31 小麦粉に火はダメです
出張サービスを終えて戻った王都は相も変わらずのほほんとした空気に包まれており、平和そのものですね、と店の鍵を開けて荷物を運び入れ、ふと視線を向けるとヤツはいました。カウンターの上。
「ジー、です!」
「きゃあああああ!」
悲鳴をあげてぱたりと倒れるノルさんです。
通称、ジー。
それは雪のようにキラキラと輝く白い虫であり、誰もが視界に入ると『きゃー!』と思わず叫んでしまう害虫なのです。
……まあわたしは叫びませんけれど。
「どうやらどこか隙間から入ってきてしまったようですね。……居ついてないといいのですけど」
わたしはほうきを片手にジーに近づきました。
軽く机を撫でるとカサササササッ!
疾風のごとき勢いで壁をつたってジーは天井へと移動しました。
やがてぴたりと止まると、ノルの鼻先にぽとり。
ジー様がご降臨されました。
「☆&◇♯◆□%⁉」
ノルさんが固まっています。
無理もありません。
神話の時代に数多くの虫たちが絶滅の一途を辿るなか、ジーだけはどんな天変地異が起きようとも今日までしぶとく生き残ってきた逞しすぎる虫なのです。
その繁殖力は絶大。
つまり、一匹見かけたらいっぱいいる(かもしれない)という色んな意味で恐ろしい虫なのです。
そして、あの見た目。
節くれだった細足に白光りのツヤツヤボディ。
気持ち悪いです。
「いちばんの対策は殲滅……」
師匠の格言です。
根絶やしにしてしまえば怖いものはありません。
仮にあれが最初の一匹ならあれを駆除すれば終わります。
そのほかにも見つけたのなら、その度に燃やしていけばいつかはゼロになります。
店内に蔓延るジーたちよ。
いっぴき残らずこの氷の魔女が燃やし尽くしてさしあげます!
と、気合いを入れ、わたしはジーの『追い出し』から『抹殺作戦』に移行しました。
しかしその直後。
まさかの事態が起きました。
ジーが羽根を広げ、ノルさんが驚き、わたしに向かって跳び跳ねると、その拍子に飛び立ったジーがわたしの顔に──!
「うぎゃああああああ!」
「きゃあああああああ!?」
わたしは瞬時に呪文を叫びました。
「内から爆ぜろ! 忘却の光‼」
刹那。店内中に光が走ります。
「しまっ──!」
わたしが狙ったのはジー本体です。
体の内側から破裂させ、対象者を燃やし屠る魔法。
その的が大きく外れ、玄関近くに積まれた小麦粉に魔法がかかり──
ドカンッ! と鼓膜を破る大音量。
閃光の中で薄く瞼を開けると宙を舞うジーと、白い粉。
テーブルが割れ、窓ガラスが砕け散り。
木っ端みじんになったジーを見届けあと、まぶしい光が収束して残っていたのは、倒壊したわたしの料理工房でした。
「ちょ……おまっ……これ……」
焼け焦げた店内。
天井が消え、空が見え、ぱらぱらと塵が落ちてくるこの始末。
青くて綺麗な空だなぁ……なんて現実逃避をしているあいだに、真横に柱が降ってきました。
どしんと耳を突く音を鳴らして灰塵が舞います。
「……………」
絶句です。
煤だらけの格好で、口をぽかーんと開けてわたしは棒立ちしていました。
ええ、そうです。
知っているでしょうか。
小麦粉って爆発するんですよ。
いえ、爆発させたのはわたしなんですけど、でも爆発するんですよ。
すみません、語彙力が死んでいます。
頭がまっしろです。
やがて、ひくりと頬をひきつらせ、わたしはつぶやきました。
「あ、はは……。さすがはシショー考案の殺戮魔法。すさまじい威力ですね」
そのまま、がばっとしゃがんで空へと叫び、
「ぬがぁ──────────っ!」
かくして、わたしの思惑どおり店内に蔓延るジーたちは、一匹残らず駆逐されたのでした。
「──いや。これ、このあとどうするの?」
本当ですよ!
ぽつりと落ちたノルさんの呟きが、灰と一緒に夏の空へと消えていきました。




