聖騎士の帰り道 ――<セノア>――
セノアのお話です。マリアより長いめ。
「全く、私が何故こんなお使いをしなければならない」
私はマリア様の使者として教会へと出向いた。
ちなみに何の使者かというと、和平のための使者だ。魔王が考えた策をマリア様がまとめた文書を届け、策の返答についても教会から預かり、魔王へと渡すといった使者。
そして、今はその帰りの道中だ。
「戦争でもして、魔族など滅ぼせばいいものを」
どうせなら、魔族など滅ぼせばいい。そうとしか、考えられない。
私たちは弱きを助け、出来る限りの平穏をもたらす者なのだから。
魔族なぞ争いの元。いや、歴史から見るに悪の根源と言っても過言ではない。だから、平穏をもたらす者としては、魔族は滅ぼすべきと考えるのは当然だ。
なのに、教主様とマリア様は魔族と敵対せずに和平を選ぶという。全くもって理解出来ない。
「グルルゥッ!」
「モンスターか」
唸り声をあげながら、狼型のモンスターであるファングが森から街道に現れた。
ファングの大きさは人間程で速度が速いモンスター。なお、攻撃は自身の大きな爪と牙から繰り出すのみだ。
速度は速いが攻撃が爪と牙のみで単調ということより、E++ランク程度のモンスターだ。
Eランクは一般兵士で相手が出来る程度だ。
ファングは唸り声を止めて、此方へ突進を始める。
私は剣を抜いて臨戦体勢をとる。
ファングは風のように駆ける。
速い……それは一般兵士レベルから見た印象。私からすれば、遅いッ!
ファングが目前へと迫ったところでサイドステップにより、攻撃を避ける。避けざまに剣を横一閃させる。
ファングは上下に二分されて、後方で倒れる。どうやら、一撃で絶命したようだ。
「ふむ、この程度のモンスターなら、余裕だな」
この程度のモンスターなら、良く倒して弱き者を守ってきた。
魔王もこのぐらいなら瞬殺してやるのに。
「きゃぁぁ、助けてッ!!」
街道の横の森から、悲鳴が聞こえた。それはいつも守ってきた弱き者の悲鳴と一緒だ。
だが、ここは魔族の領域の街道。ならば、悲鳴の元は魔族だろう。
助ける必要なぞはない。
そう思いながらも、いつの間にか私は悲鳴が聞こえたほうへと駆けていた。
悲鳴が聞こえた場所へと近づいたときに、ある光景が見えた。
それは、幼き魔族の少女をファング5匹ほどが前から追い込んでいる姿。
様子から察するに少女はファングに襲われているのだろう。少女はカタカタと震えているのが良い証拠だ。
魔族の少女なぞ、と思いながらも身体は勝手に動いて、ファングから少女を守るような位置へと移動していた。
「お、お姉ちゃん? た、助けてくれるの?」
「当たり前だ。後ろへ下がっていろ」
震えている少女の言葉に当然と言わんばかりの返答をした。これも自然と出てきた。
そのやり取りをしている最中に一匹のファングが飛び出してきた。
不用意に飛び込んできたファングを剣で真っ二つに一刀両断する。
そのファングが真っ二つになったせいで他のファングが驚き固まる。その間に間に距離をつめて、もう二匹ほど剣で葬り去る。
その後の二匹が我を取り戻して、左右から攻撃を仕掛けてくる。
私はバックステップをして、左右から迫りくる攻撃を避ける。そして無防備になったファングに二撃を繰り出して、葬り去る。
そうして、瞬く間にファングを全滅させた。
私は少女の元へと行き、頭を撫でてやる。
「もう倒したから、安心してよいぞ」
「……ぇぇぇぇん」
少女は私に抱きついてきて、息を急ききるように泣く。余程、怖かったのだろう。今もまだ震えている。
その少女を落ち着かせるために私は頭を撫でてやる。「大丈夫」と言い聞かせながら。
しばらくすると少女は震えも収まり泣くのも止めた。
そして、輝くような笑顔を見せて口を開く。
「お姉ちゃん。ありがとうッ!」
「礼にはおよばん」
そうは言うも少女の笑顔に気持ちが嬉しくなる。やはり、人は笑顔がいいな。
これを守るために私は強くなったのだとも思える瞬間だ。
といっても、本当は魔族の少女ではなく、人間のために強くなったのだがな。
泣きやんだ少女を見て、一つの疑問を訪ねてみる。
「そうえば、何故こんな場所にいるのだ? ここは集落からは離れているかと思うのだが」
「……お母さんが病気で倒れたの。それでこの森の奥に生息する薬草が必要だから、取りにきたの」
少女は全くもって無謀な話をした。恐らくだが、この森はモンスターが多く生息している。
そんな森の奥に行くとしたら、モンスターとは確実に出会うだろう。そして、モンスターに出会し戦う術がなければ、殺されるだけだ。
もちろん、この少女には戦う術などない。だから、本当に無謀なことをしている。
ただ、それでも母親を救いたいという気持ちいっぱいでここまで来たのだろう。
悩ましいことだな。
この少女を放っておくと、モンスターに襲われて次は間違いなく死ぬだろう。
と言ったところで、少女は言うことを聞いて集落に戻ることはしないだろう。そうでなければ、そもそもこんなところに来りはしていないだろう。
そもそもだ。私は少女を止める必要もないし、助けてやる必要もないだろう。
なぜならば、少女は魔族。
魔族なぞ死んでしまっても……。
「はぁ……。仕方ない薬草取りに付き合ってやる。貴様だけでは、死んでしまうだろうしな。それだとたまたま今回助けたのに目覚めが悪い。だから、ほんとーに仕方なく付き合ってやる」
「お姉ちゃん、ありがとうッ!」
少女は満面の笑みを浮かべ、私に抱きついてくる。「えへへへ」なんて漏らしている。嬉しそうな笑顔だ。
ふ、ふん。仕方ないから、頭を撫でてやる。
……本当に仕方ないからだぞ?
