第3話 石器時代(?)
「そ、そんなことができたのか……」
『はい、こちらもマスターのスキルのおかげのようですね』
俺の目の前にはピンク色の髪をツインテールにしたメイド服姿の少女が無表情で立っている。
AIスキルってそんなことまでできるのか……。
『ですがこちらのモードは実体を持たないので、物に触れることはできず、あまりマスターのお役には立つことができなそうです』
「なるほど」
アイが俺の方へ手を伸ばすが、その手は俺の身体をすり抜けてしまった。どうやら物に触れたりすることはできないようだ。
『好戦的な生物が現れた時の囮くらいにはなれそうです』
「………………」
いくらホログラムとはいえ、少女姿のアイを囮にするには罪悪感がすごいのだが……。まあ、AIは合理的に判断するだけなので、そういった感情の機微には疎いのかもしれない。
「……というか、アイは女の子だったんだな」
『いえ、私には性別という概念がございません。もしもマスターが希望するならば、こういった男性の姿でも表示が可能です』
「………………うん、十分に理解したからさっきの姿に戻ってくれ」
『承知しました』
少女姿のアイがいきなり2メートル近くある筋肉質のタンクトップ姿の男へと変化した。この暑い中、隣にガチムチの男がいるとさすがにむさ苦しすぎて無駄な体力を消費しそうである……。
……なんでメイド服姿だったのかツッコミたいところだが、深く突っ込むのはやめておこう。俺がマスターと呼ぶように指示したから、それに適した姿を検索したら今の姿になったのかもしれない。メイド服が嫌いな男はいないよな、うん。
「なるほど、硬い石同士をぶつけて割って鋭くなった石を選んで、そのあと石同士をこすり合わせてさらに鋭くしていく感じか。……石器時代かよ」
『肯定します。石器時代と同様の作成方法となります』
俺のセルフツッコミにちゃんと反応してくれるAIのアイ。どうやらホログラムモードとやらは常に発動できるらしいので、そのままでいてもらっている。
もちろん知識を教えてくれるのも非常にありがたいけれど、この何もない無人島で話し相手がいるという事実が非常にありがたい。前世のAIも今後は話し相手になってくれる機能が発展していったかもしれないな。
「……本当に何をやっているんだろうなあ?」
アイにナイフの作り方の説明を聞いて、遥か昔に学校の授業で習った打製石器が記憶の奥底から思い出された。確か黒曜石とかが石器に優れているんだっけか。地味に根気のいる作業だ。
『今後のためにもナイフのような道具を作成している最中です』
「いや、それはわかっているんだが……」
海辺で石同士を叩き割っているパンツ姿のおっさんがいた。……俺である。
これまではワイシャツとズボン姿で行動をしてきたのだが、大きな石を探すには木陰から出る必要があり、その姿では暑かったためすぐに上下の服を脱いだ。今の俺はトランクス一丁である。
さすがに少女姿のアイの前でおっさんがパンツ一丁なのは誰がどう見ても即通報だな。とはいえ今は熱中症になる可能性もあるので、格好をつけている場合ではない。それにこの状況なら逮捕された方がマシかもしれないというのは皮肉な話である。
「意外とちょうどいい形になるのは難しい。貝殻を削って作る方が簡単かもしれないけれど、大きくて硬い貝殻もないから難しいところだな」
大きな石は割るのも難しく、うまく石を割れても思い通りの形にならなかったりとうまくいかない。アイによると大きな貝殻を削り出してナイフにするという手段もあるらしいが、今のところそこまで大きな貝殻は見当たらなかった。
貝殻は先ほどの蒸留水の受け皿のように使い道もあるようなので、そこそこの大きさな物は集めておくとしよう。
他に黒い色が特徴の黒曜石のような石はまだ見つかっていない。アイに聞いてみたら黒曜石は河原などで見つかる場合もあるが、大抵は火山の近くで採れるそうだ。森の奥に大きな山は見えるが、火山なのかはわからない。
「おっ、これもいけそうじゃないか?」
『はい、十分に使用できそうです』
海辺で延々と石を割ること30分、ようやくまともに使えそうな石がちらほらと出てきた。とりあえず大きさが異なるこれらの割った石を使って用途別のナイフ代わりにしてみよう。
「はあ、はあ……」
さっきの石を叩き割るのもそうだが、石を削るのも地味に体力を使う。元々の体力が少ないおっさんにとってはしんどい限りだ。だがおっさんはブラック企業で鍛えた忍耐力だけはあるので、地道に頑張るしかない。
暑い中、ガリガリという石が削れていく音だけが聞こえていく。
「こんなものか」
しばらくの間一心不乱に石をこすり合わせ、なんとなくそれっぽい形には仕上がった。どうやら脆い石も混ざっていたようで、石のうちのひとつは擦っている間に割れてしまった。念のために複数石を探しておいて正解だったな。
