第4話 漂流者
「なに!?」
今まで頭の中に直接響いていたアイの声の中で一番大きな声が響き渡った。
白い砂浜と青い海の狭間に広がる白銀色。それは髪の色だった。一人の女性が波打ち際で倒れている。
「おい、大丈夫か!」
「うう……」
「よかった、まだ息がある! アイ、どうすればいい?」
『意識はないようですが、呼吸は問題ありません。痙攣などの症状も見当たりませんので、涼しい場所へ移動させて安静にしてあげるのがよいと思われます』
「ああ、わかった!」
アイがいてくれて本当に助かった。俺には医療知識なんてこれっぽっちもなかったからな。
見たところ若い女性だが、そんなことを気にしている余裕はない。すでに疲労した身体を何とか動かし、倒れていた女性を抱えて木々の方へ移動させた。
「この辺りで大丈夫か?」
『はい。少なくとも日向にいるよりは身体への負担が軽減されております』
「そうか……」
改めて女性を見てみる。美しい白銀色の髪と白い肌。まだ高校生くらいに見える若い女性はとても綺麗な顔立ちをしている。
だが、それよりも目を引くのはこの子の頭に生えた2つの耳と後ろから生えた尻尾だ。
「アイ、彼女は人族じゃないのか?」
『彼女は獣人と呼ばれる種族となります。この身体的特徴から狼の獣人と推測されます』
「狼か……」
獣の人と書いて獣人――確かにそう表現するのがピッタリだ。そういえばここは異世界だったか。この無人島の景色は元の世界も異世界も関係なかったから、改めてここが異世界だと再認識する。
そして犬っぽいと思ったが、狼の獣人だったらしい。
「……いったんこの子は大丈夫そうだ。今のうちにさっきの場所まで荷物を取りに行くか」
『肯定します。現在の状況でこの子が目を覚ませば、マスターに対してあらぬ誤解を産むことは間違いないでしょう』
「………………」
目を覚まさない女の子をひとりにして離れるのは憚られるが、現在の俺の状況はパンツだけである。あまりにもこの島の気候が暑すぎて、ヤシの実を取ってナイフを作る作業からパンツ一丁になっていた。元いた場所からすぐに戻ってこようと思っていたから、そのままだったんだよ。
この状態で女の子が目を覚ませばどうなるかは俺でも想像に難くない。アイも無表情で迷わず肯定したな……。少なくともワイシャツとズボンは着ておかねば。
「ここは無人島だったはずだよな」
これまでに確認した検証によるとアイは俺の世界のAIと同等の知識を所有していたが、この世界の情報については俺のスキルのことや獣人という種族のことなど、一部しか所持していなかった。誰が俺をこの世界に転生させたのかや、この島にどんな生物が存在するかなどといった俺が知りえない情報を持ってはいない。
『はい、私の中にあったデータではここは無人島であったはずです』
だが、その少ないこの世界の情報の中にここが無人島であるという情報があった。
「ここに俺が別の世界から俺が転生してきて、その日中に女の子が漂流してくるか……。なんらかの見えない意図が感じられるな」
『偶然というには確率が非常に低いです。なんらかの運命、もしくは女の子が漂流する日にマスターをあえて転生させたと推察されます』
「だよなあ。あの女の子がすぐにでもこの無人島から人のいる場所まで連れていってくれるとかだったら話が早いんだけれど……」
とはいえ、あの子はなんの持ち物も持っておらず。海には難破した船なども見当たらなかったし、今のところは彼女ひとりのようだ。どう見てもこの島に漂流してきただけだろう。
「まあ、やる事は変わらない。彼女を看病しつつ、この島で生きるための水や食料を確保することが先決だな」
『はい、マスター。あの女の子が何かしらの情報を持っていることに期待しましょう』
一度ヤシの木のある場所へ戻り、服を着てから女の子の方へ戻る。
まだ目を覚ましていなかったので、一度俺が最初にいた場所へ戻り、念のため俺が最初に来た場所がわかるように目印となる石を積んでおいて荷物や上着を回収して戻ってきた。
ちなみに海水を使った蒸留装置は貝殻に少しだけ溜まっていた。本当に少しだけだったが、この状況なら蒸留した純粋な水はとても身体に沁みた。明日も同じようにセットしておくとしよう。




