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氷の魔女の料理屋さん~最愛の師匠を探してモフモフな食堂を始めました!~  作者: 遠野イナバ
第七章『サラさんとお菓子教室』

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24 お菓子の恨みは忘れません

 豊穣祭も終わりを迎え、王都の混雑具合も解消されたので、わたしは貧民街(王都北東区)のあたりをウロウロとしていました。


「うーん、やっぱりここにもいませんかー」


 師匠なら、こういう鬱屈とした陰のある場所、好きそうなんですが。


 わたしは貧民街を出て大通りを歩き、いつものドーナツ屋さんに寄りました。

 やる気のない店員さんことソフィアさんのお兄さんがやっているお店ですね。

 名前はジャンさんというそうです。

 今日も相変わらずダルそうに迎えてくださいました。


 プレーン、ショコラ、抹茶、紅茶などなど。

 ショーケースに並ぶドーナツは、どれもデザイン性が高く、いわゆるお洒落系ドーナツというのでしょうか。

 見ているだけ楽しい空間ですけど、その中でもひときわ異彩を放っていたものが──


「こ、これは──!」


 そうして購入した限定ドーナツが悲劇の始まりでした。


 ◇  ◇ ◇


 ルンルン気分で帰宅したわたしは買ってきたドーナツをお皿に乗せて、棚の奥へとしまいました。


 ありがたいことに最近はお客さんも増え、ランチの時間帯は大忙し! ……とまでは行きませんけど、そこそこプチ忙しい時間を送っています。


「ノルさーん! オムライスセット、運んでください!」

「あいよ!」


 人間体のノルさんがホールと厨房を行ったり来たりしています。

 やや長めの赤茶髪。白いシャツに黒の前かけ姿のノルさんは、あれでけっこう人気があるようでして、先日もセレブなおばさまから『うちの娘の再婚相手にどう?』なんて声をかけられていました。


 モテモテですね。

 お婿に行けば逆玉ですよ、ノルさん。


「ロゼ! 最後の客、帰ったぞ」

「あ~、じゃあお昼にしましょうか。オムライスでいいですか?」


 いったん店を閉めて遅めの昼食をいただきます。

 ウサギ印のオムライス。

 もきゅもきゅもきゅとふたりで口につめこみ、食べたら洗いもの。

 店内の簡単な掃除を終えたら、食材などの在庫をチェックし──


「! な、ない……」


 ドーナツがない。

 棚に入れておいたはずのドーナツがありません!

 振り返れば、ウサギ姿のノルさんのお口のまわりに付着する茶色の食べかす。ショコラ生地のドーナツです。


「──ノルさん」


 低い声でわたしが言うと、ただならぬ気配を感じたのでしょう。

 ノルさんは無言でわたしを見上げました。

 わたしは空のお皿を持ち上げ、真実の法廷を開きます。


「こちらは今日のおやつに取っておいた大切なドーナツです。なぜお皿が空になっているのでしょうか?」

「……」


 目をそらし、証拠(食べかす)をさらしたまま被告は黙秘を貫きます。


「正直に言ってくれたら怒りませんよ。わたしも師匠オニではないですから、謝る相手に無体な真似はしません。今後は改めると、ちゃんと約束してくれたら許してさしあげます」

「…………嘘つけ。言ったってどうせ怒るくせに」

「なにか言いましたか?」


 ぼそりとこぼすノルさんに、わたしはスッと目を細めます。


「……では、質問を変えましょう。こちらのドーナツをわたしがどれだけ楽しみにしていたか、ノルさんは知っていましたか?」

「……知ってる。お前スキップしながら帰ってきてたし」

「そうです。ノルさんはが食べしまったそのドーナツは、一日五〇個限定の、キャラメル蜂蜜がけマシュマロショコラドーナツです。その 限定商品を手に入れるのに今までどれだけ苦心してきたことか……!」


 実際、かなりの苦労でした。

 この限定商品は毎日店に並ぶわけではなく、ジャンさんの気まぐれで出る商品です。

 お店に行っても無い日は買えず、あったとしてもすぐ売り切れてしまいます。


 そんなまぼろし級のドーナツが!

 買うのもうムリぃと諦めていた限定ドーナツが! なんと!


