それは、美しい春の日差しのように
「誕生日おめでとう。」
そう言ってわたしの頭を撫でるお父様の手は震えている。お母様はその隣で両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。
とても小さな声でただ一言、「やめないか」とお母様を咎めたお父様の声はその大きな大きな掌以上に震えて、わたしは少し困ってしまう。
──今日は、わたしの14歳の誕生日。
それから、わたしが供物として捧げられる日まで、あと1年。
お母様はどうしてこんなことになってしまったのかと泣きじゃくり、いつ死神が魂を刈り取りに来るのかと怯えるお父様は、わたしをこの広い部屋に閉じ込めた。24時間365日14年、変わらぬ景色と迫りくる期限に、顔見知りの使用人はわたしを哀れんだ。
でも、わたしは昔からわたしという存在はそういうものだと思っていたし、仮に今更違う生き方があると言われても、きっと困ってしまう。だってわたしは、自由に大空を翔る鳥を羨ましいとは思わない。海原の真ん中で、潮を吹きながら虹を描く鯨になりたいとは思わない。
あきらめ?つかれてしまった?理由は分からないけれど、とにかく、わたしはわたし以外の人たちのように、わたしで在ることを嘆いてなんていない。けれどそう口にしてしまえば、なんて健気な子だと益々お母様を泣かせてしまうから、わたしはじっと口を噤んだ。
「そうそう。今日はお前に特別なプレゼントがあるんだ。どうか受け取って欲しい、私たちの可愛いお前。」
「……特別なプレゼント?」
「──入って来なさい。」
お父様が扉に向かってそう声を掛けると、それは軽やかな音を立てて静かに開かれた。大空を征く鳥にも、海原を駆ける鯨にも興味はないけれど、精いっぱいわたしを愛してくれている両親からの贈り物には珍しく心が躍った。きっとお父様が直接渡してこないってことは動物かなにか?それとも、綺麗な洋服でも仕立てて貰えるのかしら。珍しく高鳴る胸を押さえながら扉へと目を向けた。
ゆっくりと、まるで焦らすように開く扉を息を呑んで見詰める。こんなにも年頃の少女のようにときめいたのは、去年の誕生日に使用人が贈ってくれた小説以来だろうか。1ページ、また1ページと逸る気持ちと、もう少し同じページに留まっていたいような天邪鬼な気持ち。
ああ、どうにかなってしまいそう!──けれどそんな淡くて甘酸っぱい想いは、まさしくその『プレゼント』に打ち砕かれる。
「………、だれ?」
「お初にお目にかかります。ヴァルシオ家の子息、リーン・ヴァルシオと申します。けれど、今この時からは貴女様だけの騎士。どうぞ、何なりとお申し付けくださいませ。」
雪解けの後の小さな春、土竜がひょっこりと顔を覗かせる地面のような柔らかな亜麻色の髪と、果ての無い大海原と同じ青い瞳と目が合った。白と青のサーコートから覗くシャツと手袋は真っ白で、性別も神様から与えられた色遣いも、なにもかもが真逆の青年。響き渡る声は静かな水面に落とされた一滴の雫のように、ただただ静かにじんわりと鼓膜を震わせる。いったいこれはどういう状況なのか。いや、冷静になればいくらでも口は回る。ヴァルシオ家というのはお父様がお若い頃から付き合いのある、所謂王家とは友人関係にある家系。騎士の名家だと小耳に挟んだことがある。成るほど、こうしてよく観察してみればそのサーコートの下の躯体は、さぞかし鍛えられているであろうことを感じさせる。
事実、お父様もお母様も使用人たちもかのヴァルシオ家の子息、それも現役の騎士にお守りをさせれば幾ら相手が人外とはいえ幾らかは安心だと言いたげな表情をしている。
これできっと大丈夫。最悪の場合は、わたしの代わりに。──そんな風に言いたげな顔たちと、人のよさそうな笑みを浮かべる彼を目にすると、わたしはますます困ってしまう。
「お父様、素敵な巡り会わせに感謝致します。……どうもありがとう、リーン。1年間、宜しくね。」
目の前の彼の笑顔を真似て片手を差し出す。1年。そう、たった1年でいい。季節が巡ってこの国が桜の海になる頃には、どう足掻こうときっとわたしは居ない。ただ、彼の24と365の時間を使わせてしまうことが申し訳なくて、少しだけ俯いた。
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