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氷の魔女の料理屋さん~最愛の師匠を探してモフモフな食堂を始めました!~  作者: 遠野イナバ
第八章『真夏の怪談~麦刈祭とジーさま~』

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28 夏といったらパン祭り!

 雨期に入ったユーハルドではまことしやかにこんなウワサが流れていました。


「出るらしいんですよ、子供たちの霊が」


 最近定休日を設けたわたしの店。週の中日になるとこうして『パピヨン亭』にお邪魔して、店主さんから経営のイロハを聞いているのですが、その時のことでした。


 ふらりとやってきた兵士さん(本人いわく出世コースから外れたしがない門兵)が、そんな話を店主さんにしていました。


 なんでもこのユーハルドではその昔、長雨に悩まされた年があったそうです。


 そこで時の大祭司だいさいし、いまでいう王佐おうさ(王の補佐役)にあたる人物が、王国中から子供たちをさらってきては、『晴れごいの儀』という、まあ太陽をぶ儀式を行ったらしいのです。


 そのときに犠牲になった子供たち。

 その魂がさまよい、いまでもこの時期になると某所からすすり泣く声が聞こえてくるとか、聞こえないんだとか。


 ……うーん、なんでしょうね。

 某所、ってところがもう作り話満点ですよね。

 せめてどこに現れるかくらいはしっかり考えておいてほしいものです。


 そして実際にそういうものが見える勢からすると、塩でも持ち歩いておけばいいんじゃないですかね。

 そんなわけで、彼には食卓用の塩を紙に包んでお渡しました。


「……はあ、イヤだな。これから午後だけど、正門には出ないといいなぁ……」


 大丈夫です。少なくともそんな人の行き交う場所で目撃されていたら、もっと騒ぎになっているはずですから。

 断言はできませんけど、安心して午後のお仕事頑張ってください。


 わたしと店主さんは兵士さんを見送ると、経営うんぬんの話に戻りました。

 そこに、ことりと紅茶が出されます。


「お疲れさまです。ロゼッタ先生」


 サラさんです。

 先日の一件で、料理に目覚めたらしい彼女はわたしに言いました。


『先生! 私、もっと色んな料理を学びたいです!』


 はい、たいへん立派な志ですね。

 ですが、あなたの料理スキルはわたしが言うのもなんですけど壊滅的です。

 料理の腕が、というよりも料理のセンスがメタメタなのです。

 こういう場合どんなに料理を勉強しても一向に上達しません。

 それはなぜか。


 それは、アレンジキメるからですよ!


 なんでスパイス的な感覚でお菓子に竜辛子トウガラシを混ぜますかね。

 からいですよ。

 ヒリヒリですよ。

 涙が出ますよ。

 甘さに悶えるならともかく辛さに悶えてどうするんですか。


 ──てなわけで、パピヨン亭の店主さんに問題児を押し付け……いえ、サラさんをご紹介した次第です。


 彼女はここで、料理を学びながらホールの仕事をお手伝いしているようです。


 以前にも増して忙しくなったパピヨン亭。

 店主さんは『助かる』と言ってくださいましたが、さきほどもサラさん、転んで盛大に料理を床にぶちまけてましたけど、本当に大丈夫なのでしょうか。心配です。


「そういえば、ロゼッタ先生。この前、人を探しているって言ってましたよね?」


 ふと思い出したようにサラさんが切り出しました。


 ちなみにいまの彼女の恰好は、伯爵令嬢としてのきらびやかな衣装ではなく、下町に佇む老舗食堂の看板娘風の格好です。

 簡素なエプロンドレスに三角巾。

 頭部の低い位置でふたつに結われたキュートなおさげは、疲れた男性客の心を癒してくれることでしょう。


「あれからどうですか? 見つかりました?」

「全然ですねー。あれからも王都中を探してみたんですけど、やっぱりどこかほかの場所にいらっしゃるみたいです」

「それはまた残念ですね」


 サラがしゅんとうなだれます。

 すると、店主さんが「誰か探しているのかい? どんな人?」と聞いてきたので、白髪に黄昏色の瞳をした二十代半ばくらいの青年だと伝えると、


「それならこれなんかどうかな」


 と、言って一枚の紙を持ってきてくださいました。


「来月にはなるけど、ベルルーク領の小さな村でパン祭りが開かれるみたいでね。見物客や行商人も多く来るだろうし、そこで話を聞いてみたら? ちょうど麦刈りの仕事を募集してるみたいだから、依頼として受けるのもいいと思うよ」

「……こ、これは!」


 麦刈りを手伝ってくれた人は焼き立てのパンが食べ放題!

 村自慢の各種ジャムをつけて食べよう!


 チラシにはそのように書いてありました。

 パン食べ放題。

 おまけにジャム付き。

 行かない手はありません。

 さっそくわたしは店主さんにお礼を伝えて店に戻り、来たる日に向けて鎌の素振りを頑張るのでした。


 たくさん麦を狩って、たらふくパンを食べますよ!



