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氷の魔女の料理屋さん~最愛の師匠を探してモフモフな食堂を始めました!~  作者: 遠野イナバ
外伝『師匠の卒業試験は鬼畜仕様でした』

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中編

 翌日。ふたたび崖の上にやってきたわたしは真正面から睡魔鳥を見据えました。


「きのうはしくじりましたが、今日は負けませんよ!」


 睡魔鳥は羽を広げて『クェェエ』と鋭いいななきを上げます。

 かくしてリベンジマッチのお時間です。


炎の球(ノル・イグニス)!」

『クェェェェ!』


 魔法、魔法、魔法。

 睡魔鳥の蹴り。

 魔法。

 睡魔鳥のくちばし。

 呪文──からのスヤー。

 師匠に頬をつねられる。

 魔法、魔法。

 睡魔鳥の突進。

 魔法。

 そしてスヤー。頬の痛み、覚醒。


「く、これがわたしの手持ちの中で一番強いまほ──」


 スヤー。

 眠りに落ちる直前に、師匠の溜め息が聞こえたのは気のせいではないのでしょう──


 ◇


「あと何回繰り返せばアレを倒せるのかな、キミは」

「百回くらい……?」

「……はあ」


 額に手のひらを押し当ててうつむく師匠。

 本当に申し訳ない限りです。

 わたしが未熟なばかりに本日正午は駆け足で過ぎ去り、遅めの昼食をはみはみしながらわたしは嘆きました。

 ちなみに今日のお昼ごはんはそのへんで採れたキノコの串焼きです。


「だって先生~。あの鳥の歌声を聞くと眠くなるんですもん。あんなの耳を塞がない限りは無理ですよ!」

「なら、塞げばいいだろう」

「ええ?」


 わたしの泣き言にさらりと返し、師匠は耳から何かを取り出しました。

 耳栓です。いつからしてたんですかそれ。


「聞くと眠くなるなら聞かなければいい。それだけだ」

「でもそれだとほかの音が聞こえない──って先生、それしたままいまふつーに会話してましたよね? ……え、どうやって」

「? 口の動きを見ればわかるだろう?」


 そんな、怪訝そうに顔をしかめられても。

 師匠は土の魔法で耳栓(粘土素材)を作ると渡してくれました。


「──ほら、これをあげるから次こそ頑張りなさい」

「頑張ってますよ! 十分頑張ってますけど倒せないんです! もっとアドバイスください!」

「それは自分で考えることだ。……あと何度かやってダメなら最悪は手伝ってやるから」


 さすがに今日まで山の世話になるのは勘弁だ、と言って師匠は丸太から立ち上がります。

 わたしはあわてて残りのキノコを飲み込み師匠を追いかけました。


「最初から手伝ってくださいよー……。そうすればこんな依頼ぱぱっと終わるのに」

「それでは試験にならないだろう。ここに来るときにも言ったが、アレを倒せたらキミは一人前の魔導師だ。そうすれば晴れて卒業。私から教えることはもう何もないよ」

「え! ってことはこれが終わったら師匠はもうわたしの師匠じゃなくなるってことですか?」

「師匠じゃない、先生だ。何度言ったらわかる」

「ええ……もっと色々教えてもらいたかったのにぃ……」

「十分教えた。それに森族の里での用ならもう済んでいる。だからあまり長く滞在するわけにはいかないんだよ」

「……また、里に来てくれますか?」

「定期的には顔を出すよ。お前の祖父のこともあるしな」

「ああ……」


 わたしの祖父であり、現長老であるおじいさまは病にかかっています。

 体が老いて朽ちる病気。

 人とは違い、森族はある一定の年齢を境に年を取りません。

 人で言うところの十代半ばから二十代前半くらいの見た目。

 個人によって多少の差はあれど、みんな若々しい姿をしています。


 そして、その美しい容姿のまま天寿をまっとうするのですが、ある病にかかると一気に老いるのです。

 それが森族エルフ特有の病、老枯ろうがれ病。

 老化が始まり、枯れ木のように手足が細くなり、最後はまともに動くことも出来ずに死んでいく、恐ろしい病気です。


 師匠はその治療……といっても多少の延命が臨める程度ですけど、おじいさまを診てくれています。


「──そら、始めるぞ」

「はい!」


 目の前にはリベンジを待つ睡魔鳥。

 わたしは気合いを入れて耳栓をつけました。


「あなたの身体を鉄串に! 縫いとめましょう、炙りましょう。炎の鉄串(ルイン・ナ・イグニス)!」


 三本の槍が睡魔鳥の上から飛来します。

 しかし予測どおり、羽が炎を弾き、睡魔鳥は軽やかなステップを踏んで突進。

 あっという間に詰まる距離。


「なら──」


 わたしは敵に向かって炎の壁を生み出します。

 天高く飛び上がる睡魔鳥。

 炎の防壁を飛び越え、わたしの頭上めがけて蹴りを繰り出し、そして、


「そこです!」


 いちばん簡単で、早く出せる炎の魔法。

 炎の球(ノル・イグニス)をおみまいすると、睡魔鳥は爆風でうしろに吹き飛び、地面に転がりました。


「やりました!」

「まだだ! 警戒を解くな!」


 投げられた師匠の怒声にハッとして前を見れば、立ち上がる睡魔鳥が。

 大きく羽を広げて、くちばしを上に向け、高らかに歌い──


「へ⁉ うそぉ──⁉」


 なんと!

