決闘前夜 --<魔王>--
決闘を取り付けた後、青髪の兵士は他の兵士がいるだろうと思われる場所へと帰っていった。グレイも茫然とした様子で自室へと帰っていった。
「マリア様! 私もお供いたします!」
「もうここまで来れたみたいだし、大丈夫だからセノアは教会へと帰っていいわよ」
「例えここまで来れたと言ってもここは魔族の巣窟です! こんな場所で一人になるなど危険すぎます!」
「危険ではないと思うわ。そうですよね? 魔王様?」
そして残った二人である聖女ことマリアと護衛であろうセノアが言い争いを始めた。
内容としては、セノアがここに残るか残らないかといったことだ。恐らく、マリアはセノアが残ることが嫌なのだろう。正直、俺としてはどっちでもいいがな。
とりあえずマリアに味方するわけではないが聞かれたことに対してのみ返答する。
「そうだな。捕虜となった者に対して無礼な真似はしないぞ。だから、危害を加えることなどない」
「うるさぁぁあぁぁい! 私はマリア様と話をしているのだッ! 黙れッ!!」
護衛のセノアとやらはどうやら、相当に気が短いらしい。それに魔族を嫌悪しているようだ。
教会の人間ということだから、そこまで珍しくはないが、魔王である俺に対してここまで言えるヤツは珍しいだろう。
それから今のやり取りでセノアが帰って欲しい理由は理解出来た。
あと、マリアは常識があるようで「ごめんなさい」と俺に対して謝っていた。
「――だから、マリア様! 一人はダメです! 私を――」
「いーえ、あなたには帰ってやるべき――」
二人が平行線を辿ったままに言い争いを続けている。めんどうだ。
これはなかなか終わる気配がない。そう感じた俺は横やりを入れることとする。
「確かにいくら、魔王である俺が信用しろと言っても信用できないことも解る。だからだ。護衛とやらもここに居たらいい。そうすれば、色々とマリアも助かることが多いだろうし、マリアの世話に手を焼くことも少なくなる」
そうセノアを帰らせるのは骨が折れそうだったので、セノアに味方をすることとした。
「マリア様の名を気安く呼ぶな! この魔族め! だが、今の発言は聞いておいてやろう。マリア様、アイツも賛同していることもありますので私もここに残ることとします!」
「……仕方ないわね。解ったわ」
どうやら、俺の後押しもありセノアもここにいることが決まった。
と言っても恐らく俺が横やりを入れなくてもセノアの粘り勝ちだったろうとは予測できたがな。
「客間へと案内する。二人とも着いてきてくれ」
「はい、解りました」
「仕方ない。魔族の後に続くのは嫌だが着いていってやろう」
そうして、俺と二人は歩き始めた。
歩く際に二人は月明かりに照らされて幻聴的な雰囲気を出す絵画が掛けられていた廊下の壁を意外そうに眺めていた。
何故、意外そうに眺めていたのかは『魔王城なのに綺麗だ』ということらしい。そう二人が話していた。
そういえば、グレイも『綺麗ではないはず』とか言っていたな。いったい、魔族にどんなイメージがあるのか気になるな。
「何点かお尋ねしてもいいですか?」
「構わない。但し、歩きながらだがな」
少し歩いて城内の観察が終わったのか、マリアは尋ねてきた。
聞かずとも聞きたいことは予想できるのだがな。一応、聞いておこう。
「まず、一点目です。何故、直ぐに私の目的が解ったのですか?」
「お前達が入国した時点でお前達の中に聖女がいることも知っていた。その聖女が入国したとなったら、ここに来ることは予測できた。そのおかげで聖女がここに到着するまで考える時間はたっぷりあったから、時間を掛けて考えていた。だから、直ぐに解ったというわけではない」
「何故、私達がここに来ることを予測できたのですか? もしかしたら、違う所に用があったのかもしれませんのに」
「この時期に限ってその可能性は低いだろう。その辺りも考えてはいたが、外れたら外れたで構わない。元々がイレギュラー要素だったから、マイナスにさえ、ならなければいい」
「そうですね」
ここで二つのことは伏せておいた。
まず一つ目は入国前から聖女が魔王城に訪ねてくる可能性があると解っていたこと。これは諜報員の報告内容から推測したことにより可能性があると解ったのだ。もちろん確定情報ではなかったがな。
二つ目は目的について直ぐに予想できたこと。これは国を強く想っている人間であれば、直ぐに思い付くはずだ。
あえて、隠す必要もないのだが、言う必要もないと判断して伏せておいたのだ。
「ふん、魔族がそこまで考えている訳ないですよ。魔族なんて野蛮な奴らが何かを考えることなどできません。たぶん、あの時はたまたま解っただけですよ」
さっきまで一人黙っていたセノアが文句を言ってきた。文句の内容はかなり幼稚だ。
