13 ホットジンジャーをあなたに
「でね、シュクレちゃんってばね」
「はあ」
食後の紅茶をいただきながらわたしはセリカさんのいわゆる『うちの子、最強にかわいいのよ』という飼い主によくある自慢話に耳を傾けていました。
彼女の話はこうでした。
なんでもあの猫──シュクレちゃんはセリカさんの旦那さんが亡くなる前に連れてきた猫なのだそうです。
肺を病んでしまい、残りわずかな命。
遺す妻が寂しくないよう、ご主人は自分の代わりに拾った子猫に妻を託した。
「なのにねぇ。あの子ったら、いつも外ばかり……。そんなところも主人と似ていて、困った男の子だわ」
揺り椅子に座る老婆のひざの上で丸まる子猫の絵。壁に飾られた、旦那さんが描いたという絵を見ながらセリカさんは深いため息をつきました。
へー、そうなんですか。
あの猫にはそんな来歴が。
……え? 男の子?
「え? オスなんですか? シュクレちゃん」
「そうですよ! シュクレちゃんはオスです!」
サラさんから返ってきたハキハキとした回答に、わたしは衝撃を受けました。
「え、オスなんですか、シュクレちゃん」
大事なことなので二回聞きました。
「オスです!」
まじですか。
ふたりが『ちゃん』などと言うから、てっきりメスだと思ってましたけど。
わたしの中でのシュクレちゃん=お姫さま像がガラガラと崩れていきます。
男の子、男の子、男の娘……。
擬人化したら長い白髪で、ゆったりめの古風な服とか着ていそう。
もちろん膝上までの靴下着用でお願いします。
「──ああ、もうこんな時間ね。外、真っ暗だけど大丈夫? もしあれならウチに泊まっていく?」
窓を一瞥して心配そうにセリカさんがわたしに尋ねます。
「いえ、大丈夫ですよ。そろそろ帰ります。グラタンおいしかったです。またあしたもシュクレくん探しをがんばり──のぉっ⁉」
セリカさんに食事をお礼を伝えて、さあ帰りましょう、と席を立ったところで、いきなりノルさんがわたしの足に頭突きをお見舞いしてきやがりました。
セリカさんたちがきょとんとしています。
なんですか? とギロリと下を睨めば、ノルさんが前足をバタバタさせながら何かを訴えています。
外? ネコネコ?
窓の外を見ると、ああなるほど。
わたしはノルさんをむんずと捕まえ、勢いよく窓を放ち──
「ノルさん、お仕事ですよ!」
流れる動作で投てきポーズ。
そのままシュクレくんに向かって魔球を投げつけるっ!
「お得意の頭突きをっ!」
いままさに、わたしの足のすね(涙が出るほど痛い)にお見舞いしたように。
お返しです。
「────、───!?」
声なき悲鳴を上げてノルさんはバビュンと吹っ飛びます。
そして、ほどよいところでくるりと一回転。着地に合わせて土の魔法を発動させたようです。
「これでも食らいやがれ!」
セリカさんとサラさんがいるのに。
おっさん声で叫んだノルさんが、前足でバンっと地面を叩くと、土が波打ち、瞬く間にシュクレくんを覆い尽くしました。
「……ふっ、さすがは俺。華麗なる土魔法だぜ!」
なんか言ってます。
「わあ! もしかしていまのが魔法ですか? すごい! やっぱり魔導師さんって魔法が得意なんですね」
魔導師ですからね。
サラさんから若干ずれた称賛をいただき満更でもないわたしはシュクレくんのお迎えに向かいました。
あ、ついでにノルさんも。お疲れ様です。
◇ ◇ ◇
報酬の金貨を握りしめながら、わたしはほくほく顔で任務完了の口上を述べました。
「では、あらためましてシュクレくん探しはこれにて終了ということで。またのご依頼をお待ちしております」
「ええ、ありがとうねぇ。とても助かったわ。それにしても、魔導師さんはやっぱりすごいのね。あんなびっくりな魔法は初めてよ?」
「いえいえ、あのくらいどうってことはありませんよ。初歩中の初歩ですから!」
「……」
ノルさんが何か言いたそうな顔でわたしを見上げています。
いいんです。
ノルさんはわたしの使い魔なんですから、ノルさんの活躍はわたしの功績でもあるのです。
「もう暗いから気をつけてね。それからまたお願い……ごほっ、ごほっ!」
「大丈夫ですか⁉」
急にセリカさんが机の上に手をついて咳き込みました。
やはり、風邪なのでしょうか?