 歌うと見せかけて、睡魔鳥は疾風のごとき速さで突進してきたのでした。


「きゃあっ!」


 どしゃっ──。

 わたしは地面の上を転がり、雪まみれになりました。

 くそっ、あの鳥。

 フェイントまで仕掛けてくるとは、なんて恐ろしい……!


「きゅう……ダメです。ししょー」


 師匠の足元まで吹き飛ばされたわたしは雪に突っ伏したままつぶやきました。


「──……、……」


 え? なに? 聞こえませんけど。

 顔を上げると、師匠がなにか言っているようです。

 わたしは耳栓を外しました。


「聞こえないです、なにを言って──」


 睡魔鳥の歌声。


「すぴー」

「……」


 ──あ、ひどい! 

 両方の頬をつねられました。

 乙女のほっぺを何だと思っているのでしょう、この人は。


「み、耳栓……」

「もういい。これで聞こえないから──」


 師匠がダンッと地面を踏み鳴らします。

 すると、メキメキと土の壁が伸びあがり、睡魔鳥をすっぽりと覆ってしまいました。


 中からガンガンと音がします。

 睡魔鳥が壁を蹴っているのでしょう。

 歌声は聞こえません。

 かなり分厚い壁のようです。


「詠唱ナシでこの威力……」

「いまはリィグがいないから、私も簡単な魔法しか使えない。悪いが、助力といってもあの鳥の動きを止めるだけになるけどそれでもいいかな?」

「! あ、ありがとうございます!」


 感謝です。

 でもその言葉はおそらく半分嘘です。

 師匠がその気になれば、睡魔鳥を一瞬で灰に帰すことなど造作もありません。

 それほど強い魔力チカラを持った人なのです。


 ですからここはわたしに花を持たせてくれたのでしょう。

 ありがたく見せ場を頂戴して頑張ります。


「──ときにロゼ。睡魔鳥の歌声を聞くとなぜ眠りに落ちるのかわかるか?」

「え? 歌声に魔力が宿っているからでは?」

「そうだ。サクラナの巫女が使う魔法と同じくあれは音を使った魔法。音が届く範囲に限り、魔法は展開される。つまり音が届かない場所、あるいはその音が聞こえない相手に対しては効果がないんだ」

「はい。だから耳栓を……」


 わたしは手のひらに乗せた耳栓に視線を落とします。


「そう。でも常に耳を塞いで戦えるわけじゃない。個人戦ならともかく、集団戦では仲間との連携が取れないし、今回は鳥だが相手が魔導師ならそう簡単にはいかない」


 たしかに。

 五感のひとつを封じて魔導師と戦うのは自殺行為です。

 隙を突かれて殺される。

 わたしは急に頭の奥が冷えてきて、さっさまでの心の甘さを消して真剣に考えこみます。


 そんな様子を見て師匠は「さて、そこで質問だ」と言いました。


「そんなとき、キミならどうする?」

「わたしなら……?」


 考える、答えを。


「歌う前に倒します!」

「……倒せなかっただろうが」


 う、そうでした……。

 わたしがしゅんと肩を落とすと、師匠は「簡単な話」と言ってパチンと指を打ち鳴らし、地面の雪を掴んで丸めました。

 ぼろぼろと岩壁が崩れて、中から出てくる睡魔鳥。師匠は投擲とうてきポーズを取り、


「──そのうるさい口を塞いでしまえばいいんだよ」


 ズパーン! と睡魔鳥の顔に向かって雪玉を投げつけました。

 え? いきなり雪合戦、始まりました? 


「──! 氷⁉」 


 刹那、睡魔鳥のくちばしにパキパキと走る氷の網。そこから薔薇のいばらのようにしゅるりと伸びた氷のつるが睡魔鳥の全身を覆い、その動きを封じこめました。

 師匠が身体を横にずらして、わたしに視線を投げます。


「あとは出来るね?」

「はい!」


 わたしは杖を高く掲げます。

 集中。


「あなたの舌は大火傷。あつあつのハーブティーを淹れてさしあげます」


 大丈夫。

 これからやるのは動かない敵に最大火力をぶつけるだけの簡単なお仕事です。

 外すことすらできないほど巨大な炎を生み出し、そして、


灼熱の海流(メル・ノル・イグニス)!」


 杖から飛び出した炎が大気を走り、睡魔鳥を囲うと一気に天まで伸び上がりました。

 炎の竜巻に閉じ込められる睡魔鳥。

 耳をつんざく断末魔を上げ、やがて──


「やりましたああ! 倒しましたよ、ししょー!」


 黒こげになった睡魔鳥のそばでわたしは空に向かって拳を突き上げました。

 ガッツポーズ!

 みごと勝利です!


「よくやった。それと先生だ。では帰ろうか」

「ええ⁉ もっとこう、なんかないんですか? 感動的なハグとかそういうアレ的なご褒美は……?」

「何を言っているんだキミは」


 本気で意味がわからないといった顔で一度振り返ると、師匠はそのままスタスタと歩いていってしまいました。

 がっくりです。

 ご褒美が欲しい。

 あと置いていかないでください、師匠。

 わたしは慌てて師匠を追いかけました。

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