトに教えてあげた。

 なのにヴェルトは嘆息した。そして、バカを見るような目で俺を見た。まったく、バカはどっちだっての。それぐらい解ってほしい。


「あのな、グレイなんかが長距離空間転移魔法なんて使えるわけないだろうが。それに、魔王城だといっても客室ぐらいはある」

「え? 俺って長距離空間転移魔法が使えるんじゃないの?」

「使えるわけない」

「え? ここって魔王城なの?」

「そうだと言っている」


 ヴェルトはキッパリと否定した。

 どうやら俺のちょっとした勘違いだったようだ。まぁよくあることだ。うんうん。


「うん? ……なんで俺はここにいるんだ? 確か、玉座で訓練していたはずじゃぁ」

「その訓練中にグレイが倒れたんだ」

「?」


 訓練中に倒れた?

 はて、何故だろうか? 

 全然、思い出せない。


「何でそんなことになったんだっけ?」

「俺が放った『永遠なる業火』を短剣でぶった斬った直後に倒れたんだ」


 そう言われて倒れる前にしていた壮絶なる死闘を思い出した。

 確か、俺は漆黒の短剣を手にとって、ヴェルトの渾身の魔法を斬った。そうぶった斬ってやった。


「あ! そういえば、あの剣はどこに?」


 あの剣は手に馴染み、手放したくない。たった一度、それも少しの時間しか手にしていないのに何故かそう強く想う。


「あの剣ならば、そこの台座の上だ」


 ヴェルトはそう言って指差した。

 ヴェルトが指し示す場所である俺の横の台座をみるとそこには鞘に収まった一本の短剣があった。


「鞘については俺の私物の至高の逸品だ。抜き身のままでは困るだろう。だから用意をしておいた」


 ヴェルトが言う通り、あの時の短剣は鞘に納められていた。

 俺はベットから出てその剣を手にとった。

 ……剣は手に馴染む。俺は一度も短剣など手にしたことないはずなのだが何故だか馴染む。そもそも、剣自体をあまり手にすることがないのに馴染むとはおかしな話だ。

 手に馴染む短剣をどうしても試しに振りたくなる。


「ヴェルト、ちょっとこの剣を使って素振りしてもいいか?」

「あぁ、問題ないからいいぞ」


 俺は短剣を鞘から抜く。

 短剣は漆黒の輝きを放ち、見る者を魅了するほどの華麗さである。

 鞘もすごいのだが、やはりこの短剣に関してはさらに数段すごいことが身にしみて解る。

 その短剣に魅了され逸る気持ちを抑えて振りかぶる。


「ビュッ!」


 漆黒の短剣は黒の軌跡を描く。

 斬撃はさして鋭くはないが、決して鈍くない。


「やっぱり、グレイには短剣が合うようだな」

「あぁ、確かに振りやすいなッと」


 俺は返事しながらもう一度、素振りする。

 そして、幾度か素振りを続ける。

 ……何度目か解らないほどに素振りを続けたあとにヴェルトが口を開く。


「グレイにはその剣が合っているようだな」

「あぁ、この剣はすごく手に馴染むし、すごい気に入った」

「ならばだ。その剣をグレイにくれてやろう」

「いいのか?」

「歴代魔王が管理している秘宝だが、グレイにならくれてやろう」


 ヴェルトは何気に太っ腹だな。これを渡してしまったら、大惨事だろうはずなのに。一応、その辺りについても尋ねておいてあげよう。


「でもヴェルト、本当に俺がコレを貰っていいのか?」

「あぁ、いいぞ」

