会合 --<勇者>--
俺は今日もモンスターが巣くう森へといって、実戦訓練を積んでいた。ヴェルトは最近、忙しいようでヴェルトの訓練を受けずに実戦訓練をすることがここ2、3日は続いている。
といってもヴェルトの専属のメイドであるエミリーが付いてきてくれるおかげで危険はない。
初めてこのエミリーという魔族なのに天使と見間違える程に可愛いメイドがサポートするためにモンスターがいる森へと付いてくるといったときには驚いた。正直に言うと足手まといになると思った。しかし、それもエミリーの直後の行動によって懸念は払拭された。そのかわり恐怖を植えつけられることになったが。
「ヴェルトが来れない代わりにこのメイドさんが来るのか?」
「あぁ、そうだ」
「……正直に言って足手まといだろ?」
「あ、バカかお前は……と言っても遅いか」
「グレイは私が足手まといになると思ってるの?」
「うん? そりゃ、足手まといに決まってるよ」
そう言った直後にメイドさんから放たれた何かが横を通り過ぎた。
知覚出来ない程に速い何かだった。
「ドゴォォォォ!!」
後ろで大きな音がした。
うん、振り返るのが恐いね。
「足手まとい?」
「いえ、滅相もございません」
そう聞いてくるメイドさんは笑顔だった。
うん、恐怖だらけだ。
本当にこれは天使の笑顔ではなく、悪魔の笑顔と言ったほうが適切だろう。
「うん? 何か言った?」
「いえ、何もありません!!」
「そう、ならいいわ」
まったく、なんていう勘というか感知能力だ。思考を全て読まれているのではないかと思えてくる。
確実にヴェルトなんかより強いだろうとも思えてしまう。警戒すべき悪魔だ。
「……まだ、失礼なこと考えてる?」
「いえ、そのようなことはありません」
「まったく……いいわ。信じておいてあげる」
ホッと胸を撫で下ろした。
「まぁ、次に思ったらコロすわね!」
やっぱり、その笑顔は恐すぎる。
「それよりもヴェルトに報告してくるから、後は好きにしてね」
「はい、解りました。教官!!」
そう言ってエミリーはヴェルトがいる部屋へと向かった。
俺も帰ろうかとも思ったが、反省する点を思い出して、自主訓練をするために訓練場へと向かうこととした。
ここに来てからの訓練によって自分の能力は確実にかなり上がった。
だが、飛躍的に上がった能力は速さと魔力の二つである。膂力においては上がったことは上がったが、まだ一般兵士と特に遜色がない程度だろう。といっても魔力による身体能力補正を行えば、もう少し強くはなる。
それでも強敵と戦う場合はやはり膂力は見劣りしてしまう。
オーク・ジェネラルのときもそうだが、相手との力比べが出来ないことは戦法として大きなデメリットを背負い込んでしまっている。
それを解った上で戦闘方法を決める必要がある。
まず一つ目の戦闘方法としては相手をスピードで上回り、漆黒の短剣による攻撃で相手を倒す戦闘方法だ。
漆黒の短剣による一撃を加えることが出来たら、相手には大きなダメージを与えることが出来る。一撃の威力は膂力がないといっても漆黒の短剣のおかげでカバー出来ている。
但し、この戦闘方法は相手のスピードが俺よりも格下である場合にとる戦闘方法だ。
そして、相手のスピードを上回ることが出来ない場合は、魔法による遠隔攻撃を加えながら、相手の隙を作って漆黒の短剣による攻撃を行うといった戦闘方法だ。
相手が俺と変わらない程度のスピードである場合、相手の隙のない相手に対して一か八かによる攻撃は行わないようにする。これはオーク・ジェネラルの時にも理解したことだ。
このことを念頭において俺は魔法攻撃と通常攻撃の連携の自主訓練を続けていた。
「誰かいませんか?」
しばらく訓練を続けていたら、人を呼ぶ声が聞こえてきた。
なんだろう? と思いつつ俺は音のする方へと足を向ける。
そして声を出していたであろう人の後ろ姿を見つけた。声を出していたであろう人は修道服を着た腰まで伸びた赤毛の女性であった。
「どうしたんですか?」
俺のすごーく親切なる声に気付いたようで女性は後ろへと向きながら、口を開いた。
「あの――って勇者?」
「ん? 確かに俺はグレイだけど?」
清楚で深遠の優しい曲線を描いた眉、そして優しき強き瞳をした神々しい女性が俺の名前を知っていた。
はて? 知り合いだろうか?