それから、一人だと本当に怖かったのだろうな。そのこともあってこうやって抱きついてきているのだろう。
「礼はいいから、さっさと薬草を取りに行くぞ」
「うんッ!」
そう言ってから、二人は出発した。
その後、何度かファングやゴブリンなど下級レベルのモンスターと遭遇するも問題もなく対処する。
下級レベルなら群がろうが雑魚に変わりなく、私の相手にもならない。もっとも少女一人ならそうもいかないだろうが。
「あれッ! あの、薬草が捜していた薬草ッ!!」
「見つかって良かったな。……だが、見つけたくないものも見つけてしまったようだ」
「うん? お姉ちゃん? 何かあるの?」
「あぁ、飛びきりにヤバいのがな」
薬草があった位置から森の奥。そこから、レッサードラゴンが現れた。
レッサードラゴンは小さいドラゴンだ。ただ、小さいというのはドラゴン種の中での話。
実際に今、目の前にいるレッサードラゴンは体長4メートル程だ。それからレッサードラゴンの鱗は鋼鉄並に硬く、高威力の爪やブレスなどの強烈な攻撃を持つ。
ちなみにドラゴン種では下級ランク。ただ、それも普通のランクからすると高ランクに位置する。
レッサードラゴンはBランクといったレベルだ。人間では大隊長クラスの強さと遜色ない。
私の相手としてはかなり強敵だ。それでも、何とか勝てるかもしれないレベル。
といっても少女を守りながら戦うとなると、厄介な相手というか勝てない相手になる。
……いや、いざとなれば、少女を見捨てればいいか。そこまで庇ってやる必要はない。
ただ気が散ることと守りながら戦うことは出来ないのは確かなので少女を後ろへ下がるように合図する。少女も事態を解っているようで後ろに直ぐに下がる。
さて、死闘でもするか。
剣を抜いて、身構える。そして、魔力を循環させる。
「光よ。鎧となり、剣となり、血となり、我に力をもたらせ。光の纏い」
私が唯一得意とする魔法である光の纏いを使い、戦闘能力を上げる。
光の纏いは補助魔法の一種で攻撃力、防御力を上げる効果と身体に光の属性を付加することが出来る優れた上級な魔法だ。尚、光は光の銃弾などと同様で光による攻撃にも使用することが出来る。
先程までの敵では使用しなかった魔法だが、この敵には使っておかないと勝負にならない。それだけの強敵だ。
こっちが準備が出来たのと同時にレッサードラゴンは口に瞬時に魔力を集める。
――ブレス系の攻撃が来る。そう思った瞬間に炎のブレスが放たれる。
それを見る前に光を纏った剣で一閃放った。
光は横一閃で炎のブレスへと向かい、衝突を起こすが、少しばかり炎を押し止めるだけで終わる。炎のブレスを消し去ることなど叶わない。
だが、そのことは予測出来ていた。だから、一閃を放った後に、直ぐにサイドダッシュをしていた。何とか、時間を稼げれば十分だったのだ。
ゴォォォォッ!!
