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氷の魔女の料理屋さん~最愛の師匠を探してモフモフな食堂を始めました!~  作者: 遠野イナバ
第一章『あなたを探して妖精国へ』

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02 星霊様と出会いました

「さてと、そろそろ行きますか」


 わたしは休憩がてら読んでいた本をぱたんと閉じて立ち上がり、重いかばんを背負い直して出口へと向かいます。


 早いことにあれから一週間。

 徒歩での旅となり、いまは小さな山を越えて次の村まで移動中です。


 ここは、そんな途中に立ち寄った古い遺跡のなか。おそらく白を基調とした造りだったのでしょう。

 とうに色あせた灰色の壁を指でつついてみると、冷たく硬く、不思議な触り心地──と、これ以上先へは進めそうにないですね。


 壁が崩れています。

 わたしは来た道を戻るべく、ひんやりとした壁に手を添え、遺跡の外に出ました。


 すると今度は黄色い花畑を発見。

 ポポット草(ふきたんぽぽ)

 光蝶スピルと呼ばれる、ふつうの人には見えない金色の蝶たちが、小さな花の上でひらひらと舞っています。

 ひとまずこのあたりでお昼にしましょうか。


「水、水っと……」


 近くを流れる川をのぞけば可憐な魔女がこんにちは。

 はい、わたしですね。

 さらりと肩下まで伸びた黒髪に、涼やかブルーな大きな瞳。

 魔女っぼい黒のローブを着たわたしは実は人間ではありません。


 森の民。


 古くはエルフィーとか、エルフと呼ばれた人とは違うヒト。

 長い寿命を持つわたしたちの容姿は人間と比べてほんの少しだけ耳の先が尖っており、こうして人里に降りる時はフードを被って耳を隠しています。


 でも、いまは誰もいませんからね。


 わたしはフードを脱いでカバンから目当てのものを引っ張り出します。

 サンドイッチ。

 薄く切ったベーコンと野草をパンに挟んだ簡素な昼食ですが、これがまたおいしいんですよね。もぐもぐ。


「んん?」


 幸せ気分でお昼を堪能していると、ふいに目の端でなにかが動きました。

 ぴょこりと草影から顔を出す小動物。

 ウサギです。

 ニンジン色の毛並みに、垂れ耳。初めて見る種類です。


「うーん、あんまり可愛くない子ですね……」


 なんだか目つきがふてぶてしいし。

 わたしはウサギから視線を切って昼食に戻りました。すると──


「んだと! こらぁ!」


 どこからかオッサンの声が。

 いえ、オッサン、とは失礼ですね。

 ちょっぴりざらついた、素敵なオジサマの声でした。

 きょろきょろとあたりを見れば、そこにいるのはウサギだけ。


 つまり、気のせいでしょう。

 早々に結論づけ、わたしが次のサンドイッチに手を伸ばした直後。

 飛んできたウサギがサンドイッチをくわえて一目散に森の奥へと消えていきました。


「……」


 え? まじですか?

 呆気に取られるとはまさにこういうこと。

 そして数秒遅れて沸き立つ怒り。


 あのウサギ、捕らえてサンドイッチの具にしてくれる……!