 本日二個もわたしの元に巡ってきたのです。

 そうしてお買い上げしたのが今朝のことでした。


「おやつに一緒に食べようと思って棚にしまっておいたんですよ? それを少し隙に、しかも二つとも食べてしまうなんて。ノルさんにはそれでも人の心があるんですか⁉」

「……いや、俺ウサギだし」

「問答無用です!」


 指先に灯した炎をノルさんに向けて発射。

 ノルさんの真横を通りすぎ、うしろのかまどにぶつかりました。


「──ひっ、な、なんだよ! べつにいいだろ! また買ってくればいいんだしよぉ。そんなに怒らなくたって」

「ノルさん、ごめんなさいは?」

「ぐ……」

「ごめんなさいは?」

「…………ロゼのケチ」


 そこでわたしの中で何かが弾けました。


「なるほど、なるほど。わたしも食いしん坊な使い魔など入りません。今日限りでノルさんとの契約を解除させていただきます」

「なっ⁉」


 わたしがそっぽを向いてそう言うと、ノルさんは驚きながらも慌て出しました。


「契約を解除するだと⁉ そんなことしたらお前、ショボい魔法しか使えなくなっちまうぞ! いいのか⁉」

「構いません。なぜなら元からノルさんの力を借りて魔法を使っていないからです。つまり、あなたは完全にただの穀潰し。食いしん坊の役立たずなウサギさんは我が家にはいりません!」


 ぴしりと人差し指を向けて言い放つと、ノルさんはふるふると肩を震わせて、「ウサギさんは可愛いから家に置くもので、見返りなんか求めるもんじゃねーだろ!」とか言ってきました。


「ノルさんは可愛くありません」

「ぐっ……、心をえぐる言葉……」


 そこでノルさんはくるりと身体の向きを変えると、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、


「もういやだー! ほかの家の子になるぅ!」


 と、捨て台詞を吐いてホールまで移動。

 開いた窓からご逃亡なされました。


「ちっ、逃げ足だけはさすがに早いですね」


 文字通り脱兎のごとく。

 あのウサギ、反省するまで家には入れません。


「はあ……」


 空になったお皿を見てため息をついていると、


「──あのー、失礼します」


 と、店の入り口から声が聞こえてきました。

 サラさんです。

 慌ててホールに出ると、サラさんはわたしの手を掴み、言いました。


「その! お菓子のつくりかたを教えていただきたくて来ました!」


 近いです。

 顔、顔。そんなに距離を詰められると、どぎまぎしてしまいます。

 もしもサラさんにその気があったとしてもわたしには無いですし、ここから秘密の関係が始まるなんて展開になっても困ります。

 わたしはさりげなくサラさんの手を外して問い返しました。


「お菓子ですか?」

「はい! 紅茶のスコーンを作りたいんです!」

「はあ」

「実は、五日後に友人の誕生日を控えていまして! 彼女にお菓子を贈ろうと思うんです!」

「お誕生日ですか……。それでしたらケーキのほうがよろしいのでは? スコーンですと、その、普段のおやつというような気もしますし……」


 特別感がまるでないです。

 ですが、彼女は再びずいっと顔を近づけると元気よく告げました。


「いえ! 紅茶のスコーンがいいんです! それでなければ駄目なんです!」

「は、はぁ……」

「お願いします!」


 そんな深々と頭を下げられても……。


 こう見えて、わたしはお菓子が作れません。

 パピヨン亭の店主さんのご指導のおかげで、最近やっとマトモに料理が作れるようになったとはいえ、まだその域には達していないのです。


 お菓子づくり?

 いやいや、無理ですよ。

 前にケーキ焼いたらペッチャリしてましたからね?

 そりゃあスコーンくらいなら焼けますけど──と焦りつつも、ふと気が付くわたしです。


 そうでした。

 わたし、スコーンは焼けるのでした。


 なぜならスコーンは、森族エルフの伝統菓子です。

 そのむかし、森で取れた木の実を混ぜ、焼き上げたスコーンは森族エルフの主食でした。

 それが人々に伝わり大陸全土に広がったのです。


「スコーン……」


 これならいける。

 そう確信したわたしはサラさんの依頼を受けることにしました。

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