46 ああ、やっと会えました
睡魔鳥を倒したことで村人からはたいそう感謝され、お礼にと大量のオレンジをいただき村を出ました。
その後、馬車で商都にあるフィーティア支部へと向かい(アルバちゃんの馬車酔いが酷かったです)、たんまりと報償金をもらったわたしたちが王都に戻ってこれたのは、ベルグラの月も半ばを過ぎた頃でした。
かれこれ二か月ほどの長旅です。
もうくったくたです。
「クソ疲れたわ。早く帰って酒が呑みてぇ……」
「ウサギさんがお酒はちょっと。わたしは戻ったらシャワーを浴びたいです……」
王都に入ってすぐにアルバちゃんとは別れたので、わたしとノルさんは店まで戻ることにしました。
くんか、くんか。
ローブのそでに鼻をつければ、なんとも酸っぱい香りが。
最後にお風呂に入ったのは何日前のことやら。
完全に汚女子と化したわたしを道行く人々が二度見していくなか、王都の華やかな装飾が目に入り、ああ、と思い出しました。
「バレンタイン……」
ベルグラの月の十四の日は、わたしのひいおばあ様、大魔女ユノヴィア・バレンタインの誕生日でして。
聖国パトシナでは『ユノヴィア祭』として盛大に祝われ、このユーハルドでは『バレンタインの日』と称して彼女が好きだったショコラ菓子を大切な人に贈るというイベントが行われるそうです。
十四日は微妙に過ぎてますけど、街はまだまだイベント一色。
おかげで浮かれた男女の多いこと、多いこと。
いまも仲良くお手てを繋いだカップルがわたしの脇を通り過ぎていきました。
そして、くすりという笑い声。
お恥ずかしい。
こんな格好でこのラブラブ空間を歩かないといけないとか、どんな罰ゲームですか、これ。
あと、爆ぜてしまえばいいのに。
「ノルさん、あとで焼きショコラあげますね……」
「うん……、でもお前菓子作れねぇじゃん」
「買ったものを、差し上げます……」
鉛のような体を引きずり、やっと店が見えてきました。
誰かが玄関脇の窓から中を覗いているようです。
お客さんでしょうか。
すみません、営業は来週からでして……と、目を細めれば見慣れた男のヒトが。
「エルフィードおじさま?」
わたしに気づいたらしいおじさまは、ぎょっと目を見開いたあと、片手を上げて軽快に笑い返してきました。
「よう、ロゼちゃん。どうした、そのかっこ。冒険にでも行ってたのか?」
「違いますよ、依頼でちょっと隣国に。それよりどうしておじさまがここに?」
「どうしてって、手紙出しただろ? 遊びに行くって」
「ああ……」
そういえば、依頼を受けた前日にエルフィードおじさまから手紙が届いていたのでした。
遊びに行くから土産なにがいい? と書かれてあったあれです。
どうせおじさまのことだから半年後くらいになるだろうと踏んでいたのですが、思いのほか早くいらしたようで恐縮です。
でも、タイミングが悪い。
なんでヒトがこんなぐでんぐでんの時に来ますかね。
疲労困憊。シャワーを浴びたらベッドに入ってスヤーしたいですよ。
睡魔鳥の子守歌でも聞いて。
「えっと、すみません。あしたでもいいですか? 今日はもう店を開く元気もなくて」
「え~、せっかく来たのに? 茶ぐらい飲む時間はあるだろ?」
ありますけど。でも寝たいんです。
返答に渋るわたしを見ておじさまは困ったように頭をガシガシと掻くと、「せっかく土産持ってきたのになぁ」とぼやきました。
「土産?」
「そう、ロゼちゃんが欲しいって言ってた──」
「エルフィード。ついて来いというからには置いて行くな。どこに行けばいいのかわからないだろう」
それは、とてもとても懐かしい声でした。
すぐそこの曲がり角から現れたのは、緑のローブマントを着た青年です。
