08 メニューを増やしましょう
フィーティア神殿といえば比較的に大きな街にはあるもので、王都のメイン通りを少し歩けばすぐに見つかりました。
風にたなびく白の上衣と青のスカート。
神殿、という呼び名にふさわしい石造りの小さな建物前では神官たちさんがホウキを片手にせっせと掃き掃除をしています。
わたしはそんな彼女たちをちらりと一瞥して石階段をのぼり、両開きの玄関前。きぃっと扉を開くと、すぐに神官さんが小走りでやってきました。
「本を写しに」
と、簡潔に伝えれば、きれいな桜色の髪をした神官さんが書庫まで案内してくださいました。
変わった髪色ですね。
魔力の高い人間──異郷返り、と呼ばれる人の特徴です。
さらさらと流れる美しい髪に目を奪われながら廊下を進むと書庫が見えてきました。
日当たりのよい部屋。狭いですが、本の数はまあまあです。
書庫から出て行く神官さんにお礼を伝えて、わたしは近くの本棚から一冊の本を抜き取りました。
「──ここ、どこだ? 図書館か?」
ノルさんが買い物かごの中から小さなお顔を出して聞いてきます。
「フィーティア機関の支部神殿です」
「しぶ? ふぃーてぃあ? なにそれ」
「大陸の平定を司る自称調停機関であり、フィーティア神話を広める組織。──ここは、そのユーハルド支部です」
オープンから早五日。
新店ということもあり、店をのぞきに来てくださるお客様はそこそこいらっしゃるのですが、なぜかみなさんメニュー表を見ると決まってがっかりした顔をなさります。
その理由をノルさんに聞くと、『そりゃおまえ、メニューがオムライスだけとかナイだろ』との回答が。
ですのでこうして提供メニューの拡大に乗り出したわたしは料理本を探してフィーティア神殿にやってきたのでした。
調停機関フィーティア。
このエール大陸を守護する存在だと自称する、非常にうさんくさい組織があるのですけど、彼らの本部(本神殿)は大陸湖のほとり。地図的にはユーハルドの隣国(南)に位置するため、こうして支部を設けているわけです。
ここは、その神殿内の書庫。
王都には、図書館が無いので商人から本を買うか、貸本屋に行くか、あるいはこうして神殿に出向いて本を書き写すくらいしか新たな本を入手する術は無いのです。
そういうわけで今日はここに来たんですよ、とノルさんに説明すると、「ふーん」と言って退屈そうにあくびをしやがりました。
ゲンコツです。
「よし、こんな感じでいいですかね」
「ほう、パスタのレシピか。いいんじゃね? 作りやすいし、アレンジ利くし。あとウサギさんには優しくして?」
「はい、帰りますよ~」
わたしは本を戻して早々に神殿をお暇しました。
◇
「さてと、作りますかね」
神殿の本から写してきたナポリタンのレシピ。
トマトベースのパスタにベーコンと玉ねぎ。それからピーマンを加えたシンプルな料理らしいのですが、うーん、食べたことが無いのでいまいち味の想像がつきません。
ちなみにこの『ナポリタン』という料理。
一般的には、ナポリタンという人が作ったからそのまま本人の名前が料理名になった、と言われてますけど、実は違います。
わたしが生まれるよりもはるか昔。
何千年と気が遠くなるほどの大昔に、いまでいう大陸湖のそばにあった小さな村から発祥したものだとお祖父様が言っていました。
オムライスや、らぁめんなんかもそうですね。
ただ、最近の研究ではサクラナ料理(むかしユーハルドの西にあった島国の料理)がルーツなのでは? とも議論されているとかで、どちらの土地に軍配が上がるか、行く末が気になるところです。
はい、どうでもいいですね。
脱線しました。
ともかく、ナポリタンはみなさんに愛されるパスタ料理なので、ここはぜひとも習得しておきたいところなのです。
わたしは調理台の上にさきほど買ってきたパスタを並べました。
「細いやつ、平たいやつ、光蝶型……」
数種類のパスタたち。
どれを使うかで味が変わってくるので麺選びは重要です。
わたしはちぢれた生パスタを手に持ち、さながら熟練のシェフのごとく、厳しい目で麺の具合をチェックします。
ふむふむ。
打ち立ての、ほどよい中太麺ですこと。
「いや、ふつうにオーソドックスなやつからいけよ。あとそれ、らぁめんだし」
こちらの細いやつですね。
ノルさんの忠言どおり冒険はやめておきます。
「茹で時間は八分、と」
砂時計できっちり計り、沸騰したお湯に麺をぱらっと。
そのあいだに具材を切り、調味料を量りまます。
「あと一グラム……」
「それ、素人が最初に陥るやつな。──いいんだよ、そんなの目分量で。菓子作りじゃねぇんだから」
「? お菓子だとダメなんですか?」
ノルさんいわく、あれはちゃんと量らないと失敗するんだそうです。
そのナゾ知識をどこで入手したのかは気になりますけど、いまは目の前に集中です。
先にフライパンで具材を炒めて、準備よし。
調味料の計測よし。
いざ、鍋から麺を取り出し具材と炒め絡めて──
「──って! め、麺が、伸び伸びです!」
「うん。だってもう、八分経ってるし」
ノルさんが前足で砂時計を示します。
はやく言ってくださいよ。
おかげで水を吸って、麺のボディがぱつぱつになってるじゃないですか。肥えすぎです。
「……お前さ。作る前に工程とか考えたらどうだ?」
「そう、ですね……」
残念なナポリタンの完成です。
「うわ、量がえぐいことになってんな」
ええ、本当に。
しかもぼろっぼろ。麺が細かく切れてボロボロしています。
味も、なんでしょう。
水っぽいといいますか、ぼそぼそしているというか、麺って茹で過ぎるとこうなるんですね。
学習しました。
「ま、まあ最初はこんなものですよ」
強がりを言いました。
でもめげません。次こそはおいしく作るぞと息巻き、そんな感じで次々とパスタの試作品を作ってみるも、やはりどれも味は微妙でした。
いえ、正直に白状するとクソまずいです。
バジル。塩。ミートソース。ナポリタン。
机の上にずらりと並んだ食べ残しの皿を見てノルさんがひとこと。
「残さず食えよ?」
「はい……」
がんばって、一日かけて失敗作のパスタを処理いたしました。
もう二度とごめんです。
◇
「はあ……、どうやったらおいしいパスタ料理が作れますかねぇ」
「ごめん。ノルさん、まさかお前の料理の腕がここまでとは知らなくて……、甘く見てたわ。ひとまずどっかの店に弟子入りでもして、料理スキルを上げようぜ?」
「どっかってどこですか。王都に知り合いの店なんかありませんし……。いっそこのままオムライスの専門店を目指す道もアリな気がしてきました」
「うむ、俺はべつにそれでもいいが……。せっかくならみんなに愛される下町の料理屋さんのがいいだろ。あと専門店目指せるほどオムライスもそんなにうまくないよ?」
そんなことはありません。
オムライスだけはうまく作れると自負しています。
……まあ五回に二回は失敗しますけど。
「──よし!」
わたしはエプロンを脱ぎ捨て、ノルさんを買い物かごに入れました。
「偵察に行きましょう、ノルさん!」
うまい、を知るには勉強するまで。
こうしてわたしは王都の料理店めぐりを開始しました。




