06 母親を探しましょう
男の子の名前は『リック』くんというそうです。
彼の話では、大通り沿いのケーキ屋さんの近くでお母さんとはぐれたそうです。
「お母さんがね。迷子になっちゃったんだー」
そう主張するリックくんですが、正しくは、キミが迷子になっちゃったんですね。
小さな子あるあるです。
時刻は正午過ぎ。
まだまだ時間はたっぷりありますから、このまま街をめぐってリックくんの母親探しを頑張ろうと思います。
なお、ノルさんは別行動です。
二手に分かれたほうが効率いいですからね。ノルさん、サボっていないといいのですが。
「あのお店だよ」
大通りを進むとリックくんの言う、ケーキ屋さんが見えてきました。
さっそく中に入って聞き込みです。
「この子と同じ栗色の髪をした女性ですか。そういえばさきほど大きなケーキを注文していたお客様がそのような恰好でした。ここを出たあと向かいのドーナツ屋に行かれたようです」
店員さん、暗っ!
前髪をだらりと垂らして淡々と告げるお嬢さんは、およそ接客に向いているような人柄とは思えませんでした。
ですが、ここのプリンは最高です。
あとでまた来ます。
「向かいのドーナツ屋、ですか」
可愛らしい玄関の戸を開け、中を覗けば色彩豊かのドーナツがたくさん並んでいました。
ほう、限定商品もあるんですか。なるほど。
「淡い栗毛のポニーテールの女性? あー……、さっき来てたな。でも、また今度来るって言って店を出ていった。ほらそこの、パーティーセットのやつを見てたよ。お嬢ちゃんもひとつどうだ?」
華やかなドーナツに似合う、これまたお洒落な制服を着たお兄さんでしたが、いかんせんやる気がないようです。
もう店しめるから?
まだ昼ですけど、お店の経営大丈夫なんでしょうか。
「商業通りの雑貨店、ですか」
ドーナツ屋さんのお兄さんいわく、リックくんのお母さんにかわいいエプロンがある店を聞かれたそうです。
そこで紹介したのが雑貨店。
もぐもぐとドーナツを頬張り、向かいます。
その後は王都の北西区にある高級住宅地にあるという酒蔵へ。そのあとは、そのあとは、そのあとは──……。
そんなこんなで三時間以上、王都を歩いたでしょうか。
もう夕暮れどきです。
へとへとです。
わたしはリックくんを連れて噴水広場に戻り、広場のベンチで項垂れていました。
「全然、見つからない……」
「ごめんなさい、おねえちゃん」
「いえ……、いいんですよ。その、わたしの体力がゴミなだけですから」
魔女ですからね。
体力には自信がありません。
「そういえば、前にもこんなことがありましたっけ……」
わたしが初めて王都に連れてきてもらった時のことです。
珍しい異国の景気に気を取られて迷子になったわたしは王都中を彷徨ったあげく、疲れて小さな料理店の前でしゃがみこんでしまいました。
すると、店の中から若い男の人が出てきて、ご飯を作ってくださいました。
お金は持っていません。
だから断ったのですが、『まかないだから』と笑ってスプーンを渡してくれました。
口の中でとろけるオムレツと、甘酸っぱい赤いライス。
おいしかった。
お腹が空いていたわたしは迷子になった心細さもあいまって、涙ながらに出されたごはんを夢中で口へと運びました。
泣きながら食べるごはんの味。
いまでも覚えています。
そしてあとで知った、オムライスという名前の料理。
その味は、わたしの中に深く刻まれたのでした。
「あのお店、まだあるのでしょうか……」
今度探してみましょうかとわたしが懐かしい思い出に浸っていると、そこにノルさんがやってきました。
ボロ雑巾のような姿です。
ふむふむ。
どうやらリックくんの母親探しの途中で、ここの噴水に落ちたそうです。
ドジっ子ですね、ノルさんも。
「それで、リックくんのお母さんは?」
「お前、ひとの話聞く気ないだろ」
「──あれ? ロゼと、リックかい?」
「あ、メガネのおにいさん!」