「――ってあなた、今まで何してたのよ?」
「え? 自主訓練だけど?」
「って、そういう意味じゃなくて――」
「というかどちら様?」
「わ、わたしのこと知らないというか忘れちゃったの?」
「ん? 知り合いだっけ?」
「ばかぁぁぁあぁぁあぁぁぁ!!」
「あぶねぇ!!」
何と修道服の女性はあろうことか無詠唱による魔法の攻撃をしてきた。
咄嗟に避けたが、以前の俺なら死んでる可能性のある攻撃であった。冷や汗が止まらない。
「マリア様ッ!! どうされましたか?」
「あッ! なんでもないわよ。ちょっと取り乱してしまっただけよ」
その魔法を放つマリア様とやらをどこかにやってくれ、と願いながら突如として姿を現した連れであろう銀髪の女性を一瞥した。
銀髪の女性は心なしか顔を歪ませてこちらを見ているような気がする。まさかね。
「無礼を働いたお前は万死に値する!!」
銀髪の女性は腰に付けた長剣を抜刀した。
いや、話を聞こうね。勝手に人を悪者だと決めないでほしいいぃいぃぃぃ。
俺は袈裟切りで斬りかかってきたところを辛うじて避けた。いや、本当に危ない。死ぬ。
「待て待て、本当に死ぬから止めろ! というよりか話を聞け!」
「無礼な輩の話を聞く必要などない。それから私は本当に貴様を殺すつもりだぁぁぁ!」
「いや、だから死ぬって!」
そういって銀髪の女性は剣を振り回して襲ってきた。
本気で避けていたというよりか逃げまわっているというのが正しい状況だ。
「セノア、その人は勇者よ。それに私に無礼を働いた訳じゃないから剣をしまって」
「くッ! マリア様がそうおっしゃるのであれば」
何故、惜しそうな顔をするのだ、と聞きたかったがそれ以上に命が惜しいので止めておく。『命を大事に!』は生きていく上で重要だ。これ重要。
というよりかマリアさんとやらはどこかで見たことがあるような――。
「解ったッ! 君は聖女様か!」
「えぇ、そうですよ。私は聖女です」
「そうか、そうか。って何で聖女様がこんな所へ来てるんだ? さすがに道に迷ったわけでないよな?」
「貴様ぁぁぁ、マリア様をバカにしているのかぁぁぁぁぁ!」
「セノア、少し下がりなさい。話が進まないでしょう」
「くッ! 止む得ないか」
本当に一々、突っかからないで欲しい。訓練以上に汗を掻いてしまうから。
「私は魔王に用があるのでここに来たのです。なので、魔王がどこにいるか解りますか?」
聖女様が魔王に用などあるものだろうか? まったくなんの用かは解らないな。
「解るから案内するよ。着いてきてくれ」
「ありがとう」
「ふん、仕方ない。貴様に従うのは癪だが聞いてやろう」
何か約一名の返答が可笑しいがもう放っておくこととする。
「聖女め! どこにいる!」
そうして、ヴェルトがいるところへと案内しようとした時、またも見知らぬ叫ぶような声が聞こえてきた。
「まずい、追いつかれた」
聖女の顔に危機感が見られた。
その後、またも一人の女性が馬と共に現れた。
セノアと同様に戦う女性として短い青髪の美しい女性。そして、脳裏に焼き付いて離れない美しき中に棘以上に危なさを感じさせる獰猛な瞳をした女性。
「聖女よ、何を企んでいるのですか? 全く、早く帰るようにしてください。……おや、そこにいるのは勇者じゃない。久しぶりね」
俺は固まってしまった。仇敵いや、過去に俺を散々痛めつけてきた主犯の一人。
