後編(◇)
挿し絵付きです。
村に戻ると人だかりが出来ていました。
村の中央部、きのう火葬を行っていたあたりに集まる村人たちの中心には見慣れた姿がありました。
女性を口説いているエルフィードおじさまです。
「こんな山奥でキミみたいな美しい妖精と出逢えるとは、俺はなんて幸運な男だろうか。わざわざ山を越えて来た甲斐があるというものだ。俺の妖精、どうか今宵ともに同じ夢を見ないか?」
……。
ええっと、はい。いつもの光景です。
女性の手を取り膝を折るおじさまは、わたしたちの呆れた視線に気が付くと『また後でな』と指を二本、顔の横でそろえて女性に告げるとこちらにやってきました。
どうでもいいですけど、ポーっとした表情で女性がおじさまを見ています。
まあ、顔だけはいいですもんね、このヒト……。
「おう、ふたりともお疲れさん」
「エルフィードおじさま……、どうしてここに?」
「ええ? なんでロゼちゃんそんな引き気味なの? ──いやさ、王都に行ったらお前らが出掛けたって言うんで迎えに来た。アイツと一緒にな」
エルフィードおじさまがもうひとつの人だかりに親指を向けます。
幌馬車のすぐそばに金髪の少年がいます。
十代ちょっとの見た目でしょうか。
きれいな青銀と金のオッドアイが印象的な少年が村人たちに食材を配っていました。
師匠の星霊様です。
リィグ様。
本来はまふもふの金色のネコの姿だったりするのですが、基本的には人型を取っているみたいです。
リィグ様はこちらに気がつくと、大きく右手を振りました。
「あ、マスター。おかえり~。言われた通り物資持って迎えに来たよ」
「物資? どういうことです、先生」
「この村では奇病が流行っているとして、行商人たちも通ることを避けていたようだからね。それでは食糧も届かないだろうと思って、向こうを出る際リィグに言い付けておいたんだ。あとから食糧と薬を持ってこいってね」
「ああ、それで別行動だったんですね」
リィグ様はいつも師匠のそばに付き従っている星霊様です。
当然森族の里から王都へ向かう旅にも同行していましたが、なぜか今回の睡魔鳥の討伐にはついてこなかった。
その理由が物資の配達だったといま知って、わたしは驚きました。
さすがは師匠です。
村の窮状まで考えて事前に動いていたとは。
師匠が荷台を漁り、例のお腹の大きな女性に氷漬けにされた羊肉を渡しています。
羊。もうじき子羊たちが産まれてくる季節ですね。
「中までしっかり火を通して食べるように」という師匠の声を聞きながら、わたしは黄色の花を咲かせるコルザ草を見て、春の訪れを感じました。
エルフィードおじさまが村長さんを連れてこちらにやってきます。
「オーゼン、村長が宴開いてくれるって言ってっけど、どうする?」
「帰る」
「即答かよ。……ま、そういうわけだから俺たちは帰るよ。あれ、ぜんぶ好きに飲み食いしてくれて構わねぇぜ」
「ありがとうございます。本当になんと申し上げたらよいのか……」
村長さんは心ばかりの礼だと言って、去年の秋に採れたリンゴで作ったというジャムをくださいました。
ありがとうございます。
リンゴ嫌いな師匠以外のみんなでおいしくいただきます。
村人たちに手を振って、わたしたちは馬車に乗って村を出ました。
帰りの馭者はおじさまが務めてくださったので、わたしは荷台に座り、村長さんからいただいたジャムをパンに塗って食べました。
空はあかね色。
じきに日が落ちますが、このまま走行して王都へ向かうようです。
仮に賊が出たところでこの面子ですからね。なんの問題もありません。
わたしの対面には師匠。
柱に背中を預けてテントの隙間から流れていく景色を眺めているようです。
そういえば、この人きのうから一睡もしてないんですよね。
というか、それ以前の道中でもあまり眠ってないのでは……。
心配です。
睡魔鳥の歌で何度もスヤーとしたわたしとは違い、師匠は確実に寝不足のはず。
しかしながら彼の顔は涼しげです。
疲れを微塵も感じさせない無表情。
この人の中に『疲労』という二文字はないのでしょうか。
「──ロゼッタ」
わたしがじっと見つめていると、ふと師匠はこちらに顔を向けました。
なんでしょう?
師匠の唇がゆっくりと動きます。
「私は少し寝る。なにかあればふたりの指示に従うように」
「え? あっ、はい!」
慌ててわたしが頷くと、師匠は柱に頭を預け、
「リィグ。あとは任せた。彼女のことを頼む──」
そう呟いて、目を閉じたのでした。
「寝てる……」
「ん? オーゼン、寝たのか?」
おじさまの声が馭者台から飛んできます。
リィグ様が返します。
「うん、疲れて寝ちゃったみたい。ぐっすり」
「ははは、そうか。まあ、ずいぶん顔色悪かったしな。こんな真冬だ。風邪でも引いてなきゃいいけどな」
「え! 顔色⁉ 全然そんな風には……」
「そりゃそうだ。コイツそういうの隠すから」
驚くわたしに返してエルフィードおじさまは笑います。
「どうせ周囲を警戒して、道中ろくに眠りについてなかったんだろうよ。リィグもいねぇしな。そりゃ疲労でぶっ倒れるさ」
「そんな……。見張りならわたしもしますって言ったのに……」
落ち込むわたしに『気にしないで』とリィグ様は苦笑しました。
「この人がしたくてしてることだから。器用じゃないんだよ、マスターは」
そう言って師匠に毛布を被せると、リィグ様は地図を広げて、おじさまと進路の話を始めました。
「……」
外から流れる風で、さわさわと揺れる師匠のきれいな白い髪。
その隙間からのぞく長いまつ毛の下には外から差し込む夕陽と同じ、黄昏色の瞳が隠れているのでしょう。
静かな寝息。
ときおりかすかに漏れる艶っぽい吐息。
自然と師匠の唇に視線がいってしまい、わたしは慌てて目をそらします。
んん、っと喉を鳴らして、そしてまたチラリ。
「──」
これはご褒美です。
頑張ったわたしへのプレゼント。
だからもう少しだけ──
「このまま眺めていてもいいですよね、師匠?」
小声でつぶやき、わたしは師匠の寝顔を堪能したのでした。




