番外編_姫様と私(1)
この国に姫様がいらっしゃるのは知っていたけれど、私はただのメイドに過ぎない。それも、台所で延々と野菜の皮を剥いているような芋臭いメイドだ。つまり、私に出来る仕事なんて炊事と洗濯くらいしかない、使用人の中でもいちばんの下っ端。当然王族の世話なんて任されたこともないし、任されても困る。だからごくごく当たり前に、私と姫様の間に接点なんて毛ほどもなかった。これから先も、出来るはずがなかった。
顔も名前も知らなければ、どんな方か知りもしない、この国のお姫様。ただ、15歳という若さで死んでしまうだなんて勿体ないなぁ、とか、なんだか可哀そうだな、とか、そういうことは常々思っていた。でも、ただの下っ端のメイドに出来ることなんてありはしない。それも顔も名前も知らない相手なんだから、何かしようと思う方が無理な話だろう。皮肉なことに、私に出来るのは毎日の雑務という名の仕事だけだ。
「かみさまって不平等だよねえ。」
裏庭で真っ白になるまで洗ったシーツを干しながら、勝手に住み着いてしまった猫に話しかける。口に出したいくせに、人には聞かれたくない言葉を口にする。猫相手ならいいのかって?答えは勿論イエス。だって、猫に人の言葉は分からないでしょう?
それにしても、かみさまって本当に不平等だ。未来ある子供の命を奪おうとしているなんて、物凄く理不尽だ。生贄にするならば何か目標があるわけでもなければ努力をするわけでもなく、ただ毎日を与えられるがままに食い潰している私の方が絶対に適していると思う。いや、だからといって「じゃあお前身代わりな。」なんて言われたら、それはそれで絶対に嫌だろうけれどさ。いやまあ、こんな冴えない女を寄越されてもかみさまだって困るだろうけどさ。だって私がかみさまなら可愛い女の子の方がいい。こんな生活に疲れた女なんて貰っても困るだけだと思う。でも、それでも、物事には優先順位があると思うのだ、私は。
「誰か姫様を助けてくれる人はいないのかなあ。お前、どう思う?」
猫相手に意見を求めたって無駄なことは分かっている。しかも城で飼っている猫ならまだしも、残飯を捨てているうちに勝手に懐かれて住み着かれてしまった猫だ。そもそもとして意思疎通が出来るかどうかも怪しい。というか、現にこっちを見てもいないということは、既に意思疎通が出来ていないことを意味しているのでは?
「…ま、そんなおとぎ話に出てくる王子様か騎士みたいな人、いるわけないか。」
そうぽつりと呟くとシーツの端を持って、思い切り引っ張っては叩いて皺を伸ばす。思いの外大きな音が出たにも関わらず、猫が「そんなの気にもならないよ」とでも言いたげに大きな欠伸をする。そんな平和な光景を見てしまえば、まさか姫様の命が今年1年でおしまいだなんて尚更信じられなかった。
……そんな、記憶にも残らないような日から数日後。
まさかその「おとぎ話に出てくる王子様か騎士みたいな人」が実在する上に、それがかの高名なヴァルシオ家の子息にしてその若さで非常に腕の立つ騎士であること。おまけに腕が立つだけでなく文武両道の秀才であること。そんな完璧すぎる超人が姫様の護衛にあたると聞いた私は、驚きのあまり皿を落として割ってしまった。
──いや、探してみればいるものなんだね。世界って広いなあ。
キーキーと小五月蠅い上司の怒声をどこか遠くに聞くながら陶器の破片を拾い集めては、そんなことを考える。今になって振り返ってみれば、この時の私は顔も名前も知らない姫様のことを気にはしつつも、まさかこんな芋臭くっておまけに冴えないメイドである私と彼女の間に接点が出来るだなんて、夢にも思っていなかったのだ。
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