炎は轟音を上げながら横を通過する。もくろみ通り、炎を回避することが出来た。
回避出来た直後に相手との距離を詰め、斬撃を繰り出す。
ザシュ――。
ドラゴンの鱗を裂くが筋肉で斬撃が浅い位置で止まる。
鱗にかなり勢いが殺されたことと筋肉の固さで致命傷には程遠い結果となった。
攻撃した直後、身の危険を感じて剣を引き距離をとるために後ろへと飛ぶ。
次の瞬間、ドラゴンから炎のブレスが先程までいた場所に放たれた。
冷や汗が流れる。
あと少し遅れていれば、炎のブレスが直撃して大ダメージを負っていたところだ。
一瞬の遅れが命取りとなる。それほどまでに一撃の威力は凄まじい。
といっても、回避すれば問題はない。それに致命傷は一撃で与えることは出来ないが、ダメージを与えることは出来る。
この分なら、全て相手の攻撃を避けて、攻撃を重ねれば何とか勝てる。
勝機を見い出した後に何度も攻撃を繰り返し与えていき、ドラゴンを弱らせる。
――あと少し攻撃をくらわせば、勝ち。
体力と魔力を消費するもそう思えるところまで勝利が見えてきた。
そうして、あと何度か攻撃を加えれば、終わりを迎えるといったところで、ドラゴンは明後日の方向に炎のブレスを放とうと準備する。
――どうした?
と考え、ドラゴンの目標を追う。
すると、そこには少女がいた。
その少女を確認するやいなや私は遮二無二考えずに駆ける。
駆けてきた私が少女とドラゴンの間に入ったところで炎のブレスが放たれた。
「くッ!!」
悪足掻きだが、剣を最大限の威力で剣線を炎のブレスに向かって放つ。
――ガガッ!
光の剣線は炎のブレスと衝突し、互いに強く光る。炎のブレスの威力を半ば削ることには成功するが、全てを消しさることは出来ない。
炎のブレスはそのまま私を飲み込む。
ゴォォォォ!!
光の纏いが剥がされ、炎が私を焼く。
腕を交差して炎を受けたため、致命傷にはならなかったが、腕が焼かれてしまう。
腕はボロボロに焼きただれ、剣は地面に落してしまう。
どうやら、直ぐに剣を握る力は残されていない。残された攻撃方法である私の魔法ではこのレベルの相手には対抗できはなしない。
距離を稼ぎ、治療魔法を掛けて腕を治すことも少女を庇いながらでは出来ない。
これでは、相手を倒すことは出来ない。私の勝ちは望みがなくなった。
といってもそれは少女を見捨てないで戦った場合の話だ。
少女を見捨て、あまつさえ盾代わりとして使えば、隙をついて倒すことはまだ出来るだろう。
いや、それよりも逃げたほうが良いな。
だが――。
「お、お姉ちゃん?」
少女はこちらの様子を見て、泣きそうな顔をして口を開いた。
さっきまでは笑顔だったのに。
私はこの顔を見たくない。さっきのような笑顔が好きなのだ。
そう私は少女を見捨てて、勝利や逃げることなどはしない。
私の守るべきモノを守らずして、勝利しても逃げて生きながらえても意味がない。
私は命尽きようとも守るために戦うのだから。
「大丈夫。私がアイツを倒す。だから、もう少し待っていろ」
「……うん」
少女は私の声を聞いて安心する。
そして、あの表情を見せた。あの笑顔を。
さて、勝機はないが、引き分けに持ち込むことが出来る魔法を使うとしよう。
私が無事に済むかどうかは解らないけど、私は守るために戦うのだかろ良い。
そう決心を決めて余裕を見せているドラゴンに突撃しようと――。
「ふむ、満身創痍だな。手を貸してやろう」
ふと、後ろから見知った声が聞こえる。
私が大嫌いなアイツの声だ。
「魔王……貴様、何のつもりだ? 私など助けて。私は敵だろう?」
「ふん、セノアは敵でない。そこの少女を命掛けで守る姿を見て敵などとは思えんよ。それにセノアは守るために戦うのだろう? ならば、俺が今から戦う理由も解るはずだ」
そう言って、魔王は消えるようにドラゴンへと距離を詰めた。
ドラゴンは全く反応が出来ておらず、魔王が近づいたことにも気づいていない。
「終わりだ」
そう言って、魔王は右の拳をドラゴンへと突き出す。
突き出された拳は絶大な威力を誇り、ドラゴンを貫通した。
そうして、こっちの苦労がバカらしい程にあっさりとドラゴンは倒された。
あのドラゴンが赤子のように扱われた。本当に魔王は強い。
ドラゴンを葬った後に私のもとへ魔王は来た。
そして、私に向けて、手を向けて魔力を集束させる。
――やっぱり、私を殺す気か?
