21 豊穣祭は愛のお祭りらしいです
豊穣祭がやってきました。
王都は観光客で溢れ、それはものすごい人の数です。
人、人、ヒト。どこに視線を向けてもわいわいガヤガヤうるさいことこの上ありません。
まさに人がゴミのよう。
ふははははと高笑いをキメて、フィーティア神殿前の階段上から人々を見下ろすわたしです。
「今日はお世話になります、ロゼッタさん」
振り返れば、金髪の男性が神殿の中から出てきました。
リックくんのお父さんです。
名前はリリック。
息子さんと名前が似ているため、ややこしいですけど親子ですからね。
がんばって間違えないようにお呼びしたいと思います。
「今日は、ジェシカさんへのプレゼント選びとのことですが──」
今日は、年に一度の豊穣祭。
このユーハルドでは四半期ごとの節目に大きな祭りが開催されるのですが、いま王都で開かれているのは火の祭り。
今年いちねんの実りを祈り、これからやってくる夏の訪れを祝う祭りなのだと、以前師匠が話されていました。
そして、今朝早くに店にいらしたリリックさん。
今日はリリックさんとジェシカさんが出会ったいわゆる『記念日』というものらしく、ジェシカさんへ渡すプレゼント選びに付き合ってほしい、とのことでした。
日頃のお礼もありますからね。
今日は特別価格でお受けすることにしました。
銀貨一枚。赤字覚悟の大サービスです。
さっそく、ジェシカさんの好きなものをリリックさんにお尋ねすると、
「それがですね。お恥ずかしいことに妻の好みがよくわからず……、一般的に女性はなにをもらったら喜びますかね」
とのこと。
もらって喜ぶもの……。そうですねぇ。
「やっぱりお金……」
「え?」
いえ、冗談です。
ごほんと咳払い。
「恋人や旦那様が一生懸命考えて選んでくれたものなら、何でも嬉しいものですよ」
わたしはきらきらとした笑顔で言いました。
もちろん嘘です。
すみません。
『あなたが選んだものなら何でも』というのはあくまで方便であって、実際には『わたしの欲しいものを察して贈ってこいや』が正解です。
それが世の女性……いえ、森族の女の本音なのです。
「──では、ひとまず南の通りに行きましょうか」
簡単な話し合いの結果、最近日差しも強くなって来たし、帽子なんてどうだろう?ということになり、わたしたちは帽子店に向かいました。
そうして帽子を選ぶこと三十分後、
「いいのが見つかってよかったですね」
「ええ、本当に。ロゼッタさんには感謝の言葉しかありません」
リリックさんはぺこりと頭をさげました。
白地に赤いリボンが巻かれた平たい箱。
プレゼントを抱えて、リリックさんは満足そうにわたしの隣を歩いています。
「すみません。わたしまでいただいちゃって」
「いえ、ここまで付き合ってもらった礼ですから」
可愛らしいウサギ柄の小さな包み。
リリックさんがお礼にと買ってくださったハーブソルトです。
帽子屋なのになぜか塩が置いてあり、不思議だなぁと眺めていたら、いつの間にか購入していたらしいリリックさんが、わたしの手のひらにぽんと。
たいへんスマートでした。
将来はこんな旦那さんが欲しいものです(まぁわたしには心に決めた人がいますけれど!)。
「ではそろそろこれで。氷の魔女のロゼッタが、たしかにリリックさんのご依頼を承りました。どうかあなたに火の加護がありますように」
いつもの口上を述べて一礼すると、リリックさんが依頼料を渡してくれました。
銀貨一枚。確かに頂戴いたしました。
「ロゼー!」
「?」
銀貨をローブのポケットにしまうと、ざらついた声が耳に入りました。
ノルさんです。人間体の。
ノルさん(人間体)は大きく右手を振って近づいてきました。
串焼きを持ったリックくんも一緒です。
どうやらふたりで祭りを楽しんでいたようですね。
わたしはこうして額に汗して仕事をしていたというのに。
ずるいです。ノルさんの裏切者。
「おとうさん!」
リックくんがリリックさんに駆け寄ります。
「リックどうした、こんなところで。おかあさんは一緒じゃないのか?」
「またおかあさん迷子になっちゃった」
「母ちゃんが、じゃなくて坊主が、だろ? なんだよロゼ、きょう依頼受けてたのか?」
「ええ、朝食後に。ノルさんが『祭りのパトロールだ!』とか言って、一緒に行くはずだったお祭りへ先に行ってしまったあとにいらっしゃったんですよ」