ふいに聞こえた声に顔を上げれば、そこにいたのは眼鏡をかけた青年でした。
先日お会いしたペリードさんです。
手に花束を持っているようですけど、これからデートでしょうか。
「ペリードさん、お仕事おわりですか?」
「うん、さっきね。ロゼこそこんなところでどうしたんだい。今日から店を開くようだって知人から聞いたから、いまから行こうと思ったんだけど、店に戻らなくていいのかい?」
「──はっ! そうでした! はやく戻らないと、どうしましょう!」
ペリードさんに事情をお話しすると、「それならちょうどいい」と笑って、
「なら、急いで向かおう」
と、リックくんの手を引いて歩き出しました。
◇
「おや、あれは……」
ペリードさんたちと談笑しながら店に戻ると、店先に女の人が立っていました。
両手には積み上がった箱。女性はこちらに気がつくと明るい笑顔を向けてきました。
「あら、ペリードくんにリック──って、またあなたってば勝手に遊びに出かけて……」
「おかあさん、みっけー」
「ああ、ジェシカさん、やっぱり先に来てたんだね。さっきリックくんと会ったから連れてきたよ。旦那さんは?」
「店よ、店。今日は早く閉めましょうって言ったのに、いいパンが焼けそうだからどうのって……。あとから来るわ」
「淡い栗毛に、ポニーテール……」
探していたリックくんの母親と思しき特徴です。
いえ、この状況を見れば一目瞭然でしょう。
彼女がその母親でした。
あっけに取られているわたしにペリードさんは苦笑します。
「さっき話した、キミの店が今日開くらしいって教えてくれた僕の知人っていうのが彼女だよ。ジェシカって言うんだ。リリックっていう旦那さんと、この近くでパン屋を営んでるんだけど、ご夫婦とは先々代のころからの知り合いなんだよ──ああ、来た来た」
ペリードさんはわたしのうしろに視線を移すと、やあ、と左手を上げました。
やってくるのは人のよさそうな男性です。
ぺこりとわたしたちに会釈すると、奥さんから荷物を受け取っています。
女性──ジェシカさんがわたしに笑いかけました。
「あなたがロゼッタさんね。ペリードくんから聞いてるわ。五日前に渡したパン、食べてくれた?」
「──あ、おいしいカメパンの人……」
「そうそう、それそれ。その様子だと、うちの看板商品気にいってくれたみたいね。ずっと待ってたのにぜんぜん来ないから、こっちから来ちゃったわ」
ちょっと拗ねたように言うと、彼女は旦那さんに箱を渡しました。
甘い香り。ケーキの匂いです。
いまいち状況が呑み込めませんが、とりあえず分かったのは彼女が五日前にパンをくれた人で、開店準備の忙しさからご挨拶に伺うことを忘れていたご近所さん、ということでした。
「すみません、パン、くださったのに顔を出さず失礼を……」
「いいの、いいの。気にしないで。引っ越しすぐはなにかと忙しいだろうし、それよりこれからお祝いしましょ?」
「お祝い?」
わたしが首を傾けるとペリードさんが教えてくれました。
「もうだいぶ廃れた慣習だけど、ユーハルドでは外から来た新しい仲間を盛大に祝うんだ。──そんなわけで、ささやかだけど今日は宴の席を設けさせてもらったよ」
ペリードさんは春の花で彩られた花束をわたしに渡して「あらためてキミを歓迎するよ」と言うと、リックくん一家に目配せをして、
『ユーハルドにようこそ!』
と、全員で声を揃えて歓迎してくださいました。
その後は店に入り、ジェシカさんが用意したケーキを並べ、わたしがみなさんにオムライスを振る舞い、楽しい宴が開かれました。
ちなみに、本日のお客様は0人です。
オープンすることを大々的に宣伝していたわけでは無いではないですからね。
それでも、近所の方々が顔を出してくださり、一緒になってお祝いしてくださいました。
ありがとうございます。
おかげでとても賑やかなオープン初日を迎えることができました。