そう思っていたところで予想外の魔法が放たれた。
「癒しの光」
そう癒しの光を使ってきたのだ。光属性であるこの魔法を。
それに私を治療するために使ったのだ訳が解らない。
「何故こんなことを?」
「何故というか、それぐらい解るだろう? お前は傷ついていたのだ。それが見るに耐えなくてな。元々、肌が綺麗な分よけいにな」
「なッ! わ、わたしは戦う者だッ! 肌が綺麗なわけがないだろうがッ! それに私の問いの答えになっていない!!」
「ん? 何を焦っているのだ? というよりか、肌は綺麗だぞ。俺は思ったことしか言わないから本当だ。それよりも、少女がお前を気にしているぞ。一声掛けてやれ」
「ふ、ふんッ! 貴様に言われんでも解っているッ! それから焦ってなどいない!!」
私は魔王から目を逸らし、後ろにいる少女へと向く。
そして少女のために口を開く。
「大丈夫か? 私が倒したわけではないが、もう安心だぞ」
そう言って少女の頭を撫でてやる。少女は嬉しそうに笑顔を見せて「うん」と言った。
私が見たいのはこれだ。
「うむ、やはり笑顔はいいものだな」
その後、無事薬草を摘み、少女を集落へと送る。
そして少女が持ってきた薬草を煎じてやり、寝たきり状態となっている少女の母親に飲ませてやる。
すると少女の母親は少しだけ瞼を開き、上体を起こした。どうやら、直ぐに効き目が出たようだ。
少女は母親に抱きついて、喚くように泣く。本当に嬉しそうだった。
少女の母親は泣きつかれた少女を胸に抱き、私から経緯を話す。話を聞いた少女の母親は「まったく、この子は」と言いながら、涙を流し、子の頭を優しく、優しく撫でてやっていた。
そして、私に「本当にありがとうございました。この恩は忘れません」と言って頭を下げる。私としては当然のことをしただけなので「どういたしまして」と返した。
その後、少女の家を後にして、魔王城へと帰る。
ちなみにだが、魔王はすぐに「仕事が残っているから、先に帰らせてもらう」と言って、一人帰っていった。
そうして、魔王城へと帰ってきたので、魔王に尋ねたいこともあり、私は執務室へと訪れた。
コンコン。
ノックをする。「構わぬ、入れ」と言われて私は執務室へと入った。
執務室へと入ってきた私を見て魔王は「うむ、お前か」と言って、仕事へと戻る。
私はその魔王に対して聞きたかったことを聞く。
「何故、あの場に現れたのだ?」
「あぁ、セノアが街道から外れたのを確認したことと、あの場所の森ではドラゴンが出ると聞いていたからな。念のため、セノアに危害がないように俺が出向いたのだ」
魔王はそう言って、私を見ないままに応えた。そして、「ギリギリだったし、セノアに怪我があったから間にあったのかどうかは怪しいけどな」と続けて言った。
なるほど、私にも危害を加えないようにするために探知魔法を使用していたのか。
一つの疑問は解けた。では本当に聞きたかった疑問を聞く。
「なるほど。先程の問いは解った。ではもう一つだ。何故、私を助けたのだ?」
そう私が聞きたかったのはコレだ。
正直な話、道中で勝手に道を逸れた私を助ける道理などないはずだ。教会の意向を知っているといっても恐らく魔王はその情報はとっくに報告を受けているだろう。それだけ優秀な部下がいることは最近、解ってきたことだ。
ならば、私の価値など特にないはず。多少、和平に支障を来すかどうかといった程度だ。
わざわざ、魔王本人が駆けつけて助ける必要のない人物。
なのに、魔王は私を助けにきた。それが疑問だったのだ。
「それは、あのときにも言ったはずだがな」
「あれでは解らん」
「……俺はお前が守りたかった。ただそれだけだ」
「なッ!」
「俺だってセノアと戦う理由は変わらない。俺は出来る限りの人を守りたいだけだ。ただそれだけだ」
「……ふふふ、そうか」
「……」
笑う私を見て、ヴェルトは酷く不機嫌そうになる。
だが、私は笑ってしまう。止めることなど出来ない。
だって、魔王がただのお人よしだったって解ったら、笑うしかない。
次は誰の話にするかは未定!!
※今回から↓付けるようにしてみました。また気が向いたら、昔の奴にも説明を付けておきます。
《補足》
・レッサードラゴン ―Bランク
鱗、爪牙、目玉、肉など良質な素材の塊である。
知能は動物程度で性質は総じて凶暴である。
そして、ドラゴンというだけあり、熟練した戦士クラス(大隊長クラス)でなければ、組みすることは出来ない。(魔王は魔族でも特別に強いため、弱く見えただけ)
・ファング ―Eランク
Eランクという中では素早く下級兵士を手こずらせるモンスター。
攻撃は自身の爪と牙による攻撃のみ。
群れて戦うことが多い。
・光の纏い
光を纏い、攻撃力・防御力を上げる上級の補助魔法。
また、光による攻撃・防御も可能で、補助魔法ながら攻撃魔法と同等のことも出来る。
使用者は聖騎士でも上級クラスでないとは使えない魔法。