「ごめんて」
わたしが無感情に淡々と返すと、ノルさんは頭を掻いて気まずそうに目をそらしました。
その横で、リックくんが首をかしげます。
「おとうさん、それなぁに?」
「これか? お母さんへのプレゼントだよ」
「ぼくには?」
「あー……すまん。それは今度なぁ」
リックくんがすこし拗ねた様子で自分が持つと言い張り、プレゼント箱を抱えました。
ノルさんが屈んでリックくんの頭をぐしゃりと撫でます。
「それじゃあ、リック。おとうさんと会えたみたいだし、ノルさんはここまでなー」
「うん。ありがとう、うさぎさん」
「おうよ。もう迷子になんなよー」
「では、リリックさんも。わたしたちはこれで──」
と、ふいに通りの先を見たときでした。
人混みに紛れてやってきたのは、空色のワンピースを着た綺麗な女性です。
ジェシカさんです。
わたしたちの姿を見つけると、笑顔を浮かべて駆け寄り、リックくんに抱きつきました。
「リック! もうっ、探したのよ? あなたってば、また迷子になって」
「お母さん、見つけたー」
「ジェシー?」
「ああ、リリックさん。用事があるって言って、朝早くに出かけて行ったけど、もう終わったの? それからロゼちゃんと──ノルノさんでしたっけ? こんにちは」
ノルノ、とは人間体のノルさんの偽名です。
わたしがぺこりと会釈するのを見て、リリックさんが頷きました。
「さっき終わったところだよ。彼女に依頼を出していたんだ」
「依頼?」
ジェシカさんが目をぱちくりさせて首を曲げます。
わたしはリリックさんに『箱を』と促しました。
「リリックさん。せっかくですからこちらでお渡ししたらどうですか?」
「ああ、そうですね、リック。それをお母さんに」
「うん! おかあさん、これ」
リックくんがジェシカさんに箱を渡します。
「これは……?」
差し出された箱を、不思議そうに見つめるジェシカさんに、リリックさんはしゅるりと箱に巻かれたリボンを解きます。
中から出てきたのは、つばの長い、白い帽子です。
それを手に取り、リリックさんは微笑みました。
「明日が、何の日か覚えているかい?」
「あした?」
「そう、祭りの最終日。あの日の君はこれと同じ白い帽子を被っていただろう?」
「──!」
ジェシカさんの瞳が大きく開かれます。
「そうだよ。明日は君と僕がはじめて出会った日だ」
そう言って彼はジェシカさんの頭から黄色い帽子を外して白い帽子を乗せました。
「本当はもっと早くにプレゼントを用意するつもりだったんだけど、あれこれ悩んで今日まで買えなかったんだ。それでロゼさんに頼んでプレゼント選びを手伝ってもらったんだよ」
恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いて、リリックさんは「よく似合っているよ」と付け足しました。
「ありがとう、リリックさん……!」
ジェシカさんがリリックさんの頬に、ちゅっと口づけます。
するとリリックさんからもお返しが。
それを繰り返すこと数回。
なんとも仲睦まじい夫婦の光景です。
しかし、おりしもここは天下の往来。みなさんの視線が集まってくる……と思いきや、通行人は誰も気に止めていないようでした。
というより、よく見るとあちこちで手を握る男女たちが──
「なんだか、やたらとカップルが多いような?」
「あら、ロゼちゃん知らないの? 豊穣祭は別名『愛の日』とも呼ばれていてね。この日に出会った男女は永遠に結ばれるっていう伝説があるのよ」
「へー、つまり出会いの日、ってことですか」
それならすでに出会っている人とはどうなんでしょう。
知り合いとか、友人とか、恋人とか。
それこそ夫婦とか。
そんなわたしの疑問を察したのか、ジェシカさんはニヤリといい笑顔を浮かべると、
「すでに出会ってる相手でも、気が合うようなら仲が進展するかもね。ちなみに恋人や夫婦の場合はもっと深く、ってところかしら?」
「ジェ、ジェシー……」
リリックさんが困惑顔ではにかみながら、「そろそろ行こう」と言ってふたりの手取り、ジェシカさんが別れ際にぱちり。
ウインクを飛ばして、「じゃあね」と家族三人仲良く雑踏へと消えて行きました。
「ふぅむ。あれは二人目が近そうだな」
「……ごほん。ノルさん。破廉恥な発言は、お慎みください」