夜の月のごとき白い髪。
闇に沈む夕陽を映した黄昏色の瞳。
──そう、わたしが会いたくてしかたなかった、師匠でした。
「師匠⁉」
わたしが叫ぶと、師匠の視線がおじさまからこちらに移動します。
一瞬眉をひそめて再び視線を戻し、師匠はエルフィードおじさまに尋ねました。
「お前の知り合い……いや同族か?」
「!」
驚きました。いえ、ショックでした。
たった数か月とはいえ、教え子として師匠のそばにいたのです。
長い人生の中で、その時間だけは色鮮やかでとても幸福なものでした。
でもそれは、わたしにとってだけ──。
彼の中では記憶にすら残らない、ただ過ぎ去るだけの時だったのでしょう。
そのことに気づいてしまい、わたしはただただ言葉を失い茫然としました。
「あー……いやな? これは違うんだ。こいつ、記憶喪失なんだよ。だからロゼちゃんのことを覚えてないってだけ。だからそんな顔すんな」
「……記憶……喪失?」
「そう。ちょっといろいろあってな。俺と再会したときにも『誰だ?』とか聞いてきたし……うん、わかるよ、ショックだよな……。俺もそうだった」
涙ぐむおじさまに、なんでわたし以上にへこんでんですか、このヒト……と思いつつも、わたしは師匠に手を伸ばします。
「し、師匠……」
「?」
「その、本当にわたしのこと、覚えてないんですか?」
「悪いけど、記憶にないな。それと、私は弟子を取る主義ではないから師匠と呼んでくる奴が知り合いにいるとは思えないね」
「……」
淡々と返されて、わたしは目の前が真っ暗になりました。
そんなベタな展開ってあります?
で、誰? と師匠がおじさまに聞いています。
「俺の大姪、ユノヴィア伯母さんのひ孫だよ。ロゼッタっていうんだ」
「ひ孫? ユノヴィア先生に子供はいないだろ」
「まあ、そうなんだけど……、細かいことは気にすんなよ~。ほらほら、中に入って茶でも飲んで行こうぜ?」
ぐいぐいとおじさまに肩を組まれて思い切り迷惑そうな顔をする師匠です。
「ロゼちゃん、早くなか開けて」
「えっ、は、はい……」
おじさまに言われて店の鍵を取り出し、師匠を見上げると、師匠は少し困ったように視線をさげました。
その先にいるのはノルさんです。
なにを思ったのか師匠はノルさんを持ち上げます。
首根っこを掴んでぐっと。
その持ち方はあまり推奨されない持ち方ですが、いまはそんなことを指摘できる空気ではありません。
ノルさんは突然のことにびっくりしているようで、無言のままぷらーんとされています。
「ウサギか? 変わった耳をしているが……」
……こ、これは!
ノルさん、捕食の危機です!
実は以前、睡魔鳥を狩るべく山に入ったとき師匠がウサギを鍋に入れていました。
しかもウェナンとかいう少年と一緒にいた時も、ウサギを捕獲してエルフィードおじさまへの土産にしようとしていましたし。
ノルさんも危険を察知したのでしょう。
青ざめています。
「森の動物を傷つけたらだめです!」
わたしは師匠に向かって叫びました。
すると、師匠は一瞬怪訝な顔をしたあと、目を見開き、
「──……ロゼッタ、か?」
──!
「前長老の孫の」
「し、師匠……、思い、出して……?」
ああ、ダメです。
急に目頭が熱くなってきました。
わたしは口元を手のひらで覆うと、瞳に涙をためて師匠を見上げました。
そうして返ってきたのは、いつもの返し文句です。
「師匠じゃない、先生だ。──髪を伸ばしたのか」
似合っていると口にして、そして、わたしの頭に手を伸ばし、
「久しぶりだねロゼッタ」
そう言って、優しく目元を和らげたのでした。
おかえりなさい、師匠……!