とりあえずこれで大小のナイフもどきが用意できた。大きい方は枝と組み合わせて斧のようにしたいところだ。石と木を結ぶのは社員証の紐があるのだが、なんで俺は社員証の紐で石器を作ろうとしているんだろうなと冷静に考えてしまう……。
「ふう~喉が渇いた。さっきのヤシの実を割ってみるか」
いろいろと作業をしてだいぶ喉が渇いてきた。ペットボトルのお茶は節約して飲んできたためまだ残っているが、保存しておける貴重な飲み物なので、ヤシの実を先にするとしよう。
「ヤシの実かあ。スーパーとかでも見たことがあった気もするな。あとイメージは茶色いだったと思うんだが」
『ヤシの実は成熟すると茶色になりますが、その場合は中に液状胚乳、いわゆるココナツウォーターが入っておりません』
「なるほど」
アイに詳しい話を聞くと、ヤシの実は成熟するとこの水分を使って白い層が分厚くなっていくらしい。この白い果肉をすりおろして水とあわせて煮込むとカレーなどに使われるココナツミルクとなるようだ。
白い果肉は栄養もあるらしいが、今は水分が必要なので成熟していない緑色のヤシの実を割る。落ちたヤシの実だと成熟しきったものが多く、未成熟のものでも鳥なんかに飲まれていたり、中身が腐っていたりすることが多いらしい。腹を壊すわけにはいかないし、手間だが木に実っているのを取る方が安心できるようだ。
「おっ、中から黒っぽい殻が見えてきたぞ」
『それが内果皮となります。その中に液体状の胚乳が入っています』
緑色の皮の下には白い繊維状の中果皮があり、それを作ったナイフで削っていく。できたナイフはそれほど切れ味が良いわけではなく、持ち手がない分握りにくいが、ちゃんとナイフとしての役割を果たしてくれていた。意外となんとかできるものなのだな。
貴重な水分を少しもこぼさないようしっかりと足で固定しながら、大きい方のナイフを打ち下ろす。
「おおっ、ちゃんと中に水が入っている!」
『おめでとうございます、マスター。それがココナツウォーターです』
黒っぽい殻を割ると、中には半透明の液体が入っていることが確認できた。
「ぷはあ~! うん、こいつはうまい!」
こぼさないようにヤシの実をゆっくりと傾けていくと口の中にはほのかな甘みのする液体が喉を滑り落ちる。砂糖水のような人工的な甘さではなく、ほのかな果実の甘みとほのかな塩気が混ざった、まるで自然そのものの味だ。
ぬるくてほんのり青っぽく、甘みも少ないので、元の世界のキンキンに冷やしたジュースの方がおいしいことは間違いないが、この炎天下の中本当に苦労して一からこのヤシの実を手に入れた苦労も相まって最高においしかった。
『マスター、殻の内側にある白い果肉も栄養があります』
「どれどれ……うん、うまいというわけではないが、プルプルとしたゼリーのような食感で、ほんのりとした甘みがあるぞ」
この状況であれば甘みの少ないヤシの実の果肉でも十分にいける。それに見るからに栄養がありそうだ。
「……味は悪くないんだが、量が少ないな」
『ヤシの実ひとつからコップ1杯ほどとなります。また、ココナツウォーターは飲み過ぎるとカリウムの過剰摂取となりますので、1日あたり2~3個までにしておいたほうがよいでしょう』
「やはり別の水の確保方法が必要になるわけだな」
どうやらこれで水問題は解決とはいかないようだ。とはいえ、この辺りはまだヤシの木が多くある。緊急時の水分の確保は何とかなりそうで少しだけほっとした。
「とりあえずさっきの場所には何もなかったから、拠点をこっちのほうに移すか」
『同意します。物資の多い方に方へ拠点を構えるほうがよく、海岸も砂浜よりも岩場の方がいろいろと得られる可能性は高いです』
さっきの場所には本当に何もなかったからな。こちらの方はヤシの木もあり、海辺も砂浜から岩場となっている。少し手間だが、最初にいた場所から荷物を持ってこちらへ移動してくるとしよう。
「こんな状況だけど、アイのおかげで助かるよ」
『マスターのお役に立てて私も嬉しく思います』
道中を歩きながら、素直に感謝の言葉を述べた。
いきなり死んで転生したと言われて、何もない無人島へ放り出されたが、アイのサポートのおかげで何とかなっている。スキルというのはよくわからないが、今も普通に俺と会話ができているし、本当に優秀なAIである。
何よりAIであっても話し相手がいるというのは本当にありがたい。ひとり孤独な状態でこんな場所に放り出されたら、精神がもっていたか怪しいからな。遭難した際に話し相手がいるだけでもまったく違う。
「できれば今日中に拠点となる場所を探せればいいんだけれどな。これからいろいろとやることが多そうだ」
『ヤシの実を得る道具を作ってそれ以外にも飲み水を確保し、そのあと拠点になりそうな場所を探す順番がよさそうです』
「そうだな。川とかが見つかれば上流まで登って、川の水をろ過する装置を作っても……んっ、なんだあれ?」
海辺を歩いて元いた場所へ戻っている最中、浜辺に大きな物が打ち上げられていた。来る時はあんな物なかったはずだが……。
『マスター! あれは人です!』