サラさんが慌ててセリカさんを支えて背中をさすってあげています。
セリカさんは少し困ったように笑って言いました。
「大丈夫よ。最近もまた寒かったから……風邪かしらねぇ」
「風邪……」
季節は春のはじまりです。
日差しが出れば日中は暖かくなる日が増えてきたとはいえ、まだまだ朝晩の空気は冷たい。風邪を引くこともあるかもしれません。
ですがこれは……。
「少し、よろしいですか?」
わたしはセリカさんをソファに座らせ、窓に目を向けます。
すると、いっぴきの光蝶がわたしの前にやってきて、わたしの視線を誘導するようにひらひらと庭へと飛んでいきました。
花壇。そこに咲く、星型の花。
紫色の小さな花びらの上に羽をおろすと光蝶は静かに光を放ちました。
ラング草。
古くより、肺の病に効くとして、いまでも一部の地域で薬に使われる植物ですが、光蝶はそれに止まった。
つまり、セリカさんは肺を病んでいる。
そこで、わたしはさきほど彼女がしていた話を思い出しました。
二年前に肺を病んだ夫の話。
旦那さんは自分の死期を悟りシュクレくんを連れてきた。
ひとり遺された妻が寂しくないようにと──。
「キッチンをお借りしてもよろしいですか?」
「え? ええ……」
わたしはセリカさんに台所の使用許可を取り、調味料が並んだ棚をごそごそと漁りました。
ノルさんがぴょんと台の上に飛び乗り、小声で聞いてきます。
「おい、なにするつもりだ?」
「いえ、咳といったらやはりこれかな、と──ああ、ありました」
わたしは棚からジンジャーパウダーを取り出しました。
ついでにハチミツも。
お湯を沸かしてそのあいだにコップを探して、再び棚をごそごそと。
「この木のコップがよさそうですね」
「ショウガの粉? ホットジンジャーか。なんだってそんなもん。飲みたきゃ、店に戻って作ればいいだろ?」
「ふっふっふ、実はですね? ショウガと蜂蜜は喉にいいんですよ。身体も温まりますし、これを飲んで風邪もサヨナラです」
「ほーん。優しいのな」
さっき俺のこと投げ飛ばしたくせに、と恨みがしい目を向けられました。
それはそれ、これはこれです。
見つけた木のコップに即席ホットジンジャーを注いでわたしは目を閉じます。
念じるように手をかざし、成功です。
スッとまぶたを開けるとほんのわずかに湯面が煌めき、
「いまのは?」
「ちょっとしたおまじないです。どうか病が早く癒えますように──と」
この世界に『治癒の魔法』はありません。
病にかかれば薬を飲んでひたすら寝るだけですし、怪我をすれば手当てをするくらいのことしかできません。
けれど、森族のまじないには対象者の治癒力を向上させるものがある。
わたしはそれを使ってホットジンジャーに祈りを捧げたのでした。
居間に移動して、わたしはセリカさんに笑いかけます。
「ホットジンジャー。寒さで冷えた身体を温めてくれる優れものです」
──風邪の引きはじめに、一杯いかがですか?
なんて、ちょっとばかし良さげな台詞を添えて、セリカさんにコップを手渡すと、彼女はこくりと喉を鳴らして、それはそれはおいしそうに目を細めて言いました。
「ありがとう。不思議ね。なんだか胸のあたりがポカポカするわ」
喜んでいただけたようでなによりです。
ちなみにそれは一回では効かないので、わたしは今後もセリカさんのお家に何度か通うことになりそうです。
これならもう一枚くらい金貨を追加請求したいところですが、止めておきます。
なぜなら彼女が土産代わりに、ミートグラタンのレシピをくれたから。
「ミートグラタンのレシピゲットです!」
「おう、やったな」
ラング草=プルモナリア、もしくはラングワート(肺や喉の炎症を静める効果があるハーブ)