 ◇ ◇ ◇



 麦刈祭むぎがりさい


 小麦の収穫を祝い、太陽の恵みに感謝を捧げる夏の祭りだと聞いていますが、その麦刈祭。

 想像を絶するほどに暑いです。

 なぜなら今は夏季の真っ只中。

 ジリジリとわたしの肌を容赦なく焼いてくる真夏の太陽は、当然どこまでもわたしを追いかけてきます。


 その上、大きな焚き火。

 幾重にも組まれた丸太の中ではメラメラと炎が揺れています。


 暑いです。

 死んじゃいます。

 具体的にはノルさんが。


「あちぃ……」

「大丈夫ですか? 毛皮刈りますか?」

「うん……。その気持ちだけ受けとっとく。──いいや、変身しよ」


 ということで、ノルさん(人間体)にも鎌を渡してふたりで麦を刈っていきます。

 すぱすぱ刈ります。

 さくさく刈ります。

 そうして積み上がった麦の束を見て、わたしは『はふぅ』と吐息をこぼしました。


 目の前に広がる黄金の麦畑。

 豊作のようでなによりです。


「さてと。ノルさん、これから本日のメインイベントと行きましょうか」

「メインイベント? 麦刈ることが今回の依頼だろ」

「チッチッチ、甘いですねノルさん。このわたしがたかだか麦刈りのためだけに出張サービスを受けるとでも?」

「うん、いろいろ言いたいことはあるが、ひとまず鎌をおろせよ」


 ノルさんにぴしりと鎌を向けて得意気に言ったわたしは道具を片付けると、指定の場所へと向かいました。

 村の中心部。

 ここはベルルーク領にある小さな農村でして、わたしはこの村から麦刈りの依頼を受ける形でやってきました。


 いわゆる出張サービスです。

 店の評判を広めるためには地方への営業も必要ですからね。

 この機会に始めました。


 正直、旅費とか色々かさむので、あまり利益にはならないんですけど、こういう地道な活動こそが案外目的達成への近道だったりする──なんてカッコいいことを言ってみましたが、ただパンが食べたかっただけです。


 すみません。


 日頃節制に徹している身としては(返済があるので)、こういう『食べ放題』というワードにはついつい心が惹かれてしまうものなのです。


 おかげで朝から食事を控え、空腹万端、いえ準備万端。

 わたしのお腹はいつでもパンを迎えられる状態になっています。


 しかしながらそのせいなのかはわかりませんけれど、さきほどから心臓がですね。


 こう、ぎゅーっと。締め付けられる感覚がしています。


 なんでしょう。水不足でしょうか。

 低血糖ていとうでしょうか。

 はたまた運動(麦刈り)後の低血圧による失神前の、視界が白くなるあの現象でしょうか。

 

 ともかく夏に朝食を抜くとこうなります。

 熱中症。

 怖いので、絶対にやらないようにしましょう。


 わたしがノルさんと一緒にパン食べ放題の会場(ごくふつうの屋外集会所です)で待っていると、村人たちがなにやら話しながらやってきました。


「すみません、ロゼッタさん。今日のパンはお休みになっちゃいましてねぇ」


 と、ふくよかボディなおばさまが仰いました。


「ええ⁉ どうしてですか⁉」

「実はパン焼きおじさんが腰をやってしまってねぇ。それで今日はパンは無しって話になってたんですよ」


 パン焼きおじさん……?

 は、さておき。


「そ、そんな……! パンが食べ放題だというから無料ただで受けた依頼だったのに!」

「え? 無償だったの、これ」


 わたしの悲壮感たっぷりな声を聞いて、おそらくわたしとは別の意味で衝撃を受けているノルさんです。

 申し訳無さそうにおばさまが頭をさげました。


「本当に申し訳ないのですが……。代わりに先日ひいたばかりの小麦粉をお好きなだけお渡ししますので、王都に戻ったらたくさんパンを焼いていただけたらと思います」

「小麦粉……」

「そんなぁ……」


 わたしはがくりとうなだれました。

 聞けば、ほかの村人たちがパンを焼くと言っても、そのパン焼きおじさんなるお人が断固として窯の前から動かないんだそうです。


 ここは小さな村ですから石窯は一つだけ。

 それを村のみんなで共同で使っているため、占拠させるとどうしようもないとおばさまが嘆いていました。


 うーん、腰をぎっくりしたのなら寝ていたほうがよいと思うのですが。

 石窯死守の防衛にあたる元気があるなら、そのパン焼きおじさんにはぜひパンを焼いてほしいものです。


「わかりました」

「え?」

「わたしが、パンを焼きます!」


 わたしは篝火かがりの魔女。

 かまどなしでもパンくらいさくっと焼いてみせましょう!

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