「大惨事になるのにいいのか?」

「まぁ俺は魔王だから、城内の者がどれだけ騒ごうとも鎮火してやるさ」

「いや、そんなことは大惨事じゃないだろ?」

「うん? ならば、グレイが言う大惨事とは何なのだ?」

「それは決まってるだろ。俺が強くなりすぎてヴェルトなんかすぐに追い抜いてしまうということだよ」


 ヴェルトが固まった。どうやら、俺が強くなりすぎる事実を忘れていたようだ。

 確かに俺に強くなって欲しかったが、余りにも強くなりすぎるのは問題があるのだろう。


「……俺を越えてしまうだと?」

「あぁ、軽々とな」


 当たり前の事実を尋ねるとは、相当参ってるのかと思われる。大丈夫だろうか。心配になる。


「……フッ、まぁそれぐらいの気概であるほうがいいのかもしれないな」


 間を開けたと思ったら急に落ち着いた表情で言った。豹変っぷりが凄いな。

 とりあえず貰って問題ないのであれば、遠慮なく貰っておこう。

 俺はもう一度、俺の剣を用いて素振りを行った。


「うん、やっぱりいいな。この剣、気に入った」

「それはそうと、この客室はしばらくグレイの部屋とする。だからといって余りに汚くすると馬小屋に移すからな」

「おう、解った」


 どうやら、この綺麗な部屋が俺の部屋となるらしい。ラッキーだな。


「それから、今日の訓練はもういい」

「うん? それよりもまだ俺に訓練は必要なのか?」

「……何故、必要でないのだ?」


 ヴェルトは本当にオツムが弱いのかもしれない。そんなことを聞かなくても赤子だって解るだろうに。

 ヴェルトを買いかぶり過ぎていたな、と内心に秘めて諭してあげることとする。


「何故ってそれはヴェルトを越してしまったし、訓練する必要はないと判断したんだよ」


 俺はただ事実を述べた。これでヴェルトにも解るであろう。

 しかし、ヴェルトは嘆息し、遠くを見るような目で俺を見た。まだ解ってないのかもしれない。まったく、バカだな。


「……本当のバカを相手にすると疲れるものだな」

「あぁ、その気持ち痛い程に解る」


 確かにバカを相手にすると疲れるよな。話が何も通じないし、大変なんだよな。

 ヴェルトはもう一つ、大きな嘆息をした。ヴェルトも大変なのだろうな。気の毒に。


「俺はグレイと相手にするのが疲れると言ったのにそんなことも解らないのか。まったく、本物のバカは手におえないな」

「なッ!」


 俺はヴェルトの発言に心底驚いた。

 俺を相手にすると疲れる、など一度も言っていなかったはずだ。ヴェルトはバカだけでなく、痴呆も患ってしまっているようだ。

 さすがの俺もその事実には驚いて、声をあげてしまった。


「……まぁ、ヴェルトが痴呆を患っていようとも大丈夫だよ。この先、何とかなるよ」


 俺は慈悲深い声で言った。ヴェルトも少しは救われるだろう。


「何か話が噛み合ってないな。まぁ、バカが相手だから仕方ないか」

「そうだな。バカが相手なら仕方ないよ」


 すかさずフォローする俺はナイスだな。


「それよりもグレイ。グレイはまだ俺を越していない。だから、明日からも訓練を続ける」

「ヴェルトは何言ってるんだ。俺がヴェルトを越えていない? そんなわけないじゃないか。俺はヴェルトの渾身の魔法を斬ったんだぜ? だから、認めたくないのは解るけど、越えてしまった事実は変わらないよ」

