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Pirouette  作者: るるる
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番外編_姫様と私(5)


秋もそろそろ深まって来た今日この頃、私は箒を片手に中庭に向かう。理由?上司命令以外の説明が必要だろうか。まあ、個人的にはひとりで黙々と作業に勤しむ方が好きだから、今回ばかりは寧ろ有難い。それに、勿論背後にはあの猫。どこぞの坊ちゃんの言いつけ通り、確りシャンプーされた彼(改めて確認したら雄だった)が居る。そう、私はひとりだけれどひとりじゃないのだ。

さあて、折角ひとりなのだし思う存分サボりながら精一杯頑張りますか!と血で血を洗う戦いという名のシャンプーを経て、私の中ですっかり相棒となった猫へ声を掛けようとした瞬間だった。まるでいつかの春のようにいきなり駆け出す亜麻色の毛玉。おいこら待て!と箒片手に追いかける。落ち葉を踏み、巻き上げ、暫しの追いかけっこの後に漸く追いついた先には、またしても私の恋しい人。ヒュウ、もしかしてこいつって幸運の女神の化身か何か?すっかり上機嫌になった私は、深紅のワンピースドレスと桜色の髪の彼女へ声を掛ける。


「姫様!」

「あ…猫ちゃんの飼い主さん。こんにちは。」

「こんにちは。…あれ、あの人は?」


まだこの落ち葉が青々としていた頃、散々私を睨み付けてきたあのお坊ちゃんの姿が見えなくてふとそんな疑問を零す。いや、別にいなくてもいいけどさ。寧ろこっちからお断りだけどさ!…でも、私がそう口にした瞬間にびくりと肩を震わせた姫様に、ははあ、これは何あったなと女の勘が騒ぐ。どうせあーんな性格のきつい男だ、何があったかは知らないけれどやめとけやめとけ!黙って私にしておきなさいよ!なーんて友人や同僚相手になら言えるんだろうけれどさ。いや、言ってもいいなら別に姫様相手だろうが押して押して押しまくってもいいけどさ。でも、私の質問に答えることなく俯いてしまった姫様を見ると可哀そうで可哀そうで、なんだか私までしゅんとしてしまう。

だって、春や夏は自分から猫を可愛がっていた姫様が。可愛い、可愛いと猫以上に可愛い笑顔を振りまいていた姫様が。足元にじゃれつく猫を見ても俯いたまま、それどころか言葉ひとつ発しないんだよ?そりゃあ幾ら能天気な私でも心配になる。ましてや、それが恋している人ならね。上司だったらそのまま1カ月くらい大人しくしょげてろと思うし、寧ろ焚きつけるけど。


「…あの、姫様。」

「ごめんなさい。わたし、今はそっとしておいてほしいの。」


励まそうにも何をしようにも、とりあえずは話を聞かないことには何も進まない。黙り込んでしまった姫様へもう1度声を掛けると、控えめながらも意志の強さを感じる言葉で先に制されてしまった。いやまあ、分かっちゃいたけどさ。姫様にとって私はたまに顔を合わせる使用人で、猫の飼い主で、哀しいことにそれ以上でもそれ以下でもないってことくらいちゃんと分かってた。分かってるつもりだった。でも、面と向かって私の助けなんて必要ないんだと言わんばかりに跳ね除けられてしまうと、とても悲しい。腹が立つ。但し、姫様に対してではなくあのお坊ちゃんに対して。

何があったかなんて私は知らない。きっと姫様とお坊ちゃんと、2人にしか分からないことなんだろう。それも勿論腹立たしいけれど、でも、1番に腹が立つのは姫様が笑顔じゃないことだ。この間の夏の笑顔も、その前の春の笑顔も、更にその前の私が姫様に恋をした切っ掛けになったあの成人の儀での少し恥ずかしそうなはにかんだ笑顔も、非常に心底悔しいし妬ましいけれど、全部全部あの男が守ったものの結果なのだ。それを守り続けるのが、従者の仕事じゃないのか。責務じゃないのか。高潔な騎士が聞いて呆れる。いやまあ、ただのメイドがこんな格好つけたことを言ったところで、あのお坊ちゃんならキャンキャンと吠える私を鼻で笑っておしまいだろうけれどさ。


「あの、姫様。」


──だから、これは私の逆襲なのだ。きっと私を鼻で笑う、あの澄ました顔をした男への復讐なのだ。猫をシャンプーするくらいしか出来ないと思われちゃあ困る。だって、そのシャンプーさえも碌に出来ないのが私だからね!一体幾つ生傷を作ったと思ってる。此方とて戦場帰りかと上司に驚かれた女だぞ!それに比べたら姫様を笑顔にすることくらいどうってことない。まじで。なんなら給料の3か月分を掛けてもいい。ってそれじゃあ結婚指輪じゃん。しかも雀の涙ほどの給料の3か月分なんてたかが知れてるっての。いやでも私が言いたいのはそういうことじゃなくて、こっちはお前が席を外した瞬間に姫様にプロポーズするくらいの勢いなんだぞってこと。寧ろ式場を抑えていないだけ感謝して欲しいくらいだ、まったく!!


「もしよかったら、一緒に林檎を拾いませんか?」

「……え?」

「──落としちゃったんです、林檎。ひとりじゃ拾い切れないくらいに。…ああ、但し今日の林檎は焼却処分するように言われているので、拾ったところで食べられないんですけどね。」


そんな決意を以って唐突に、おまけに何の脈絡もなくそんなことを口にした私に姫様が驚いて顔を上げる。薄っすらと涙の浮かんだ顔はやっぱり可愛いけれど、でも、残念ながら嬉し涙以外は受け取り拒否な性分なものですから。だからバカみたいに笑って、姫様を見詰める。そうしたら猫がにゃあと鳴いたから、「ほら、こいつも姫様に手伝って欲しいって言ってますよ。」なんてあの春の日の姫様の真似をする。でも…と迷う姫様の背中を押すように、猫が足元に擦り寄った。姫様の頬が緩む。


「…ふふ、なあにそれ。へんな人ね。」

「いやあ、お恥ずかしながら失敗ばっかりでして。だからいつまで経っても下働きのままなのかもしれないですね。」

「だいじょうぶよ。わたしも一緒に拾ってあげるから。」


姫様が小さく笑った。まだ目には涙が浮かんでいたけれど、でも、確かに笑った。私に向けて笑ってくれた。それが嬉しくって、つい私まで笑顔になる。自虐と真実を折り混ぜて、お米を炊いた時のようにぐちゃぐちゃにかき混ぜた言葉を返せば姫様はまだ少しぎこちなく、けれど確かに笑った。春に聞いたものと同じような言葉を紡ぎながら、私の手から箒を取る。姫様の手が微かに私の手に触れた。柔らかい手。繊細な指先。少しだけ冷えていたから、姫様の足元でじゃれつく猫を抱き上げる。「姫様はこっちですよ。」そう言って無理やり猫と箒を交換すると、姫様は驚きながらも素直に猫を受け取ってくれた。

「……ふわふわ。それに、いい匂いがするわ。」そう言って猫に頬擦りする姫様を確認してから、私は箒を片手に落ち葉を集める。そうして、さっき一瞬だけ触れた姫様の手の柔らかさだとか、繊細さだとか、そういったものを思い出してはもう一生この手を洗えないかもしれないな、なんてことを考えた。


見てるか、ヴァルシオ家のお坊ちゃま!私だってこれくらいできるんだからな!?だから私が次に姫様に会う時までにちゃんと姫様を笑顔にしないと、一緒に芋の皮剥きに勤しんで貰うから覚悟しとけよ!!






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