33 豆泥棒をつかまえたい
「ジェシカさーん! スープに入れる豆ってどこにありますか?」
「ちょっと待ってね。いま取り出すから──」
からりと戸を引いて、ジェシカさんが陶器の瓶を取り出します。
木の蓋をぱかりと開け、そこで彼女の顔が曇りました。
「やだ? また……?」
「どうしたんですか?」
「いや、ね。先週からわたしここで働いているんだけど、こうして瓶を開けると豆が減っているってことが何度かあってね」
ほら見て、と指された棚の中に視線を向けると食べカスらしき豆の残骸が。
ジェシカさんは頬に手を当てて短く嘆息しました。
「やっぱりネズミか角リスかしらねぇ。ここ(城)、うしろに森があるし。そこから入ってくるのかも」
「トラップとか仕掛けてみたらどうですか?」
「すでに仕掛けてあるわ。そこにね」
厨房のすみにあるネズミ取り。
ぱっちんタイプのよく見るやつです。
あれ、うっかり指とか挟んじゃうと痛いんですよね。
そのままわたしに瓶を渡すとジェシカさんは中断していた野菜の皮向きに戻りました。
若いシェフさんが「申しわけないっすけど」と、わたしの足元を見て切り出します。
「厨房に動物はちょっと……」
というわけで、ノルさんサヨウナラ。
厨房裏の勝手口から放すとノルさんは一目散に森の方角へと走って行かれました。
このお城、裏山ならぬ裏森がありまして。
おそらくそちらに向かったのでしょう。
料理長さんが振り向きざまに言いました。
「きみたちふたりはもういいや。悪いけど、配膳の時間までそれ(ネズミ捕り)のチーズ替えでもしといてもらえるかな?」
チーズ替え……。
思うんですけどチーズでネズミを捕るって如何にもって感じですよね。
ちなみにトラップには一匹も掛かっていませんでした。
エサもキレイに残っています。
つまりこの厨房にはネズミはいないということです。
では、あの豆泥棒は誰なのでしょう?
「ふっ……これは事件の予感、ですね」
「なに言ってたんだ?」
あごに指を添えて探偵ポーズを取るわたしをよそに、アルバさんは上の棚からチーズを取り出しました。
ほほう。
穴あきチーズとはわかってらっしゃる。
ひとくち大に切り分けたらネズミ捕りへ。
交換用のチーズをせっせと置きながら、アルバさんは言いました。
「こんなもん使うなら、魔法陣でも敷いときゃいいのにな」
「魔法陣、と言いますとあの古い魔法の?」
「おう。紙の上に乗ったネズミに電撃を浴びせるやつ。うちの神殿でも重宝してるぜ」
驚きました。
魔法陣、というのはいわゆる古式魔法のひとつでして、古代文字を紙や石、床などに刻んで魔法を発動させる手法です。
流派によって使う文字も図形も儀式のやり方なんかも変わってくるんですけど、アルバさんはそれを独学で習得したようです。
すごいです。
このひと地味に天才なんじゃあ……とわたしが衝撃を受けていると、
「いっそ作っちまうか」
と、アルバさんが隣の広間を指しました。
厨房の横に併設されている食堂。
そこで魔法陣を描いた紙の作成をし、厨房の至るところに設置。
しばらく様子を見ます。
「ふっ……これでもう犯人は逃げられませんね、モームズさん!」
「誰がモームズだよ。あとお前が助手役かよ」
手のひらサイズの小さな紙なので、うっかり触らないようご注意ください、と皆さんに伝えて時刻は正午。
ランチタイムの始まりです。
おのおの配膳の位置につき、腹ペコ兵士さんたちのお出迎えです。
すごい勢いでお代わりで嵐です。
みなさん手を挙げて、『こっちにもお願いしまーす!』との声が食堂内に響きます。
わたしはじゃんじゃんパンを配ります。
……って、あれ? カルボラナーラなのになぜにパンなんですか?
ま、まあ食べ盛りですからね。兵士さんですからね。
あ、文官さんもいますか。
ええ? 最近入ったメイドたちはやけに美人ぞろいだなあ、ですって?
照れますね。もっと言ってください。
◇ ◇ ◇
それから配膳だの片付けだの、お偉いさんの昼食作りだの。目まぐるしく動いてやっと休憩に入れたのは午後の三時ごろのことでした。
「お疲れさまー」
ジェシカさんが焼いてくださったクッキーをいただきながら、わたしたちはお城の書庫で休憩を取っていました。
本来なら厨房横の食堂。そちらで休むところを少しわがままを言ってこちらに通してもらいました。なぜなら、
「本がいっぱいです!」
本、本、本!
見渡す限り本だらけ。
さすがはお城の書庫です。
民間には出回らない類いの本まで揃っています。
部屋の広さは正直手狭ですけど本の数は十分。本好きの森族のとっては宝物庫のように輝いて見えます。
わたしはウキウキ気分で片っ端から本を手に取りました。
「うん? これは……」
わたしは手近な本に指をひっかけ、ひょいっと本棚から抜き出します。
赤い本。
題名は『ウェナンの大冒険』と書かれていました。
ユーハルドで人気の小説ですね。
何代前かのユーハルドの王様が、王子時代に旅した記録をつづった冒険譚だと聞いておりますけど読むのは初めてです。
わたしがしげしげの本の表紙を見つめていると、うしろからジェシカさんがわたしの手元を覗き込んで『ああ』と呟きました。
「それ、うちのリックも好きな本よ。面白いのよねぇ。わたしは一巻のドラゴン退治の話が一番好きよ。アルバちゃんは?」
「わたしは四巻の睡魔鳥狩りの話だな、ほらこの巻」
可愛らしいハトさん型のクッキーを口にくわえて本を手に取り、アルバちゃんはぱらりとページをめくります。
光り輝く剣を持った少年と睡魔鳥の挿絵。
なるほど。
ウェナン王が眠りの魔鳥を討伐した時の話ですか。
かっこいいですね。
眠り続けるお姫様。ズバーンと剣から放たれる黄金の光。みごと睡魔鳥は屠られ、眠りについたお姫様は目覚めたのでした。
そんなお話です。
「ウェナン……」
そういえばむかし、そのような名前を名乗る少年が森族の里にやってきましたっけ……。
わたしは書庫の机へと移動して、『ウェナンの大冒険』を読み始めました。




