25 小麦粉は洗わないでください
「よお、ロゼッタ。昼メシ食いに来たぜ──って悪い、来客中だったか。出直すか?」
サラさんとスコーンづくりの打ち合わせをしていると、アルバさんがランチに来てくださいました。
わたしはサラさんに「少し待っててください」と伝えて注文を取りにうかがいます。
五層のグラタンですね。
作りおきしておいたグラタンをぱぱっと温め、提供します。
「お待たせしました」
再びサラさんの対面の席に腰をおろし、これから作るスコーンのプランを詰めていきます。
先日の、豊穣祭で異国の商人さんから買った料理本。
それを見せながら彼女に提案します。
「個人的におすすめなのは、プレーンに木の実を混ぜたもの。オレンジジャムを練り込んだものなどになりますが……」
「紅茶味でお願いします!」
「一択ですか」
「一択です!」
サラさんが元気よく頷きました。
そんなに紅茶味が好きなのでしょうか。
「でしたら、材料を用意しておきますので、明日にまたいらして下さい。ご友人のお誕生日が五日後とのことですので、その前日か、当日の朝に焼いて持っていく形になると思いますから、それまでに何回か作ってみましょう」
なに、小麦粉を練って焼いただけの簡単なお菓子です。
二、三回作ればコツも掴めるはず。
そう思い、明日からのお菓子教室を伝えたら、サラさんは困ったように微笑みました。
「できれば今日から毎日お願いしたいのですが」
毎日?
なんとなく嫌な予感がしてきました。
「駄目、でしょうか?」
「い、いえ。大丈夫ですが今日ですか? それだと材料を買い足さないと……」
「では、買い出しにいきましょう! 経費はこちらでお持ちしますので!」
と、おっしゃるので、その申し出に甘えることにします。
経費がかからない。最高です。
アルバさんが帰ったあと、さっそくわたしはサラさんと買い物に出かけました。
「今日からよろしくお願いしますね、ロゼッタ先生!」
先生……!
これはまたなんともおもはゆい限りです。
肩を並べてサラさんの話を聞きながら、商業通りへと向かいます。
ここは、いつも行く噴水広場の市場とは違い、専門的なものが多いので、お菓子づくりに必要な道具などがそろっています。
並んだ銀のボウルやホイッパー。
それらを一瞥しながら通りを進むとサラさんがスコーンに使う茶葉を物色し始めた。
彼女いわく、摘んだ時期によって茶葉の味が変わるんだそうです。
「秋摘みのものは味がまろやかで、いまの時期に摘んだものはさっぱりとした味わいなんですよ」
へー、そうなんですか。
全部同じ味に感じるので、個人的にはどれを飲んでも一緒です。
サラさんの紅茶のうんちくを聞きながら、今度はお菓子の材料を買います。
「ロゼッタ先生! このさらさらした粉はなんですか?」
「それは小麦粉(薄力粉)ですね」
「あちらの白いものは?」
「粉砂糖です。ドーナツなどにまぶすやつですね」
「目の前のきらきらしたものは?」
「……各種果物のシロップ漬けですね。焼き菓子に混ぜたりします」
「すごい! 綺麗ですね、これ!」
「そ、そうですね。宝石のようにきらきらしていますね……」
この人、台所を見たことがないのでしょうか?
「いや、そんなはずはないですよね……」
だって、シュクレくん探しのときに彼女の祖母、セリカさんの手伝いをしていま……あ、違います。
手伝おうとしたところをセリカさんから台所への出禁をくらっていたのでした。
そうだった。そうでした。
いま思い出しました。
つまり──
「先生、先生! この薄紅色の粉は何ですか?」
「爆裂粉です。スコーンなどを膨らませるときに使うのですが……、そういえばちょうど切らしていました。こちらもお願いできますか?」
「もちろんです」
サラさんが店員さんに爆裂粉を注文します。そのままクスクスと笑って、
「それにしてもお菓子づくりって意外と物騒なんですね」
「物騒、といいますと?」
「だって、爆裂粉って火薬でしょう? 芸術と料理は爆発。なるほど、しかと胸に刻んでおきます!」
これですよ。
違いますから。火薬使ったら食べられないでしょうが。
これだから貴族のお嬢さまは。
楽しそうにはしゃぐサラさんを見て、わたしは小さくため息をつきました。
そうして店に戻るとまさかの展開が。
「先生! 小麦粉を洗ったら溶けて無くなってしまいました」
「え……? なんで洗ったんですか?」
「え? セリカおばあさまが食材は使う前に水で洗いましょうと言っていたので」
違うんですか? と首をかしげられて、わたしは気が遠くなりました。
さあ、悪夢のレッスンの始まりです。




