42 眠りの村を調査します(1)
「酔うから馬車はムリ」などと仰るアルバちゃんの一声で、徒歩一択となったわたしたちが約三週間かけて例の村へと向かうと、そこは死地のような有様でした。
人々は地面に倒れ、動きません。
眠っているのです。
最初は死んでいるのかと思いました。
人間は森族とは違います。
ふつうはひと月以上も眠り続ければ命はありません。
なのに、彼らは生きている。
とても不思議な光景でした。
「眠っている……のか?」
ノルさんが地面に倒れている村人の頬を前足でつついています。
アルバさんも考え込むようにうつむいて、この状況を整理しているようです。
「う……」
「お、起きた」
ノルさんがつんつんしていた女性が目を覚ましました。
女性は身を起こすと二、三度うめいてから「あなたたちは……?」と呟きました。
「わたしたちは──」
と、説明しようとした直後に女性はハッとした表情で立ち上がり、まわりの住人たちの頬を叩いて回りました。
ビンタです。
バシッ、バシッ、となかなか強烈な一手。
突然の村人の奇行にノルさんが引いています。
わたしもドン引きです。
ビンタされた村人たちは次々と目を覚ましました。
そして、起きた人はまだ寝ている人の頬をバシンッ。
さらにその隣でもバシン、バシン。
連鎖するように人々は頬を叩き合い、眠りから醒めたのでした。
「これはいったい……」
「なるほど、そういうことか」
アルバちゃんは何かに気づいたようで、近くの村人に『代表者を呼べ』と告げました。
◇
「はい。わたくしどもは眠る者がいたら起きている者が起こし、ということを繰り返してなんとか生き延びてきました。ですが、ちょうど全員が眠りについてしまったところに皆様がやってきた──命を救っていただき、本当になんと礼を申し上げたらよいか」
この村の長老を名乗るおじさんが深々と頭を下げてきました。
どうやら彼がいま言ったように、眠りに落ちた人を起こしてまわることで、村人たちは生存していたようです。
よかったです。
正直、ここに着いたときには本当の死地を想像していました。
腐乱した死体とのご対面。
屍人に追いかけられるパニック的な、書物でよくある展開が始まらなくてよかったです。ええ、本当に。
アルバちゃんが村長さんに尋ねます。
「商都からの報告じゃあ魔病が蔓延してるって話だったが……どうも違うようだな。調査隊はどうした? 来てるはずだろ?」
「それが……」
村長さんいわく、村の近くの崖の下に睡魔鳥が住み着いてしまい、それがこの村のオレンジ畑を荒らしに来るんだそうです。
その際、歌声を聞いた村人たちが眠ってしまうとのことでした。
「何度も外の町へ救援の手紙を送ったのですが、どうにも伝達不備が続いているらしく、知らせが届かないようなのです。そんな中、来てくれた調査隊の方々も山に登られてそれきりでして……」
憔悴しきった顔で村長さんは長い吐息をこぼしました。
「やはり睡魔鳥でしたか。そんな予感はしてましたよ……」
「なんだ、ロゼ。睡魔鳥のこと知ってんのか?」
「もちろんです。眠りの魔法を帯びた歌声を持つ大型の鳥。人里などに定住されると少々厄介でして、ときおり討伐依頼が出る鳥です。昔一度、戦ったことがありますよ」
「ああ、そういやそうだったな。──なら、今回の件は案外楽勝そうだな」
アルバちゃんはぽんっと手を叩くと、村長さんに今から山に入るむねを伝えました。
「ご無理を承知で申し上げますが、可能であれば派遣隊の方々の捜索もお願いいたします」
「わかった。無いだろうが万が一、私らが戻ってこなかったから早急にこの村を出て、隣町まで迎え。いいな」
村長さんは重々しい表情で頷きました。
村の外には獣や賊が出ますからね。
護衛なしに女子供、老人を連れての移動は困難を極めることでしょう。
ここは一刻も早く睡魔鳥を狩らなければ。
「──あ、アルバちゃん。出発前に、いちおう村の状況をまとめた手紙を飛ばしておいたほうがいいんじゃないですか?」
村人たちに別れを告げ、村の入り口まで歩きながら彼女に声をかけると、「いや、それは無理だろうよ」と返ってきました。
目を細めて空を見上げるアルバちゃん。
つられてわたしも上を向くと、
「ここに来るときもそうだったが、さっきからこのあたりの空には鳥一匹飛んでねぇのさ」
「鳥……。なるほど、それで」
この地を荒らす睡魔鳥。
その歌声は人々だけではなく、動物たちをも眠らせます。
つまりは伝達用の白鳩たちも眠りについてしまっている。
どんなに村から手紙を出そうとも、隣町に届く前に空を行くハトは地面に落ちてしまう。
だからこの事態を外へと知らせることが出来なかったのです。もちろん外からも。
「まあ、救いは住人たちが生きていたってことだな。──つってもだいぶ食糧も尽きかけているようだが」
数の少なくなったニワトリ。柵の中をちらりと一瞥してアルバちゃんは荒れたオレンジ畑のそばを通ります。
「あとは、討伐に向かった派遣隊のみなさんの命があることを願うばかりですね」
「だな」
アルバちゃんは歩く速度を上げると山の中へと入っていきました。
「ロゼ、ロゼ」
「なんです、ノルさん。睡魔鳥が怖くて村でお留守番していたいとか、そういうお話ですか?」
「ちげぇよ。その睡睡魔、昔討伐依頼を受けたがしぐじって、お師匠さんに倒してもらったとか言ってただろ? 今回、戦って大丈夫なのか?」
そう、あれはまだわたしが修行中の頃のことでした。
師匠に連れられ、ユーハルドを訪れた時に受けた討伐依頼。
倒すことはおろか、敵の前で眠ってしまい、何度師匠に頬をつねられたことか……。
あの時の痛みは忘れません(加減はしてくださったのでしょうけど)。
「そうですね……。以前戦ったときは結局師匠が手を貸してくださったので何とか倒せましたけど。今回はわたしひとりで何とかしなければ」
はあーっと自信なく嘆息すると、ノルさんがわたしの肩に乗って、前足でこつんと額を小突いてきました。
「いつもの自信過剰はどうした? ──それに、ひとりじゃねぇだろ。アルバがいるし、俺だっている。ふたりと一匹が力を合わせれば、なんでもできるぜ!」
「うーん、ノルさんは大した戦力にはならないと思いますけど……」
「ひどい! これがうちのロゼさんですよ!」
しくしくとうなだれるノルさんの頭をポンポンと撫でて、わたしはアルバちゃんのあとを追いかけました。




