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氷の魔女の料理屋さん~最愛の師匠を探してモフモフな食堂を始めました!~  作者: 遠野イナバ
第四章『猫探しと新メニュー』

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12 絶品ミートグラタン!

「はあ……、まさか家宝のブローチを手放すことになるなんて……」


 宝石店から出てきたわたしは深いため息をつきました。


「いいのか? あれ、ひいばあちゃんの形見なんだろ?」


「そうですけど……。この際、四の五の言ってられませんよ」


 青薔薇あおばらを形どった髪留め。

 代々わたしの家に受け継がれている家宝のようなものでして、幼いころに母から受け取りブローチとしていつも大切に持ち歩いていたのですが、本日手放しました。

 理由は借金返済のため。

 いつかまとまったお金が入ったら買い戻そうと心に誓い、わたしは両手を組んでぐぐっと身体を伸ばします。


「──ま、惜しんでもしょうがないです。それよりこれでひとまず今月分の支払いはなんとかなりそうですし、あとはシュクレちゃんを探すだけですね」


 猫を探して西へ東へ。

 当然ながらそうそう都合よく捕まえられるわけもなく、なんやかんやでわたしとノルさんは連日シュクレちゃん探しに明け暮れていました。

 今日もぐったりしながら帰路につくわたしたちです。


「ノルさん、腹減ったー」

「ですねぇー。夜はジェシカさんのお店のパンでいいですか? 今ならまだ開いて……」

「──あら、魔導師のお嬢さん?」


 ノルさんとの会話中、ふいに誰かに呼び止められ振り向けば、先日依頼に来たおばあさんでした。

 名前は……なんでしたっけ?


 右手に買い物かごをぶらさけて、わたしのもとにやってきたおばあさんは優しい手つきでわたしの頭からクモの巣を払いのけました。


 さきほどシュクレちゃんを追って狭い穴を通ったときにでもついたのでしょう。

 朗らかな笑みを浮かべる彼女にわたしはぺこりと会釈しました。


「ええっと?」

「セリカよ。ごめんなさいねぇ、お転婆な子だから見つけるだけで苦労するでしょう?」


 ええ、本当に。

 だけど、そうとは言えないので、「可愛い猫さんでしたよ」と返すと、おばあさん──セリカさんはわたしを労わるように頭をぽんぽんと撫でてから手を離しました。


「そうだ、ロゼッタさん。いま、お腹は空いているかしら?」

「……? ええ、はい。空いていますよ」


 急になんの質問でしょう。

 確かにわたしのお腹はぐーぐーです。

 あちこち駆けずり回ったせいで、空腹を通り越して胃痛すらしてくる始末です。


 だから早く帰りたい。

 あのふわふわで、可愛いカメパンが食べたい。

 心の中に描いたカメパンにわたしがよだれを垂らしていると、


「それならちょうどいいわ。これからミートグラタンを作ろうと思うのだけど、よかったらうちで食べていかない?」

「行きます!」


 グラタン万歳。

 カメパンを押し退け、わたしの頭の中は瞬く間にグラタンに占拠されたのでした。

 

 ◇


「この家よ」


 とことこ歩いて十分程度。

 ごく普通の民家につきました。

 上品な身なりから彼女はてっきり大きな屋敷に住んでいるものだと想像していましたけど違うようでした。


 けれど、中には入ればすぐにわかります。

 ここがどんなに愛されて、大事に使われている家なのかと──。


光蝶スピルがたくさん……」

「少し待っていてね」


 居間に通されたわたしは庭に釘つけになりました。

 色鮮やかに咲き誇る春の花畑。

 そのまわりを飛び交う金の蝶たち。

 とても幻想的で、まだ出てきて間もない故郷の森を思い出しました。


 よく手入れされた庭なのでしょう。

 花壇のほかにも菜園や、手作りっぽい木製のブランコが置いてあり、光蝶スピルが手すりに止まって羽を休ませています。


 室内を見れば、色褪せた調度品。

 おそらく長いあいだ使われてきたのでしょう。

 その上には乱雑ながらもホコリが被ることなく小物が飾られており、住人であるおばあさんが日頃からきっちり掃除しているのがよく分かります。


「いっらしゃいませ、お客様。祖母が無理を言ったようで申し訳ありません」


 机の上に、カチャリと置かれるティーカップ。

 横を向けば、きれいな焦げ茶の髪が視界の中で揺れました。

 十代半ばくらいの少女。

 大人びた印象の彼女はサラだと名乗りました。

 セリカさんのお孫さんだそうです。


「ゆっくりしていってくださいね」


 それだけ言うとサラさんはセリカさんのお手伝いに入ったようでした。

 あ、セリカさんになにか言われてとぼとぼとこちらに戻ってきました。


「おばあさまに、お客様の話し相手をするようにと言われてしまいました」

「はあ」


 心なしか気落ちした様子でサラさんはソファに腰かけると、わたしの服装を見て「魔女さんですか?」と小首を曲げました、


「はい。王都の北の通りで小さな食堂をやっています。魔女の仕事もまあ……裏メニュー的な感じで依頼を承っていますので、サラさんも何かあればご依頼ください」

「魔女の食堂……。つまり、トカゲやコウモリがお皿に乗って出てくるんですね!」

「え?」 


 なぜに?