 わたしは急いで荷物をまとめてウサギを追いかけました。


 そうして着いた先は大樹の前。根元に大きな穴が空いています。

 そこからから聞こえてくるのは文句の嵐。

 塩気がどうだの、味が濃いだの。

 失礼ですね。

 というかこの声、あなたですか。


 オッサンさながら気だるげに横たわっているウサギ──いえ、会話が可能のようですからウサギ()()とでも呼びましょうか。


 ウサギさんは立ち上がると、とことこと巣穴から出てきました。

 昼食泥棒、お覚悟を。


「塩気が強いですか、そうですか。こんにちは」

「うおう⁉ こ、こんにちは……?」

「さきほどはよくもわたしのお昼を盗りやがりましたね。返してください」


 冷たく見下ろし手のひらを向けると、ウサギさんは『うぐっ』とうめいて、一歩さがりました。


「悪いがそいつはできない相談だ。なぜならさっき食っちまったからな!」

「では、代わりにあなたをあぶって食べてもよろしいでしょうか?」

「あぶっ⁉ はっ⁉ よろしくねぇよ! なにこの嬢ちゃん怖い……」


 ずんずんずんと近づくわたし。

 目をつぶって縮こまるウサギさん。

 わたしは膝を折り曲げ、小さな額をペチンと小突くと彼に質問しました。


「ご飯の件は水に流してさしあげます。ですが、代わりにひとつだけ質問に答えてください」

「質問?」

「この森の出口はどこですか」

「……出口? なんだ、嬢ちゃんもしかして迷ったんか?」

「ええ」


 実はウサギさんを追いかけていたらけっこうな森の奥まで入ってしまい、帰り道がわからなくなってしまったのです。

 ですからたずねてみたのですが、


「そっか。そりゃあ大変だなー……って! おい、おかしいだろ!」

「?」

「いやいやいや! そこで首をかしげるなよ! 俺、俺っ! しゃべってんぞ!?」

「それがどうかしましたか?」

「ええ……ウサギが人の言葉しゃべったら驚くだろ普通……」


 そうでしょうか?

 賢い動物なら人語を理解するものですし、なによりこの世界には『精なるもの』がたくさんが存在します。


 精霊とか、妖精とか、オバケとか。


 呼称はさまざまですけど、わたしの魔法の師匠も『星霊せいれい』と呼ばれる化け猫(ケット・シー)を従えていました。


 ですから、ウサギがヒトの言葉をしゃべっていたところでなんら驚きません。

 そのように伝えると、なにやら盛大に抗議されました。


「いっとくけど、ノルさんはオバケなんかじゃないぜ? れっきとした星霊だ! 間違っても、そーいう怪しいもんじゃありません!」

「星霊……ですか」

「そうそー。精なるもの。不思議な生命体。森の神秘。まさに精霊(星霊)ってな!」


 その場でくるりと一回転。

 そうですか。興味ナイです。

 わたしが無言で立ち上がると、心なしかウサギさんが残念そうな顔をしました。


「それで出口は?」

「ええ……超クールな子。まあ、いいけど。出口なら、あっち。西の方角に進めば人里に出る。こっから一時間くらいか? そんなんで着くよ」

「ありがとうございました。それではさようなら」

「ちょいまち」


 ウサギさんがわたしを引き留めます。


「嬢ちゃん、このへんじゃ見ない格好だが、どこから来たんだ?」

「……大陸湖たいりくこの近くです」

「大陸湖? あー、こっからまぁまぁ遠いところにある湖のことか」


 わたしがいるこの大陸──エール大陸の中央部には大陸湖と呼ばれる巨大な湖があるのですが、わたしの故郷である〈魔霧まぎりの森〉はその湖の中島に存在します。

 地図にも載っていない秘密の里です。


「なんでそんな遠いところから来たんだ?」

「ユーハルドという国に向かうためです」

「ほーん、あぶねぇぞ? 若ぇ嬢ちゃんがひとりで森に入るなんて。変なやつに襲われたらどーするんだ?」

「大丈夫です。こう見えてもわたしは魔女ですから」

「魔女?」

「はい。わたしは氷の魔女のロゼッタ。火の魔法が得意なんです」

「氷なのに、火なん?」


 その質問にはスルーしておきました。


「そういうわけなので、わたしの心配は無用です。今度こそサヨウナラ」

「待て!」

「なっ──!」


 いきなりローブを引っ張られ、前につんのめるわたしです。


「あんた、魔法が使えるってことはけっこう強いのか?」

「……ええ、とっても。天才的に」

「自分で言うんだ。──まあいいや。それならさ、ちょいと力を貸してくれよ」

「お断りです」

「実はさ」

「お断りです」

「は、話だけでも……」

「お断りです」

「頼むよぉ! ウサギ助けだと思ってぇー!」


 頼まれても。

 諦めの悪いウサギさんはヒトのローブを引っ張り、あーだこーだとわめいて離れてくれません。

 ですのでわたしはローブを脱ぎ捨て、つかつかと歩き出しました。


「さようなら。そちらのローブは餞別せんべつにさしあげます」

「助けてくれたら何でもするから! お前の下僕にでもなってやるからぁ──!」


 なんですと?


「それは、本当ですか?」

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