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Pirouette  作者: るるる
20/29

そうして、何度でも春は来る


いつもよりも少しだけ騒がしいお城の中。パーティーの準備に忙しそうに走り回る使用人たちの合間を縫って、こっそりと城を抜け出す。こうやって抜け出すのはついこの間振り。あの、月と海がとても綺麗な夜振りだった。でも、ひとりで城を抜け出すのは去年の今日振り。ほんの少しだけ悪いことをしている自覚があるから、胸がドキドキする。まるで新しい本の表紙を開いて、まだ見ぬ物語を始めるあの瞬間みたい。それとも、知らなかった世界の扉を開いて、裸足で飛び込んでいくあの瞬間かしら?そんなことを考えながら、たったひとりの会いたい人の背中を探してどこに行くわけでもなくさ迷う。

…なんて、それはちょっぴり嘘。本当はあなたがどこにいるかなんて、考えるまでもなく分かる。でも今日はなんだか遠回りと冒険をしたい気分だった、なんて言ったら呆れられるかしら?そんなあなたを想像するのも楽しくて、自然と頬が緩む。見つかったらどうしよう?なんて不安になったのはほんの一瞬。だって、今のわたしにとって大切なのは怒られた時の萎んだ気持ちよりも、期待に膨らむ蕾のような気持ち。雪の下で春を待って、漸く陽を浴びた新芽のような気持ち。──わたしは、この気持ちがなんて名前なのか知っている。だから、怖がることなく飛び込んでいける。


「──リーン!!」


長いような短いような遠回りをして、漸く彼の背中を認める。わたしのお部屋の窓から見下ろせるこの草原は、わたしたちだけの場所。その中で佇む背中に向かって声を張り上げれば、ゆっくりとあなたが振り返った。少しだけ驚いたような顔をして、次にはやっぱり呆れたような目でわたしを見る。溜息をつく。でも、あなたの機嫌が悪い訳でも、怒っているわけでもないのはちゃんとわかってる。だからいつものように笑顔を浮かべて、あなたの横に並ぶ。


「…また抜け出してきたんですか?」

「ええ、また抜け出してきたの。パーティーの準備なんかより、リーンと一緒にいたかったから。」

「……その台詞、去年も聞きましたよ。」

「それだけあなたのことが好きってこと。去年から…ううん。リーンとはじめて出会った時からわたし、ずっとあなたが好きよ。」


素直な気持ちを隠すことなく口にすれば、彼は顔に右手を当てて深い溜息をついた。でも、「貴女って人は、本当に…。」と呆れかえったような口調で呟くその声はどことなく嬉しそうで、どうしてそんなことを言われるのかは分からないけれど、なんだかわたしまで嬉しくなってくる。ううん、嬉しくないはずがない。好きな人と一緒にいられるんだもの。とってもとっても嬉しくて堪らない。きっとこれが、いつかお母様が教えて下さった気持ちなのでしょう。まるで世界中の人とお友達になったかのような気持ち。お母様がいつか味わった、恋の味。今、わたしもそれを味わっている。そのことが嬉しくて、つい頬が緩む。何を言うでもなく肩を寄せると、彼もまた何も言わずにただわたしの肩を抱いた。

「ねえ、リーン。」隣のあなたへ声を掛ける。顔を上げて、じっとあなたを見つめる。するとあなたは一瞬わたしを見遣った後、早々に顔を逸らして明後日の方向を見てしまう。いつものことと言えばいつものことだけれど、せっかくの誕生日までそんな釣れない態度を取られてしまったら、いろんな人からお母様に似てのんびりしていると言われているさすがのわたしだって少しむっとしてしまう。「ねえ、リーン。」もう1度あなたを呼びながら、その真っ黒なシャツを引っ張る。彼は呆れた声で「伸びるからダメだと言ったでしょう。」とわたしを咎めると、その大きな掌でわたしの頭をくしゃりと撫でた。髪が乱れるのは嫌だけれど、心地良い重みのあなたの大きな掌はとても安心できるから大好き。でも、今ばかりは唇を尖らせて抗議する。


「今日はわたしの誕生日よ。」

「そうですね。…16歳のお誕生日、おめでとうございます、姫様。」

「もう、そうじゃなくて。」


わざとなのかわざとじゃないのか、あなたの考えていることまでは分からない。そんなことは当たり前だけれど、今ばかりはそれがとてもじれったくてじれったくて堪らない。だからあなたのシャツを握る掌を離して、わたしの肩を抱くその掌からするりと抜け出して、彼の目の前に立つ。それから背伸びをして彼の首元に腕を回し、緩く抱き着くと、あなたの口元が緩む瞬間を見た。「…リーンのいじわる。」何が彼の癪に障ったのか知らないけれど、どう見ても確信犯なそれに不満を口に漏らす。なのにあなたときたら相変わらず涼しい顔で知らん振りをするものだから、先に折れたのはわたしだった。


「リーン、」あなたの名前を呼ぶ。何回口にしても飽きることを知らない言葉。それどころか砂漠で塩水を飲む旅人のように、あなたの名前を呼べば呼ぶほどに飢えと渇きを覚えるようになってしまった。呼んでも呼んでも満たされない。だから、ずっと呼んでいたい。

