30 ひまわり畑
宴のあと、村に泊まったわたしは翌朝いつもの起床時刻よりも少し早い時間に目を覚ました。
「朝の六時三分二十秒。……うーん、もうひと眠りしたいところですね」
寸分の狂いも無い正確な体内時計に起こされ、寝台から降りるわたし。
ソファに目を向けると、いびきを立てて眠るノルさんがいます。
「うーん、むにゃ……。もう食えない……」
どうやら夢の中でまだピザを食べているようです。
いまはウサギの姿なので、かわいいことはかわいいですけど、お腹をぼりぼりと掻く姿はちょっと可愛くないです。
「まあ、放っておきますか」
ここは村にある宿屋です。
管理主のおばさまいわく、この場所はもとは廃院した孤児院だったそうで、こうして祭りのときに外から来たお客さんに宿屋として開放しているそうです。
どうりでボロい宿だと思いました。
すきま風が奏でる粗末な部屋を出て、食堂に向かうとほかの宿泊客たちの姿がありました。
ざっと三人ほど。
もう朝食を召し上がっているようでした。
「すみませーん、ご飯いただけますか?」
わたしも席に着き、おばさまを呼びます。
すぐに小さな女の子と男の子が食事を運んでくれました。
おばさまの子供たちなのでしょう。
朝食は固い黒パンに、具なしのスープ。
心が淋しくなりました。
お肉が食べたいです。
「そしてまだ焼き立てのパンは食べられないんですね……」
はやくパン焼きおじさんのぎっくり腰が治るといいですね。
もそもそと簡素な朝食を済ませ、わたしは外に出ました。
さすがに夏とはいえ早朝ですから外は涼しいです。
杖を持って散歩がてら歩いていると、見慣れた人を発見しました。
「あれ? ユーリさん?」
呼びかけると、ユーリさんは振り向き、驚いた顔をしました。
「ロゼッタさんも来てたんですか? 奇遇ですね、こんなところで会うなんて」
「はい、麦刈りの依頼を受けて少々。ユーリさんこそなぜ村に? 祭りを見に来たんですか」
「ええ。久しぶりにユーハルドに戻ってきたので見学に。いま村に着いたところですけど、やっぱりこの村の麦刈祭はとくべつ派手ですね」
朝からメラメラと炎をあげる焚き火を見て、ユーリさんは笑います。
「麦刈祭がいつから始まったかご存じですか?」
あ、これは長くなるやつですね。
そういえばこの人は考古学者を目指しているんでした。
こういう手合いは語り出すと止まらなくなるので聞くほうは大変です、と思ったら、
「実はむかしの文献にも書かれていないので、起源がまったくわからないんですよ」
と、遠い目をして空を見上げました。
分からないなら話を振らないでくださいよ。
「麦刈祭は……、少なくとも千年前のユーハルドでもあったかと」
「え! そうなんですか⁉」
「ええ、まあ」
エルフィードおじさまが言っていましたし。
ユーリさんがものすごい勢いで迫ってきます。食いついてきます。
「それはどの文献に書かれていたんですか⁉」
「え? さ、さあ……?」
文献というか生き証人です。
わたしが言葉を濁すと、ユーリさんは『そうかぁ』と残念そうに肩を落としました。
「僕の生まれは聖国でして。あそこはユーハルドよりも遺跡が多く残っているので、幼い頃から遺跡の中を冒険するのが好きでした。それが転じて考古学者に。だから、各地の伝承や祭りについても調べているんですよ」
「へー……、うん? 聖国?」
彼の家はユーハルドで何代にも渡って続く伯爵貴族の一族です。
サラさんもユーハルド生まれのユーハルド育ちですから彼もそうなのでは? とわたしが訊ねると、ユーリさんは首を振って苦笑しました。
「サラの母親と、僕とナナリィ……ああ、妹の母親は違うんです。ですから、僕たち兄妹は聖国で生まれて育ちました。ユーハルドには、数年前に引き取られた形でして」
ユーリさんいわく、彼とその妹さんは妾の子。
それがサラさんの母親──つまり本妻が亡くなったあとでユーリさんのお父様はユーリさん一家を王都に呼び寄せた。