相手をするのも疲れるので、適当に合わせておく。
「どう捉えようが構わんない。……それで聞きたいことはそれだけか?」
「いえ、もう一点、大事なことが……」
「着いたぞ。とりあえずここが客間だ。だから聞きたいことは手短に話せ」
そうこう話をしている内に客間へと着いた。
そして、俺はやるべきことがあるので手短に話をするように促した。
「なッ! マリア様に何と無礼――」
「黙れッ! 生憎、俺はお前と付き合う暇はない! 黙らないというのであれば、無理やりにでも黙らすぞ」
「ッ!」
セノアは俺の気当たりに負けて一歩後ずさった。額には汗が流れていた。
どうやら、相手の力量を見極める力ぐらいはあるようだな。しかも、俺の気当たりで一歩引く程度に留めていることから、実力はけっこうなものだろう。
「解りました。単刀直入に聞かせていただきます」
「何だ?」
「勇者が明日の決闘に勝つ見込みはあるのですか?」
「アイツなら勝つ」
俺は即答した。迷う必要もない。なぜならば、信じていたからアイツを。
「階級では隊長ですが、相手は仮にも『氷壁の騎士』と二つ名を持つほどの力量の持ち主で大隊長クラスです。そんな相手としても勝てると言うのですか?」
「くどい! アイツは勝つ」
「でも――」
「お前はアイツのことを信じてやれないのか?」
「え?」
「俺はアイツの強さを信じているのではなく、アイツ自身を信じているよ。確かに実力から考えると今回の戦いは負けるかもしれない。だがな、俺が信じてやらねば、アイツのことを誰が信じてやるんだ。それにな。アイツが本当にやってくれるだろうという気持ちは嘘じゃない。俺はアイツを信じているからな。お前はどうだ?」
「私は……」
「お前も勇者じゃなくアイツを知っているなら信じてやればいい。勇者じゃなくグレイをな」
マリアは俯いたままだ。
俺はその俯いたマリアの返答を待たずに去ろうとする。
「私は……私はグレイを信じます! あなたよりも強く信じます!」
「そうか。解ったが、俺に言っても仕方ないぞ」
「そうですね。でもあなたには言っておきます。私はグレイを信じていると」
「ふん、そうか。なら、いいが、俺は失礼する」
俺はそう言って去っていった。
「入るぞ」
俺はグレイの部屋へと訪れた。明日の決闘について話をするために。
グレイは部屋のベットへと腰かけ俯いたまま俺に反応しなかった。
明日の決闘の相手がどうやら、トラウマのある相手だったのは解っていた。だから、今も放心状態であると解っていた。
そんなグレイに対して言うことがあったから、俺はここへと訪れたのだ。
「グレイ、お前は明日、アイツと決闘する気があるのか?」
「……」
「お前は俺に勝つつもりではなかったのか? あれぐらいの小物は倒さないと俺には勝てんぞ。お前はそんなに弱かったのか?」
「お、俺は……」
「お前は負け犬か? 地べたに這いつくばるしか能がないのか? お前は弱いな」
「……あぁ! 俺は弱い! だけど、俺だって弱くなりたかったわけじゃない! 俺だって小さい頃から頑張ってきたんだ! でもダメだったんだ! 俺は弱かったんだ! いつも、いつもアイツラにやられた! 俺は名ばかりの勇者だって言われながらやられた! 確かに俺は名ばかりだった! 魔王のお前には解らない! お前には解るはずもないんだぁぁぁぁぁぁあぁ!!」
「……解るはずもない」
「そうだろ! 努力もしたことのない才能のある奴が俺の苦労なんて解るはずもない! 俺だって――」
「解るはずもない! お前みたいに諦めているヤツの気持ちはな! 俺は、お前を信じているんだ! お前が勝てるってな! お前は諦めてしまっているかもしれないが、俺は諦めてない! お前は弱くなんてないからな!」
「俺は弱い! 何でそう思っているのに言わないんだよ! 知ってるんだ! 全ての人が俺を弱くてどうしようもない偽勇者だと思ってることはな! お前だって本当はそうなんだろよ!」
「お前は弱くない! 俺はお前を信じているし、期待している! 勇者としてではなくグレイだから俺はお前を信じている! 俺はお前が目指す強さを知っている! そして、お前はそれに向かって歩んでいることも知っている! 思い返せ! お前を、勇者という過去ではなくお前自身を」
「俺は……」
「お前は俺のライバルだ。そして、お前は本当の強さを持っているはずだ。まだそれは小さくて弱弱しいがな」
言うべきことは言った。俺はもういいはずだ。
俺は後ろへと向いて扉へと向かった。
「ヴェルト」
扉に手を掛けたときにグレイに呼びとめられた。
俺は振り返らずに返答をする。
「なんだ?」
「ありがとな」
「ふん、俺は何もしていない」
「そっか、解ったよ。じゃな、お休み」
「お休み」
どうやら、明日は良い勝負になりそうだ。