17 ノルさんは空気読めない系うさぎなのです
ユーハルドの南に位置するニアの森。
状況は概ねペリードさんから聞いていた通りでした。
茂みから飛び出してくる大量のオオカミたち。彼らを狩りながら、わたしは森の中を進みます。
「これくらい狩れば充分ですかね」
ふう、と一息つくとノルさんが抱っこをせがんできました。地面からすくい上げると、つぶらな瞳を向けて聞いてきます。
「なぁ、ロゼ。さっきあの兄ちゃんが言ってたけどよ。ロゼって意外とすごい奴だったりする?」
なにをいまさら。
わたしは当然のごとく胸を張って返します。
「もちろん。わたしはいずれ歴史に名を刻む(予定の)すごいすごい天才魔女ですけど急にどうしたんですか、ノルさん」
「お前……びっくりするほど自信家だよな。見て? このノルさんの顔。呆れて真顔になっちゃったよ」
「……元から無表情じゃないですか、ウサギなんて。それから冗談ですー」
心底呆れたような視線に貫かれ、少々気まずくなるわたしです。
はい、そうです。
正直に言いますと、これは演技なのです。
誰も自分のことを天才だとは思っていません。
こう見えて、わたしは冷静に自己分析ができる女なのです。
料理は見たままに下手ですし、魔法だって人間と比べてちょっと使える程度。
頭もそんなによくありません。
長く生きてるぶん知識があるだけです。
そう、優れているのは容姿だけ。
わたしの取り柄なんて、せいぜいひいおばさまゆずりのこの外見くらいなものです。
エルフィードおじさまと同じで、中身は空っぽなんです。
それを『才女』だの『天才』だのと口に出すことで自信をつけているだけに過ぎません。
「まあ、だが。わざわざ城から依頼がくるってことはそれなりに実績を積んでるってことだろ? 俺としてはお前がすごい魔導師にはまったく見えな──」
「……はあ」
ユノヴィア・バレンタイン。
わたしのひいおばあさまは、とてもすごい魔女だったそうです。
隣国では女神として崇拝され、このユーハルドでも彼女の誕生日が祝祭になるほど歴史に名を遺した偉大な魔女。
わたしは、そのひ孫。
それは、無才なわたしにとって、潰れてしまうほどに重い肩書きでした。
「はあ……」
「ねぇ、俺の話聞いてる?」
──とまあ、ヒトが落ちこんでいようがお構いなしにこの話題を続けるノルさんです。
所詮はウサギですからね。
ヒトの心を察するというスキルは無いのです。このやろう。
「もう一度言うが、わざわざ城から依頼がくるってことは、それなりに実績を積んでるってことだろ? 俺としてはお前がすごい魔導師にはまったく見えないんだが」
「はっきりいいますね」
「だって、お前が魔法使ってるのそんなに見たことないし」
「いつもかまどの火をつける時に使っているじゃないですか」
「地味すぎるだろ、それ」
それのどこがすごい魔導師なんだよ、と文句を言ってくるモフモフなお口を指でつついて、わたしは観念して答えます。
「まぁ……正直に白状するとですね? この国での魔導師としての実績は、わたし個人によるものではないのですよ」
「と、いうと?」
「わたしには魔法の師匠がいるのですが」
「知ってる。おまえが会いたいつってたやつだろ」
「そうです。師匠はとてもすごい魔導師でして、わたしが受けた難しい依頼──睡魔鳥と呼ばれる魔鳥の討伐を手伝ってくださったことがあったんです。そのおかげといいますか、この国での『篝火の魔導師』としての功績は、それによるものが大きいのですよ」
「ほーん。つまりロゼが依頼に失敗して、そのお師匠さんが代わりにこなしてくれたってことか」
「う、否定できない自分が情けないですね……」
でも、とわたしは反論します。
「成功率一割未満の依頼ですよ? 失敗したってしょうがないと思うのですよ。だから師匠に助けてもらったのは必然の理です!」
