第6話 現状確認
おっさんが若い女の子を呼び捨てで呼ぶことについてはいろいろと思うところはあるが、今はそれどころじゃない。
この無人島から脱出するためには情報が必要だ。もしもルナが観光船などに乗っていて、その船が沈んでしまったなら助けが来る可能性もあるし、他の乗客がこの島に流れ着いてくる可能性もある。
「いや、魚を獲ろうとしていたらいきなり船が岸から離れちまったんだ。漕いでも漕いでも戻れなくて、そのまま海を漂っていたらこの島に流れ着いたみたいだ」
もしかすると岸から沖へ向かって流れる離岸流かな。本当に一瞬で岸から離されてしまうらしく、離岸流による海難事故は少なくないと聞いたことがある。その場合は陸の方ではなく、一度横に進んで離岸流から離れてから陸へ戻るのが正解らしい。知らなければ本当に怖い自然現象だ。
「母さんが病で死んでからずっとひとりで生きてきたから、俺を助けにくるようなやつなんかもいねえよ」
「そうか、これまで大変だったんだな……」
この世界にはそういった種族の差別なんかがあるらしい。元の世界でも昔は人種による差別がだいぶあったようだし、異世界であるこの世界でもそういったことはあるのか。
ルナは何事もなかったかのようにそう言うが、どこか悲しそうな表情を浮かべてる。
そんなルナに俺はそれ以上かける言葉が見当たらなかった。これまで嫌なこともいろいろとあって生きてきた俺だが、彼女ほど不幸な目に遭ってきたわけではない。36歳で死んでしまったが、それでも彼女の過酷な運命に比べればマシな運命を歩んでこれたと思う。
「リュウのおっさんが気にすることじゃねえさ。そんで、おっさんとアイはなんでこんなところにいるんだ? 見たところずっとこの島生活していたとは思えねえけど」
「ああ、実は俺たちも今日この島にやってきたんだ。ただし、海を渡ってきたわけじゃない。俺は別の世界で死んでこの世界に転生してきたんだ」
俺はルナへ異世界のことを正直に話した。
この世界で異世界人がどういう扱いなのかは分からない今、そのことを明かすのはリスクがあるが、それよりも信頼関係を上げることを優先した。
「……おっさん、何を言っているんだ? 頭でも打ったのか?」
「………………」
まあ、普通はそういう反応になるよな。いきなりそんなことを言われてもショックで正気を失ったと思われても仕方がない。
「アイ、説明をしてあげてくれ」
『はい、マスター』
「うおっ、なんだこいつは!?」
突然現れた半透明のウインドウに驚き、再び戦闘態勢に入るルナ。ホログラムモードでもチャットのウインドウは出せるようだ。
『落ち着いてください。私は実在する人ではないのです。マスターのAIスキルによって映し出されたホログラムとなります』
「ほろ……なんだって?」
『空中に映し出された映像のようなものですね。ですので、私はこうしてルナさんに触れることはできません』
「わわっ!?」
ホログラムの説明は難しかったようだが、俺にやってくれたのと同じように手で触れようとすると通り抜けていく。
「この世界でスキルはよく見るものなのか?」
「……魔法なら見たことはあるが、スキルってのは初めて見たぜ」
恐る恐るアイに触れようとするルナだが、その手はアイの身体を通り過ぎていく。
『スキルは魔法とは異なり、魔力などを一切使用せずとも発動できる能力となります。これはマスターだけの特別な能力となります』
「そんな力があるのかよ、初めて知ったぜ。でもまあ触れられなくてもそこにいるってことだろ。アイ、よろしく頼むぜ」
『ルナさん、こちらこそよろしくお願いします』
「ルナでいいぜ、水くせえ」
『承知しました。ルナ、今後ともよろしく』
「おう!」
アイとルナが早くも仲良くなっている。
アイもAIなのにコミュニケーション能力が高いな。こんな状況なのに少しだけ微笑ましく感じてしまった。
「とりあえずこれで俺が人とは少し違うってことはわかってくれたかな」
「おう、別の世界ってのはよくわかんねえが、おっさんがすげえってのはよくわかったぜ」
とりあえず俺とアイのことはわかってくれたみたいだ。この島で生活をしていく中でアイのサポートは必須だし、ルナにも早めに話しておくことができてよかった。
そしてルナの話の中でひとつだけ嬉しい情報があった。この無人島はルナがいた陸地からそれほど離れていないという事実だ。
その陸地の方角さえ分かれば、船を作って水と食料を集めればこの島から脱出できるかもしれない。