「ねえ、リーン。」あなたの顔を覗き込む。とても綺麗な青い瞳に、わたしが映る。海と空が混じり合った、透き通った青の瞳。その綺麗な瞳にわたしが映っていると嬉しい反面、どう頑張っても独り占め出来ないそれに少しだけ他の人に妬いてしまう。もっと、ずっと、わたしだけ見てくれないかな。そんなことを考える。

精一杯背伸びをすると、わたしの身長に合わせてあなたが膝を折る。たったそれだけのことが嬉しくて嬉しくて堪らない。だって、これはわたしだけの特権だもの。特別だもの。胸の中にじんわりと広がる優越感と満足感に頬を緩ませて、こつんとわたしとあなたの額を合わせる。そうして今まで以上にぐっと縮まった距離の中、あなたに甘える。


「──誕生日のプレゼントを下さる?」

「………ええ、勿論。」


もうヴァルシオ家の騎士ではなくなった筈なのに、そう言ってわたしの背中に腕を回して抱き寄せるあなたの一挙一動はやっぱり騎士そのもので、なんだか不思議な感じがする。けれどその違和感さえも優しく口付けられてしまえばもうどうでもよくなってしまうのだから、やっぱり不思議。騎士なのに魔法使いみたい。そんなすごい人がわたしの従者で、わたしだけの愛の人。改めてそう認識すると自然と胸が高鳴る。けれどそんな胸のときめきとは反対に、彼は数秒唇を触れ合わせただけで顔を離すと「おしまいです。」と何食わぬ顔で言うのだから、わたしは再び唇を尖らせる。

だって、こんなのいつもしてくれるキスと変わらないもの。普段からして貰っていることを誕生日プレゼントに貰っても、ありがたみが足りないと思うの。もちろん、キスして貰えたのは嬉しいけれど、でも、今日は年に1回の誕生日なのよ?もっともっと特別なことをお願いしても罰は当たらないと思う。…わがままかしら?でも、そう願わずにはいられない。特別な日に特別な人から特別なものを貰いたいと思うのは、きっと当たり前のことでしょう?

だからあなたに思い抱き着くと、もう1度、同じ質問を投げかける。


「………ねえ、リーン。今日はわたしの誕生日なのよ?」

「はい、そうですね。」

「わたし、もっと特別なものが欲しいわ。」


思ったままのことを口にすると、彼は信じられないものを見る目でわたしを見てきた。それがものすごく不満で、じとりとした視線で答える。すると彼は前髪を掻き毟りながら大きなため息をひとつ。それから、呆れ返った声を上げる。


「はぁ…いつからそんなに悪い子になったんですか?」

「…わたし、悪い子?」

「ええ、とっても。」


…や、やっぱり、わがまま過ぎたのかな?その自覚が充分にあっただけに、彼の呆れたような声で紡がれた事実はわたしの胸を深く抉った。悪い子にはなりたくない。だって、悪い子になってしまったらあなたに嫌われてしまうかもしれないから。…だから、素直にごめんなさいと口にする。そっとあなたの首元に回していた腕を解く。この後、どうやって会話をすればいいのか分からないから背を向ける。こういう時に限って、言い訳のひとつも思い浮かばなくて泣きそうになる。だから一歩、前へ足を出す。そうして離れようとしたわたしを、あなたが抱き締める。肩と胸に回された腕にびっくりしすぎて、涙なんて引っ込んでしまった。

「リーン…?」恐る恐る、首をひねって視線を斜め後ろへ向ける。けれど視界に映るのは春の柔らかい日差しを浴びて、さらさらと風になびくあなたの亜麻色の髪だけ。どうすればいいのかますます分からなくなってしまったから、そっと視線を戻して代わりにあなたの腕に触れてみる。固くて、筋肉質な腕。わたしとは違う、男の人の腕。わたしを守ってくれる逞しい腕。そして、わたしの手を引いてどこまでも連れて行ってくれる、頼もしい腕。わたしの好きな、あなたの腕。

そのひとつひとつを確かめていると、耳元で、不意に彼が囁いた。


「──もう遅いですよ、姫様。こうなったら私は、貴女が飛び切り悪い子だって自覚するまで離しませんから。」


わたしがその言葉に首を傾げている間に、腕と胸に回された腕が解かれる。名残惜しさを感じるよりも先に、太腿にあなたの手が触れる。そうしたら次に背中に腕が回されたのを感じて、気が付いたらわたしの身体は地面を離れていた。代わりに目の前にはいつになく真剣な顔と瞳のあなたがいて、わたしは訳も分からずにとりあえず頷く。

…よくわからないけれど、怒られるのかな。それともお仕置き?少しだけ不安になってあなたを見つめると、厳しい言葉とは反対に頬にあなたの唇が触れた。次いで「…大丈夫。酷いことはしませんから。」と普段と変わらない優しい表情で言われると、それが嬉しくてあなたの首に腕を回した。


──また、わたしとあなたの1年が始まった。






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