04 妖精国に着きました
「ほへ~、広い街だなあ。ここがロゼの言っていた妖精国、とかいうところか?」
「ノルさん、街中ではお静かに!」
故郷を出て、早ひと月。
ずっと歩き通しで来たので足の裏が痛いです。
こういうときホウキに乗って空とか飛べたらいいんですけどね。
そんな便利な魔法は存在しないので、わたしはくったくたになりながらも、やっと目的の町に足を踏み入れました。
「ここが師匠の妖精国……。以前訪れた時よりも雰囲気が明るくなりましたね」
ユーハルド王国、王都。
エール大陸の南西部に位置する小国で、建国から千年以上も続く大陸屈指の歴史を誇る国だと聞いています。
土地のほとんどが緑という自然あふれるユーハルドは古くから『妖精国』とも呼ばれ、星霊光蝶に愛される国なのだとか。
悠久の繁栄を約束された、不滅の王国。
さすがにその謳い文句は大げさすぎやしまんせんか? とは思いますけど、実際に緋竜王と名高い初代王リーゼと、その王に仕えた大魔導師が作ったこの国は、一度たりとて他国の侵入を許したことがありません。
ゆえに、国が潰えずに千年以上も続いている。
それはきっと奇跡と呼べるものなのでしょう。
「ふうむ。木造レンガの家々と、カラフルな髪をした奴ら……。いわゆるお決まりって奴だな」
「はい?」
ひょんなことからご一緒することになったノルさんが、カバンの中からぴょこりと顔を出してあたりをきょろきょろと見回しています。
完全にお上りさん状態です。
田舎ものが都会に出てきた時のそれ。
恥ずかしいので、ノルさんをカバンの奥へとぎゅっと押し込め、わたしも道行く人たちを観察しました。
人間がいっぱいです。
彼らは森族の存在を知らないので、わたしを見たところで人間だと認識するでしょう。
けれど万が一、正体がバレれば『ケンキュウジョ』行きです。
捕まって身体を調べられて、解体されて、最終的には貴重なサンプルとして薬品漬けにされる未来が待っている──と、亡くなったお祖父さまが仰っていました。
だからわたしはフードを深く被って耳を隠し、なるべく早足で街を歩きます。
そのときです。
「うきゃっ!」
ドンっと、通行人のどなたかと衝突してしまいました。
これだから都会は。
ごみごみとした人の多さに辟易しながらも、「すみません」と述べて顔を上げれば、ふいに肩が軽くなっていることに気が付きました。
「あれ? カバンがないですと?」
さきほどまで肩にかかっていたのはずの、花模様のカバン(トートにもリュックにもなるやつ)がありません。
ついでにノルさんもいません。
やられた。
「──ひ、ひったくりぃ⁉」
二回目ですが、これだから都会は。
スリです。スリ。
人のものを盗るなんて不届き千万。
ここは氷の魔女ロゼッタが、華麗に成敗してやりましょう!
「あなたに熱いリンゴをプレゼント! 〈炎の球!〉」
わたしは素早く呪文を唱えて手のひらから火球を打ち出し、ひったくり犯の足を狙って放ちました。
しかし、こうも人が多いと当たらない。
まわりの人たちが悲鳴を上げて逃げ惑っています。
まずい。
これではひったくり犯より先に、わたしが軍のお世話になってしまいます!
