26 その名は料理破壊者(クッキングデストロイヤー)
「こなごな、ですね……」
「ええ、あとかたも、なく……」
早いことにあれから四日。
毎日のようにスコーンづくりに励んでいますがサラさんの腕は一向に上達しません。
わたしとサラさんは顔を突き合わせて、はあとため息をつきました。
「すみません……実はわたし、料理がへたでして……」
もじもじと二本の人差し指をくっつけ、恥ずかしそうに打ち明けるサラさんですが、今更です。
材料選びの段階で察していましたから今更です。
お皿に盛られた炭のかたまりと、ぷらーんとオーブンから飛び出す黒こげになったタコの足(なぜ?)を見つめてわたしは頭を抱えました。
「はあ、知り合いのパン屋さんに……」
「はい」
「おいしいスコーンが売られていますので、誕生日当日はそちらで購入したものを持っていってはいかかでしょうか?」
「! そ、それは、わたしにスコーンづくりは無理、ということですか!?」
「有り体に言えば」
「がーん!」
サラさんはがっくりと肩を落としました。
だってムリですもん。
お手上げです。
いちど受けた依頼を断るのは忍びないですし、師匠からも『守れない約束はしてはいけないよ』と言われていますけど、これは危険な案件です。
わたしが死んじゃいます(精神的に)。
とはいえ、子犬のようにしょぼくれるサラさんにはさすがに申し訳ないなとは思うので、「すみません」と謝りますと、サラさんは「いいんです、いいんです!」と両手を振りました。
「はじめからわたしがスコーンを焼けるとは、思っていませんでしたから」
「え?」
「さきほどお話したようにわたしは料理が苦手です。屋敷の厨房に立ってもメイドたちを困らせるだけ。だから外に出て、料理を教えてくれる店を探していたんですけど、ロゼッタ先生の前にも何軒も断られてしまって」
だから、と寂しそうに笑いながら彼女はエプロンを外します。
「むしろここまで親切にしてくださってありがとうございます。感謝しています」
「サラさん……」
丁寧に折り畳まれていくエプロン。それを眺めながらわたしは彼女に尋ねました。
「その……どうしてわざわざ自分でお菓子を? お話を聞く限り、はじめから買うか、家の人に作ってもらったほうがよいと思うのですが……」
歯切れの悪い質問に、サラさんは困ったように微笑むと、ぽつりと声を落としました。
「喧嘩を、してしまったんです」
「喧嘩?」
「ええ。友人はお菓子づくりが趣味でして。彼女の作ったお菓子を食べるのがわたしの日常でした。でも先日、ひどいことを言ってしまって、彼女を傷つけてしまったんです」
おやつに出された黒ベリーのスコーン。
けれどサラさんはクルミのスコーンが食べたかった。
わがままを言った。
その結果、『もうお菓子を作ってあげない』と怒る友人に対してサラさんは、『それくらいわたしにも作れる!』と返してしまった。
そういうお話でした。
おそらく彼女の口ぶりからして、その友人とは屋敷に仕える侍女なのでしょう。
「あとでほかのメイドたちから聞きましたが、それは彼女がわたしのためにと特別に用意してくれたものだったそうです」
「と、いいますと?」
「わたしが庭で育てていた黒ベリーの小さな木。そこに実ったものを使い、作ってくれたそうです。父に叱られて落ちこんでいたわたしを喜ばせようとして……」
ね、馬鹿でしょう、わたしは、とサラさんが瞳に涙を溜めて上を向きます。
「そんなことも知らないで大喧嘩をして。……だからせめて、今度の彼女の誕生日には、彼女のいちばん好きな紅茶のスコーンを作って渡そうと思ったんです。いつもこんなに大変な想いをして作ってくれていたのにごめんね、と謝りたくて」
目元を指で押さえるサラさんを見て、わたしは先日のことを思い出しました。
くだんの限定ドーナツ。
ほんとにつまらないケンカをしました。
時間を置いて、冷静になった頭で考えれば分かることです。
ドーナツなんてまた買えばいい。
なんならソフィアさんにお願いしてジャンさんに作ってもらえばいいのです。
そう、わたしはノルさんと一緒にお茶がしたかった。
最近はありがたいことに食堂も忙しく、のんびりお茶を楽しむ時間もありませんでした。
ですから久々にと思っておやつを用意したのに、ノルさんがひとりで全部食べてしまうから。
でも。
ただ一緒にお茶をするだけなら何もドーナツに固執する必要はありません。
別のものを用意すればいいのです。
けれど、あの時は無性に腹が立って、ついカッとなって『契約を解除する』なんて言ってしまったんです。
言葉には、魔力が宿ります。
たとえそんなつもりじゃなかったとしても、出した言葉は消えません。
実際にわたしとノルさんのあいだのパスは切れています。
──ああ、なんで。
ひとこと「ごめん」と謝ってもらえれば、わたしだってあんなに怒らなかったのに。
「ロゼッタ先生。これ、お礼です。あと食材の代金。受け取ってください」
財布から一枚金貨を取り出すと、サラさんはわたしの手に握らせました。
黄金に輝く金のコイン。
最近はノルさんが『高すぎ!』と文句を言うので依頼料を下げたんです。
銀貨三枚です。
ですので材料費を合わせても金貨一枚は多すぎるんですけど、いただけるものはもらっておくのがわたしという者です。でもだからこそ──
「待ってください!」
玄関から出ていくサラさん腕をつかみ、わたしは彼女を引き止めます。
「やっぱりもういちどだけ──いえ、なんどでも! サラさんが作れるようになるまでわたしが教えます。だから、ぎりぎりまで粘りましょう!」
「ロゼッタ先生……」
わたしが彼女の目を見てまっすぐと言うと、サラさんは目をぱちぱちして驚いた表情です。
やがて戸惑うようにおずおずと、伏し目がちにたずねてきました。
「で、ですが……わたしの料理の腕では明日までにスコーンが焼ける未来がくるとはとても……」
「大丈夫です。なにごとも練習あるのみです。ささ、早く中に!」
「! 先生……!」
いただいた分はきっちり返す。
そうでなくては氷の魔女の名が廃ります。
なにより彼女には、そのお友達と仲直りしてほしいから。
わたしたちはがしりと手を取り合い、スコーン作りを続行したのでした。
そこに、カロンコロンと鐘が鳴って玄関の扉が開きます。
「よ! 菓子作りすぎたから、夕飯用に持ってきたぜ」
甘い香りのする紙袋をかかえたアルバさんが店の中に入ってきました。
「神殿のチビどもに作った余り。よかったらくってくれ」
受けった紙袋の中には大量のスコーン。
ふっくらこんがり焼けていて、おいしいそうです。
「……これ、全部アルバさんが作ったんですか?」
「おう。チーズベーコン味と、そのほかいろいろ。なかなかの自信作だ」
得意気な顔で話すアルバさんに、そういえばこのひと豊穣祭の露店でクッキー売ってましたっけ……と思い出すわたしです。
そして、あのときは神殿の子供たちと一緒に作ったお菓子だと彼女は言っていました。
つまり──
「アルバさん!」
わたしはアルバさんの腕をがしっと掴みました。
優秀な先生、ゲットです。