「お、開き直ったー」
そうですよ。開き直りです。悪いですか。
ちなみに睡魔鳥とは歌声を聞いた者を眠らせる魔鳥のことであり、普段は高山のいただきなどに生息しているのですが、冬になると人里に降りてくるため、その地の住人たちが眠りについてしまうという少々厄介な鳥なのです。
わたしも戦闘中に何度スヤーとしたことか。
師匠がいなければいまごろ永遠の眠りについていたに違いありません。
そんな感じでノルさんからの無邪気なトラウマ攻撃を受けながら、腹いせにサクッと森狼たちを狩っていると、近くの茂みが揺れて、ぴょこんと愛らしい栗毛のウサギが飛び出してきました。
「おや。ノルさんのお仲間さんでしょうか」
「いやいやいや。これは普通のウサギだろ」
「そうですが。ちなみにこちらはこの森に生息するニアウサギですね。捕って帰って食べましょうか」
「おい、雑な名付けするなよ。つか、食うの? 可哀想じゃね?」
「──あ、ウサギさんが逃亡されました」
慌てた様子でぴょんぴょんと走り去るウサギさん。
食べられてしまうと思ったのでしょうか。
大丈夫ですよ。
わたしは師匠じゃないのでウサギ肉とか食べませんし、そもそも森族の掟上、必要なく森の動物を傷付けることはご法度です。
なお、森狼さんは人に害をなすので例外です。サヨウナラ。
「?」
ウサギさんの動きが止まりました。
まるでこちらに来いと言わんばかりに途中で振り向いては、つぶらな瞳を向けてきます。
「ほほう? これはいわゆる、ウサギを追いかけて地下の異郷へ……というやつですね!」
「なに言ってんの?」
◇
そんなわけで、可憐な少女がウサギさんを追いかけますと、そこは嵐のあとでした。
薙ぎ倒された木々。
抉れた大地。
大きな鉤爪で引っ掻いたような痕跡。獣同士で争ったにしては、ずいぶんとひどい有り様です。
「ロゼ! あれ!」
ノルさんの叫び声に見れば、前方。
木々の隙間から巨大な鳥と戦う男性の姿が見えました。
魔導品(魔法を宿した腕輪)を嵌めた手をかざして男性が呪文を唱えると、魔導品から大きな水球が飛び出して巨大な鳥を襲います。
しかし、鳥の羽ばたきひとつで水の球は跳ね返り、男性はまともにくらってしまい転倒。空から男性めがけて鳥が滑空し──
「させませんよ!」
わたしは事前に詠唱を済ませてから茂みを飛び越え、魔法名を告げます。
「大きな炎!」
燃え盛る火球がぶつかり、鳥は甲高い悲鳴を上げると、どこかへ飛び去っていきました。
「ふう……。危ないところでしたね、大丈夫ですか?」
振り返れば、四十路過ぎくらいの商人さんでしょうか。
茶色のベレー帽に、カーキ色のベスト。
やや中年太りぎみのおじさまは、ひざについた土を払いながら立ち上がりました。
「あ、ああ……ありがとう、お嬢ちゃん。すごい魔法だね。魔導師か何かかい?」
「はい。通りすがりの魔導師です」
「……」
ノルさんから無言の視線が送られてきますけど、スルーで。
「──はっ! そうだソフィアがっ!」
当然おじさまは地面に額を擦り付けると、「お願いします」と懇願してきました。
「私は王都で卸商を営んでいる者ですが、娘と一緒に近隣の村から王都へ野菜を運んでいたこところ、あの巨大な鳥が襲われまして! ソフィアがこの先に!」
彼いわく、森の横を走る街道を馬車で走行していたところ、とつぜんあの巨大な鳥に襲われた。
馬車を捨て、森まで走り、娘を先に逃がして鳥と戦っていたらあなたと会ったんだ。
どうか娘のソフィアを助けてほしい、とのことでした。
「──分かりました! わたしにお任せください。ノルさん、こちらはお願いしましたよ!」
大きく前足を振るノルさんを視界の端に収めて、わたしは走り出しました。




