第5話 白狼族
「まだ目を覚ましていないか……んっ、さっきよりも少し呼吸が荒くないか?」
『肯定します。発汗に加えて先ほどよりも頬が紅潮しております。熱中症の初期症状と推測されます』
「マジか! どうすればいい!?」
『額や首筋などに海水を含ませた布を当ててあげてください』
「額に海水……了解だ」
アイの言う通り浜辺に行き、持っていたハンカチやワイシャツに冷たい海水をしみ込ませて額や首の後ろに敷いてあげた。
彼女の服はシャツにショートパンツといった服装だ。もしかするとあのモフモフとした耳や尻尾が熱を吸収しているのかもしれないので、そっちにもスーパーの袋で汲んだ海水をかけてあげる。
「ふう~呼吸が落ち着いてきたか」
『やはり熱中症の初期症状だったようですが、もう大丈夫なようです。すぐに蒸発してしまうかもしれませんが、服の上から海水をかけてあげるのもよいです。他には地面を掘ってそこに寝かせるのもよいでしょう』
「地面を掘る? ……なるほど、そっちの方が気温を下げられるのか」
アイが出してくれたウインドウの説明によると、地中の方が外気温の影響を受けにくく、暑い時は涼しく、寒い時は温かいらしい。
「わかった、とりあえずできることはやっておこう」
『それと目が覚めたあとは水分や栄養を摂取する必要があると推察されます。暗くなってくる前にヤシの実を確保しておくことを進言します』
「なるほど、助かるよ」
アイの言う通り、そろそろ日が落ちそうである。ここは異世界だし、1日が24時間なのかはわからないが、太陽のような星はあるらしい。この子が目を覚ますギリギリまでやれることをやっておこう。
「ううん……」
「おっ、気が付いたか」
「はっ! おまえは誰だ!」
よかった、言葉が通じている。これが共通言語スキルとやらの力だろう。
「お、落ち着け! 俺は敵じゃない!」
目が覚めた狼の獣人である女の子は掘って寝かせてあった穴の中からいきなり飛び起き、その鋭い爪を俺の方に向けながら俺とアイに敵意を向けてきた。
俺は敵意のないことを示すために武器を持たずに両手を挙げた。アイも俺と同様に手を挙げる。
「……ここはどこだ?」
獣人の女の子は辺りを見回し、再び俺の方を向く。
「俺たちもここに漂流してきたばかりで詳しいことは分からないが、どうやらここは人のいない無人島らしい。浜辺に打ちあがっていた君を見つけて日陰に運んだ。穴を掘った方が涼しいから、そこで君を休ませていたんだ」
「………………」
女の子は先ほどまで横になっていた穴と、地面に落ちている額に載せていたハンカチを交互に見る。
「そうか。あんたたちのおかげで助かったみたいだな、感謝する」
「わかってくれたのならよかったよ」
女の子は俺たちに向けていた鋭い爪を下ろしてくれた。
「うっ……」
女の子が頭を抑えて片膝をつく。
『警告、軽い脱水症状かと思われます。ココナツウォーターの摂取を進言します』
「海をしばらく漂流していたみたいだし、そんなに動いたら駄目だ。ここは無人島でヤシの実くらいしかないけれど飲んでくれ。あとそんなにおいしくはないけれど、実の中の白い部分は食べられるよ」
「……あんたらは俺の姿を見てもなんとも思わねえのかよ?」
「えっ、いや特に何も……。俺はここからとても遠い場所から来たからこの辺りの地域の事情は知らないんだ。獣人だけれど、可愛い女の子にしか見えないけれど?」
「か、可愛い!? おっさんは馬鹿か!」
なぜか慌てている女の子。おっさんに可愛いと言われても、別に嬉しくはないだろうに。
というか、この状況で外見の話をしている場合ではないと思うが。
「……はあ。黒い髪だし、そっちの女はあんま見たことねえ格好をしているし、よっぽど遠くの国から来たんだろうな。俺たちの国だと俺みたいな白狼族は忌避されるもんなんだよ」
田舎者どころか異世界者なんだよなあ。
「なんで? 綺麗な髪や尻尾の色だと思うけれど」
「……なんだか、こっちが警戒しているのも馬鹿らしくなってくるぜ。俺もよく知らねえが、そういうもんらしい。すまん、喉がカラカラなんだ。そのヤシの実ってやつをもらってもいいか?」
「もちろん。ちょっとだけ待ってて」
よくわからないが、警戒を解いてくれたらしい。すでに内果皮が見えているヤシの実の殻を石のナイフを使って何度も打ちつけて割る。
この子が目を覚まさない間に頑張って5個のヤシの実を確保した。多少はやり方を掴んだとはいえ、だいぶ時間がかかってしまった。すでに1個は俺が飲んでしまっている。そしてペットボトルに入っていたお茶もすべて飲みきってしまった。明日はまず森の中に入って長い木の棒でも探して水の確保からになりそうだ。
「ぷはあ、生き返るぜ! わりい、もう1個もらってもいいか?」
「ああ、ヤシの実は向こうに結構実っているから遠慮なく飲んでいい。まずは身体を休めてくれ」
実際にはこれ1個を取るのに結構な時間はかかるが、今それは言わなくていい。明日どころか、すでに今の段階でだいぶ肩が筋肉痛になっている。おっさんの身体はデリケートなのである。
「あっ、そいつはそのままでいいぞ」
「えっ?」
俺が再び石のナイフでヤシの実の殻を割ろうとすると、女の子がそう言うので俺はそのままヤシの実を渡す。
すると女の子は人差し指の爪で簡単に殻を破って中のココナツウォーターを飲み干していく。どうやらあの爪はかなり鋭いようだ。
「うん、中の白いやつもうまかったぜ。あんたたちは恩人だ、貴重な飲みもんと食料をサンキューな。俺はルナ。おっさんたちの名前を聞いてもいいか?」
「俺はリュウだ。おっさん呼びでも構わない。こちらこそよろしくな」
『私はアイと申します』
苗字なんかはなさそうなので、俺も名前だけを伝えた。よかった、どうやら友好的な関係を築いていけそうだ。
「ルナ、目が覚めてすぐで申し訳ないんだが、いろいろと聞きたいことがある。まず、この無人島に助けが来る可能性はありそうか?」