なんだかドロドロしてそうな話ですけど、サラさんなりに後妻とはうまくやっているとのことでした。
「──ああ、鐘が鳴りましたね」
リンゴーンという孤児院の鐘の音を聞いてユーリさんは、目をつむってなにやら祈り始めました。両手を組んで『女神ユノヴィア様のもとで安らかに』なとど呟いています。
なにをやっているんでしょうか。
「あの、なにを?」
「弔いです。その昔、王都で行われた『晴れごいの儀』で犠牲となった子供たちの中にはこの村の孤児院の出身もいました。だから儀式があった翌年の麦刈祭からは盛大に祭りを催すことで、亡くなった子供たちの魂を弔っているそうですよ」
そう言うと、ユーリさんは手に持っていた太陽花の花束を焚き火へと投げ入れました。
ぼうっと、勢いよく花が燃えて空まで煙が上がります。
「今でこそここは麦畑ばかりですけど、セリカおばあさまが若いころはきれいな太陽花が咲く畑があったそうですよ。おじいさまとよく祭りに見に来たものだと話していました」
「太陽花……」
一面に見えるのは黄金の麦畑。
この時期ですから太陽花は咲いていますけど、麦畑のすみにちょこっとだけ植えられている程度です。
起きて来た村の子供たちが太陽花の前で遊んでいます。
というか、ノルさんもいます。
モフモフされてますけど、いつのまに。
「少し、悲しいですね」
「え?」
首をかしげるユーリさんにわたしは杖を両手で掲げて目をつむります。
それはおよそ人間には聞き取れないだろう、神の言葉。
祈りの呪文を紡ぎ、ゆっくりと目を開けるとそこに広がるのは一面黄色の花畑。太陽花畑でした。
「これは……」
ざあーっと風が流れて、目を見張るユーリさんのきれいな黒髪を揺らします。
そうです。
これはわたしの最も得意な魔法であり、森族と、竜と呼ばれる神のみが使える幻術です。
鮮やかな太陽花畑の中を駆ける子供たち。
ノルさんと楽し気に遊ぶ子供たちを見て、わたしはユーリさんに伝えます。
「一時的な幻影ですけどね。でも、これで少しは子供たちの魂も浮かばれるでしょう。──あと、この魔法はご内密に」
ここだけの秘密ですよ? とペロッと舌を出してわたしは微笑みました。
◇ ◇ ◇
「ノルさーん、帰りますよ」
「ほいほーい」
おばさまの子供たちと遊んでいたノルさんが駆けてきました。
それをすくい上げて抱えると、おばさまが「すみませんねぇ」と謝罪を口にしました。
「せっかくのパンを召し上がっていただけなくて残念です。代わりといってはなんですが、引き立ての小麦粉をお持ち帰りください。荷台のほうに乗せてあるんで」
「わーいうれしいですー。ありがとうございますー」
完全に棒読みでお礼を伝えたわたしは、宿屋のすみでガクブルしているユーリさん(ノルさんがいるので)に一礼して、おばさまにもぺこりと会釈します。
「お祭り、楽しかったです。それから、お子さんがたがノルさんと遊んでくださったようで。──ばいばい」
わたしは女の子と男の子に手を振ります。
太陽花のような笑顔が帰ってきました。
おばさまが首をかしげます。
「お子さん? いえ、私たち夫婦に子供はいませんけれど。──ねぇ?」
おばさんが食堂の奥へと呼びかけると、昼食の仕込みをしていた旦那さんが頷きました。
下を向くと、ノルさんがガタガタガタ。顔がこわばっています。
つまり──
「えっと、すみません。そこの食卓のお塩をいただいていってもいいですか?」
「? どうぞ」
わたしは入れ物ごと塩をもらって宿をあとにしました。
「ノルさん」
「だな……」
ババッ! とノルさんを荷台に乗せて、ドドッ! と全力疾駆。
村を出ました。
馬さん、すみません。
ちょっと無理をさせますけど、このままよろしくお願いします。
これでしばらく小麦粉買わなくて済みそうだなあ、と頭上に広がる青空を眺めながらわたしは現実逃避したのでした。
ユーハルドのしがない門番さん。
あなたのお話は本当でした。