その一人を前にして恐怖で身体が竦む。
「勇者はほっとくこととして。聖女よ、ここは魔族の地です。早く帰るようにして下さい。それとも、何か企みでもあるのですか? まったく、これだから教会の連中は嫌なんですよね」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おや、あたしに剣を向けますか? それではあなた達は王国軍に敵にするということですか? そうなると王国は内乱にでもなるのでしょうね?」
「セノア、止めなさい」
「さすが聖女様は賢明ですね」
そういってヤツは笑った。
聖女は諦めきれないがどうしようもないことが解っているのか唇を噛んでいた。
「おや、俺が捕まえた人質に何かするつもりか?」
「誰ッ?」
「俺の事を聞いているのか? それならば、お前はバカか? 俺に宣戦布告をしに来たのだろうに」
いつの間にか現れたヴェルトが聖女の横に立っていた。
そしてよく解らないが聖女はヴェルトの人質ということになっているようだ。
「くッ! そういうことねッ! 聖女め!」
ヤツは聖女を睨みつけた。どうやら、思惑を崩されたようだ。
「だがな。あたしが聖女を取り返せば、人質から解放することが出来るんだよ!」
「お前如きにそんなことはさせんよ」
ヴェルトは瞬時に姿を消して、ヤツの後ろへと移動した。
「くッ!」
ヤツも瞬時に高速で距離を取り直すように動いた。
だが、やはりヴェルトに比べるとスピードが違う。多人数で挑むならまだしも一対一では勝負にはならない程に実力は離れていた。 ヤツもどうやらそのことを悟ったみたいで、殺気を消した。
「この場は引いてやるが、寝首を欠かれないように気をつけておきなさいよ」
「それは鬱陶しいな。それより少し話をするから聞いていけ」
「――何の話?」
「まず勇者のことだ。勇者は現在、俺と決戦の延期を承諾していて、修行をしている最中だ。お前らが考えていたように勇者が負けた訳ではないので土地を奪うことはしない」
俺とヴェルト以外が驚愕と言わんばかりに固まった。やっぱりそう思われていたんだな。
「だから何だと言うの?」
「だから、お前達は早計だと言いたいのだ。勇者が俺に勝つ可能性があるのだぞ?」
「何をバカなことを。アイツはクソだ。あたしはそれを良く知っている。だからこそ言える。勇者が勝つことなどない、とね」
「それこそ、お前の間違いだ。クソだクソだ言っているがアイツはお前よりか強いぞ」
「は? 何言ってるの? アイツがあたしより強いわけないじゃない! バカにしてるの?」
ヤツは最高にバカにされたというような顔をして返答した。
「ふん、信用出来ぬなら、明日に決闘でもして確かめて見ろ」
「えぇ、そこまで言うのなら確かめてやるわよ」
「なら、話は早いな。明日に決闘を行うこととし、お前が負けたら、『決闘は延期されていた。更に勇者に勝つ見込みがあるため、戦争を行うには時期尚早である』ということを国に報告するようにしろよ」
「アイツに負けることなんてないから何でも言うことは聞いてあげるわ」
ヴェルトとヤツが勝手に話を進めてしまって何もかもが決まってしまった。
当事者であるはずの俺は理解が出来ない。ヤツと戦う? いや、無理だ。俺には勝てない。負けてしまう。
「あら、今からビビってるのね。明日が楽しみね。久しぶりに可愛がってあげるわ」
地面が崩れ落ちていくのを感じた。