 この子、アタマ大丈夫ですか?

 浮世離れしたお嬢さまの発想にちょっと付いていけないわたしは困惑しながら答えます。


「ふ、ふつうのご飯ですけど」

「そうなんですね! どんなご飯を出すんですか?」

「オムライス、ですかね」

「うんうん」

「あとは、ナポリタンを始めとしたパスタ料理とサンドイッチなどもお出ししています」

「おお! ほかには?」

「ほか? ……ええっと、各種ドリンクメニュー、以上です」

「え? それだけですか?」


 きょとんとした顔で「少なくないですか?」と返されました。

 おそらく彼女に悪気はないのでしょう。

 素直な感想です。

 ですからそれが余計にグサッと来ました。

 悪意のない毒舌。これ厄介です。


 わたしは口元をヒクヒクとさせて微笑みました。


「いま、新しいメニューを考案中なんです。わたしはハルーニアの出身ですから、ユーハルドのみなさんが好む料理の味を研究中でして」


 もちろん嘘ですけれど。

 竜帝国(りゅうていこく)ハルーニア。ユーハルドの東に位置する大国でして、わたしはここにいるあいだは便宜上竜帝国の出身を名乗っています。

 通行証もそうなっています。

 つまるところ偽造です(エルフィードおじさまの犯行です)。


 わたしがついた嘘に、サラさんは「味の好みですかぁー」と考えこんでおられるご様子。


「そうですねぇ。好みの味は人によって異なりますからなんとも言えませんけど、わたしはワクワクする味が好きですね!」

「ワクワクする味?」


 なにそれ。


「こう、『わぁ!』ってなる味です! お料理でいうとお子様ランチみたいな味ですかね」

「お子様ランチ? それは一体どういう……」

「知らないんですか? オムライスとナポリタンと……、それからエビフライなどが乗ったワンプレートのお料理です。お店によってお皿の中身は変わりますけど、小さな子しか食べられない特別なご飯なんですよ」

「へぇ……。オムライスにナポ……え?」


 全部乗せ?

 子供にその量は多くないですか? とわたしが首を曲げると、サラさんは「違いますよ」とクスリと笑って、お子様ランチとやらを解説してくださいました。


「それぞれ少量ずつ乗っているんです。小さなお料理が集まるワンプレート。一度に色んな味が楽しめて、見るのも食べるのもワクワクするんですよ」

「へー」

「──懐かしいわねぇ。サラさんったら、お店に連れて行くといつも『お子様ランチ!』と言って譲らなかったのよね」


 こうばしい香りがして顔を上げれば、グラタン皿を持ったセリカさんが苦笑しながら、わたしの前にことりとグラタン皿を起きました。


 おいしそうなミートグラタンです。

 ふつふつとチーズが泡立ち、湯気たっぷりのグラタンは、いただく前から絶品の予感です。


「そういうおばあさまだって、大人も頼めたらいいのにーって仰っていたじゃない」

「あら、そうだったかしら?」

 

 頬を膨らませるサラさんに微笑み返すと、セリカさんはミートグラタンに目を落として昔を懐かしむように言いました。


「そういえば、死んだ主人もいつもこれを頼んでいたっけ」

「亡くなったご主人、ですか……」

「ええ。二年前に肺の病でね。先に逝ってしまったのだけど、あの人、ミートグラタンが大好物だったのよ。外でも家でもいつも無言でねぇ。黙々と食べたあとに『うまかった』って最後に一言だけ返してくれるの」


 セリカさんは優しく目元を和らげると、


「──って、ごめんなさいね。つまらない話を聞かせちゃったわ。はい、スプーン」


 と言ってわたしの対面に座り、スプーンを渡してくださいました。

 熱々のミートグラタン。

 おいしくて、どこか懐かしくも感じる優しい味。きっとこれを祖母──いえ、母の味と言うのでしょうね。


 わたしは夢中でグラタンを口の中へと運びました。

ここに出てくるロゼのひいおばあさんの形見ですが、元は髪留めだったものをロゼはブローチとしてマントにつけていました。

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