05 迷子の男の子と出会いました
きのうはあれからペリードさんと別れて家に入ると、そのまま倒れるように眠ってしまいました。
「はっ! わたしとしたことが床で寝ていた!」
うっかりです。
シャワーも浴びず、寝間着にも着替えず、こんな埃っぽい床の上で惰眠をむさぼっていたとは乙女失格です。
もしもこんな姿をあの人──師匠に見られた日には、ショックのあまりわたしは湖に身投げしてしまうでしょう。投げませんが。
「起きたか、ロゼ。で? ここどこだ?」
先に目を覚ましていたらしいノルさんが朝食のパンを食べながら聞いてきました。
彼は星霊なので肉でもパンでも魚でもなんでも口にします。
むしりむしりと可愛らしいカメの形をしたパンを……って、そのパンどこから取ってきたんですか?
わたしのカバンには入っていなかったはずですが。
「ここはわたしの工房兼、家だそうです。──ところでそのパンはどこから?」
「さっき来た美人がくれた。アトリエ? 家? なにそれ」
美人?
誰かいらしてたんでしょうか。
テーブルの上にはパンが入ったかごが置いてあり、中には手紙が。
──鍵をかけないのは不用心よ!
鍵。そういえば、きのうは鍵も閉めずに寝てしまったのでした。
森の中ならいざ知らず、都会では戸締り厳守。
これ鉄則だとおじさまが言っていました。
俺のような奴がいるからな。
まあでも? エルフィード様は超紳士だからそのまま朝まで見張りしてあげるけど。なんなら朝メシ作って起きるの待ってるけど──と。
はい。今日からちゃんと戸締りします。
ひとまず寝起き直後のぼんやりとした頭でノルさんに工房のことを説明すれば、彼は納得したようでうんうんと頷きました。
「つまり、お前は元々この国で店を開く予定だったと。んで、ここがその物件っつうわけか」
「ええ、本当はきのうユーハルドに着いた段階で物件探しから始める予定だったんですけどね。エルフィードおじさまが事前に手配をしてくださったみたいです」
「いいおじさまじゃねぇか」
「まあ、顔だけは広いヒトですからね」
交友関係バリ広のエルフィードおじさまに感謝しなければ。
「ところで、店ってなにをやるんだ? 魔女の工房? ヤモリとかヘビとか煮込んで薬とか作るの?」
「それ、いつの時代の魔女のイメージですか? ──ロゼッタの料理工房。料理屋さんですよ。ここでお客さんにごはんを作って提供するんです」
「ほーん、おまえ料理得意なの?」
その質問にはスルーで。
「とりあえず、いただいたパンでも食べて店の掃除をしますかね」
「おまえ、顔も知らない奴からもらったもんよく食う気になるな」
ノルさんだって食べてるじゃないですか。
山盛りのパンが入ったかごに添えられた手紙には『ブーランジェリー・トルトュ』と書いてありました。
どうやら近所のパン屋さんのようです。
あとでパンのお返しとご挨拶に伺わなければ。
カメパンを口につっこみ、わたしはホウキを掴んで掃除を開始しました。
そして十時間後。
「そ、掃除が終わらない⁉」
「まあ、引っ越し当日……いや翌日だけど、こんなもんだろ」
翌日。
「ノルさん、扉を開けてください! お皿が──うわわわわ!」
さらに三日後、現在に至る。
「や、やっと看板ができましたー……」
「お疲れさん。ところでよ、食材買いに行かなくていいのか? 今日の夜には店、開けるんだろ?」
「あ! そうでした! 忘れてました!」
わたしは買い物かごを持ってバタバタと駆け出しました。
そのあとを赤い首輪をつけたノルさんが追ってきます。
「まさか開店するまでこんなに時間がかかるなんてっー!」
「店を開けるのも楽じゃない。ひとつ勉強になってよかったなぁ、ロゼ」
「ノルさん外ではお静かにー!」
そんな感じで住宅地を疾走し、迷い、迷い、迷い。
なんとか辿りついた噴水広場を、わたしはぐったりしながら歩いていました。
「つ、疲れました~」
ここは王都の中央部──の、やや西寄りにある広場です。
青と白を基調とした美しい王城。
その前(正確には川堀の手前)には、白亜の噴水があり、それをぐるりと囲うようにまばらですが、露店が立ち並んでいます。
市場、と言うには小規模ですけど日常使いの食材ならこの小さな市場で充分です。
さっそくわたしは近くのタマゴ屋さんをのぞきました。
赤土色の大きなタマゴが、いち、に、さん……五つほど小さなカゴに入って売られています。
「店主さん、こちらをひとカゴいただけますか?」
「あいよ、銅一枚な」
銅、銅……赤茶色のコインですね。
財布袋から銅貨を一枚取り出し、お渡しすると、店主さんは不思議そうな表情でヒトの顔をじろじろと見てきました。
とんでもねぇ美少女だ、とかそういうやつですかね?
いえ、自分で言うのもアレですけど、森族って基本顔がいいんですよ。
神々の成れの果て。
あるいは神の被造物。
そんな風に古くから言われている森族はみんな容姿端麗です。
ですからこのおじさんが、わたしに見惚れてしまっても致し方ないことなのです。
恐縮です。
……と思ったら、ぜんぜん違いました。お恥ずかしい。
「お嬢さん、見ない顔だな。最近越してきたのかい?」
「え? ──あ、はい。先週引っ越してきました。これから北の通りで食堂を開く予定です。よかったらぜひお越しください」
「ほう、食堂か。それじゃあ、これサービスな。タマゴが入り用なときはぜひうちに来てくれ。嬢ちゃんの店にもそのうち立ち寄らせてもらうよ」
なんと!
タマゴをもうひとカゴいただいてしまいました。ありがとうございます。
え? 美人にはサービスしないとなって?
照れますね。
また買いに来ます。
「お前……それただの世辞だから。あと商売的な意味な?」
聞こえません。
「──しかしロゼよ。なんだかんだ人と話せるようになってんじゃねぇの。ここに来た当初は人間にビビりまくりだったくせによ」
「当然です。この国に来て一週間近くも立つんですから、いい加減慣れますよ」
まわりに人がいるというのに、お構いなしにオッサン声を披露するノルさんに「ウサギらしくお静かに」とたしなめていると、ふいに小さな嗚咽が耳を掠めました。
五歳くらいの男の子でしょうか。
二本先の通りで、あたりをきょろきょろと窺いながら、座り込んで泣いています。
「どうしました? なにかお困りごとですか?」
わたしが近づくと、男の子は顔を上げました。
「おねえちゃんは?」
「氷の魔女のロゼッタです。こちらは下僕のノルさんです」
「いや、誰が下僕だよ」
「ひっ! うさぎがしゃべった!」
ああ……、だからあれほど外ではかわいいウサギに徹しろと言いましたのに。
ノルさんを退がらせ、男の子に事情を伺いますと、ふむ、母親とはぐれたんですか。
「困りましたね」
土地勘の無いわたしがやみくもに王都を歩いても逆に迷うだけ。
ここはひとまず巡回中の兵士さんに母親探しを頼むのが一番なのでしょうが──
「しょうがないですね。ここは美人で才女な篝火の魔女さんが一緒にお母さんを探してあげましょう!」
「よ、さすがは俺の相棒! ……つうか自己評価エグいな。あと、氷の魔女じゃないの?」
ごちゃごちゃうるさいノルさんのことはさておき。
きっと師匠ならこうするはずです。
だからわたしも同じように男の子の手を取ったのでした。