「では、これならどうでしょう」
作戦変更。
風を足にまとわせ、大きく駆け──逃亡するひったくり犯の背後に近づき、その肩をぐいっと掴んで停止。
そのまま勢いよくうしろへぶん投げます。
「せやっ!」
と、さながら武術の達人のごとく掛け声を出してわたしが技をキメますと、ひったくり犯のおじさんから『ぐえっ』とアヒルを潰したような声が漏れ出て昏倒。
盗られたカバンが宙へと放り投げられ、わたしのもとに戻ってきます。
「はい、お帰りなさ──」
──どさり。
カバンはわたしの手をすり抜け、地面に落ちました。
その拍子に中身がこぼれて、財布やら手紙やらノルさんやらが転がり出てきて大惨事です。
慌ててカバンに荷物をしまうと、悲壮感たっぷり声が横から聞こえてきました。
「気持ち悪い……うぷっ」
「なあっ、こんなところで吐かないでくださいよぉ! ああ……」
キラキラとした神秘の液体を口からこぼしてノルさんは気絶しました。
「軟弱なウサギさんですね、ほんとにもう」
「──そこの娘! とまりなさい!」
ふいに鋭い声がかけられ振り返ると、武装した兵士がざっと五人。
王都の巡回兵でしょうか。
大通りの中心でしゃがみこむわたしを囲むと、彼らはぴたりと足をとめました。
司令官ぽい人が前に出てきます。
緑の髪をした、なかなかの美形さんです。
エルフィードおじさまと比べると見劣りしますけど、でも容姿端麗です。
そのまあまあかっこいい司令官さんは言いました。
「そこのキミ。少し、話を聞かせてもらおうか」
「……」
困りました。
この様子、明らかに捕まる一歩手前です。
違うんです。
このひったくり犯からカバンを返してもらうために派手にやってしまっただけでうんぬん……と、わたしは胸中で弁明を並べ立てながら震え上がりました。
人間、怖い。
捕まったらどうしよう。
目深に被ったフードを握りしめ、わたしがガタガタと肩を震わせていると、急に司令官さんは「うん?」と呟き、腰を折りました。
地面から拾ったものは便箋でした。
里を出る時にエルフィードおじさまが持たせてくれた手紙です。
王都に着いて困ったら門兵にでも渡せとおじさまは言っていましたが、この状況、とても助けを呼べる感じではありません。
というか、そもそも彼らがその門兵──兵士たちなわけですから救援以前の問題です。
「これは、うちの紋章の……」
細長い指を滑らせ、司令官さんが手紙を開こうとすると──
「アレック兄さーん!」
今度は別の人間がやってきました。
こちらも美形。
さらりとした短い緑髪の、眼鏡をかけた青年です。
わたしの前まで駆けてくると青年は、「間に合ってよかった」と笑顔を向けてきました。
王子様スマイル、好印象です。
「話は一番上の兄から聞いてるよ。キミが、篝火の魔女のロゼッタだろう? エルフィードの親戚の」
「! 大叔父様を知っているんですか?」
「もちろん。うちの家は代々森族との折衝役を国王陛下から仰せつかっているからね。大丈夫かい? 立てる?」
わたしの前にひざまずいて彼は手のひらをこちらに差し向けました。
ですが、なおも固まるわたしです。
青年は首は曲げると不思議そうにわたしを見つめてきました。
多分ここで手を取らないと失礼に当たるのでしょう。
ですので、本当にちょん、とだけ。
そっと触れる形で向けられた手のひらの上に指を添えると、青年はふっと笑ってわたしを立たせてくれました。
「師匠以外で触れた人間は初めてです……」
まだ温もりのある手のひらを見つめていると、司令官さんと話していた青年がこちらに戻ってきました。
「僕の名前はペリード・ラン・ベルルーク。ベルルーク侯爵家の三男で、政務官として城に仕えている者だ。怪しいものじゃないから、そう怖がらないでもらえると助かるな」
苦笑すると彼は、「店まで案内するよ」と申し出ててくれました。
店? なんのことでしょうか。
「エルフィードから聞いてない? キミがこっちで構える店を探しておいてくれって頼まれたんだけど……。スーフェン兄さんが──いや、ベルルーク侯爵が、いろいろと手配してくれて格安で手に入った物件がここだよ」
「わぁ……!」
緑の屋根の一軒家。
森をイメージした作りなのでしょう。
壁には適度に蔦が茂り、赤レンガと木造のほどよい均整が取れた小さな家は、まさに妖精が住んでいそうなメルヘンな建屋でした。
わたしの手のひらにぽんっと鍵を置かれます。
「今日からここがキミの工房だ。──ようこそ、妖精国ユーハルドへ」
目元を和らげてそう告げた青年は、二度目の王都でいちばん最初に出会った人でした。
これからこの町で巻き起こるのは、出会いの連続です。
ひとりぼっちであなたを待っていたわたしは里を出て、今度はここで、ひとりで店を開きます。
だけど、不思議と不安はありません。
だってここは、妖精国だから。
光輝く蝶たちが、きっと良い方向へとわたしを導いてくれることでしょう。
──なんて、そんな未来予想を立てながら、わたしは鍵を受け取り工房へと入るのでした。