「あれが全力だと誰が言った。俺の全力はあんなものではない」

「またまた、負け惜しみを言うねぇ。素直に負けを認めたほうが潔くてカッコいいよ」

「まったく、バカに何を言っても仕方ないようだな。ならば、身体で理解せよ」


 ヴェルトはそう言うと手に魔力を集束させて、『永遠なる業火』を放った。


「へッ! 勝手に言ってろ! 俺が否定してやる!」


 短剣を持って、『永遠なる業火』にぶった斬ろうとする。


「え?」


 斬りつけた短剣は遠くへ弾かれた。いや、見事に弾かれたね。残念無念だ。


「って! ギャァァァ!」


 定番となりつつある火炙りの刑を受けた。










「くっそー、ヴェルトってば手加減ナシだな。本当にアレはキツいのによ」


 一人言を呟いた。

 今、この客室には俺一人だ。だから、一人言。でも常に一人言を言うわけではない。一応。

 それにしても今日は色々とあった。俺はベッドに身体を投げ出して今日を思い出す。

 まずは魔王との想像を絶するほどの死闘。あれは歴史に残る戦いだった。ただ僅かな差で敗北してしまった。

 そして、何故か魔王との師弟関係の結びを交わした。俺が少しばかり実力が劣っていたから、魔王のお願いを受諾して師弟関係となったのだ。まぁ俺に見込みがあったからどうしても弟子にしたかったのだろう。

 魔王ヴェルトによる訓練。珍しく身体はダルいと感じずに動けた。ただ相変わらず大剣は重かったが。

 その訓練中に漆黒の短剣で魔法を斬ったということ。初めて自分で少しは凄いことが出来た実感し嬉しかった。

 そして、何よりの想い出が――。


「コンコン」

「どうぞ」


 外からノックされた。特に人を拒む理由もないので身体を起こして返事をした。


「グレイの荷物を返すのを忘れていたから持ってきた。それから、衣類については汚くなっているからコレを使え」


 ドアを開けて入ってきたのはヴェルトだった。そして、部屋に入り手に持った荷物を机の上に置いた。


「あぁ、解った。遠慮なく使わせて貰う」

「コレは今からグレイの物だから遠慮など全くいらん。それから疲れたからと言って風呂には入らんというのは許さんぞ」

「……プッ」


 ヴェルトが言ったことに思わず笑んでしまう。

 魔王が勇者の風呂の心配するなんてな。

 ヴェルトは俺が笑顔になっているのを見て眉がつり上がる。


「何故、笑っているんだ?」

「あぁ、何でもないよ」

「む! ……何でもないならいいが」

「……プッ」


 ヴェルトは無精無精といった感じで返事した。

 その姿でまた笑ってしまう。


「クッ! もういい! 俺は部屋に戻る!」


 ヴェルトは羞恥心に勝てなくなったのか部屋をズカズカと出ていこうとした。

 俺はそのヴェルトに向かって一言声を掛ける。


「ヴェルト、ありがとうな」


 ヴェルトは振り返って此方を見た。


「あぁ、このぐらい礼にはおよばん。当然のことをしたまでだ。だから気にするな」


 ヴェルトの言葉に対して思わず俺は笑んでしまう。ヴェルトは首を傾げて俺を見ている。ヴェルトからすると『普通』な事柄だからだろう。


「何故、グレイはそんなに笑顔なんだ? ……まぁ、いいか。それよりも、その剣は俺にとって大切な剣だ。だから、大事にしてやってくれよ」

「あぁ、解ったよ」

「うむ、ではまた明日な」

「あぁ、また明日な」


 ヴェルトが部屋を出ていった。

 出ていった姿を見届けた後に俺は台座へと手を伸ばして短剣をとった。

 鞘は黒を基調としたシンプルな作りだが、作りには手抜きがない相当な腕の良い職人が作成したと解る程の立派な物だ。

 その立派な鞘に納まってる短剣を抜いた。


「……やっぱり、この剣は良いな」


 短剣は鞘と同様で黒を基調とした片刃反りの剣だ。装飾はシンプルである。だが、立派なというレベルを超越して伝説の武具以上といって差し支えない程の逸品であった。息さえ呑んで見とれてしまうほどだ。

 そして、何よりも俺にとって良いと思わせるところはこの手に馴染む感覚だ。馴染むだけでなく、力さえ湧いてくるような気がする。


「そんなわけないか。まぁとりあえず寝るか」


 俺は漆黒の短剣(タナトス)を置いて、床についた。





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