第2話 【AI】スキルの能力
「ふむふむ。スーパーの袋とペットボトルなんかはサバイバルにおいてかなり役に立つようだ。死んだのが仕事終わりだったのは不幸中の幸いと言ったところか」
『特にペットボトルは汎用性があるので、大事に保存しておくことを進言します』
改めて自分の持ち物を確認しつつ、何か使えそうな物がないかをアイに聞いて調べていく。こんなスーパーの袋でもいろいろと使い道があるらしい。本当は漂流物のゴミなんかがあればもっとよかったのだが、それがないのは厳しいな。
飲料水と食料はペットボトルのお茶とスーパーの半額弁当。食料はできるだけ残しておきたいけれど、この暑さだと早めに食べてしまった方がいい。腹を壊して貴重な身体中の水分を放出してしまうのが一番ヤバいとアイも言っていた。くそっ、ケチって半額にするのではなく普通の弁当を購入しておけばよかったな……。
このまま死んでしまったら、最期の晩餐がこの半額弁当になってしまうので、それだけは避けたいところである。
「こんなところか。頼むから水を確保できてくれよ……」
俺の目の前にあるのは即席の簡易蒸留装置である。アイから聞いた情報によると、今ある物で少量だが水を得ることができるらしい。
仕組みは簡単でプラスチックの弁当の底と蓋に海水を汲む。そしてその中心に浜辺を歩いて見つけた貝殻を置き、スーパーの袋をさかさまにして少し高く四隅に石を積んでかぶせて、その中央に小さな石を置いて真ん中が少したわむようにする。
こうすることにより、海水から蒸発した真水がスーパーの袋の上に集まり、その中心にある貝殻へと滴り落ちるらしい。効果があるかはわからないが、弁当の底と蓋の下には黒いスーツを畳んで敷く。熱を吸収する黒色だから、多少は効率が上がるかもしれない。
海水を沸騰させればより多くの蒸留水が得られるのだが、火をつける道具がない。普段煙草を吸っていないからライターもないんだよな。ペットボトルに海水を入れて虫眼鏡のように光の焦点を集めて火を起こす方法はあるらしいが、まだお茶は入っているのでこれを使う訳にはいかない。弁当の蓋でもできるらしいが、燃やすための木々を集めてないからどちらにせよあとだ。
「……ただこれだけだと絶対に量が足りないな。都合よく雨でも降ってくれればいいけれど、そんな幸運を待っていても仕方がない。川や水分の含んでいそうな植物を探すか」
『同意します』
近くに川があればその上流まで行ってそれをろ過して飲むのが一番早いのだが、見渡す限り川は見えない。川を探しているうちに水がなくなったらアウトだ。アイに聞いたところ、まずは水や食料などを確保しつつ、少しずつ行動範囲を広げていくのがいいらしい。
先ほど歩いた方向とは逆に海岸線へ沿って進んでいく。浜辺から少し離れた木々の下を歩くことによってできるだけ体力の減少を抑えていく。
「アイ、この木の実に毒があるか分かるか?」
『データにありません』
道中で小さな赤い木の実を発見するが、アイのデータにはないらしい。
どうやらアイは元の世界にあった植物なんかは判別できるが、それ以外の草木は判別できないようだ。それでも元の世界の安全なものを判別できるのは非常にありがたい。
『動物や虫などが食べている形跡があれば比較的安全であることが推察されます。実際に食べる前に段階的にテストをするといいでしょう。ですが触れるだけで危険な植物もあるので、今は放置することを推奨します』
「なるほど、了解だよ」
触れるだけで危険な木の実なんかもあるのか。アイに聞いておいて助かった。
「あった! アイ、あれはヤシの実か?」
『肯定します。ココヤシの実で間違いなさそうです』
浜辺沿いに生えている数本の木。実物は見たことがなかったけれど、ドラマとかネットで見たヤシの木だ。
先ほどアイに聞いたところ、元の世界でヤシ類の木は1億年以上昔の白亜紀からいろんな場所で生えているとてもタフな植物だから、この異世界にも存在してくれればと思っていた。暑い気候の海岸や砂浜などの砂質土壌で育つらしく、海岸沿いに生えているし、誰でも見たことがあるから漂流した時にヤシの実を探す意味がよく理解できた。
木に実っているヤシの木よりも落ちている実を狙うのが確実らしいが、近くに落ちた実が確認できなかった。別のヤシの木を探すという手段もとれるが、あれを落とせないか試してみたい。
「どうやってあれを落とせばいい?」
『現状では木を揺らす方法、それが無理なら石などを投げて落とす方法が推奨されます。また、木登りが可能であれば、そちらのほうがより確実となります』
「……木登りは無理だ。ついでに俺の歳は36歳で運動もあまりできないと認識しておいてくれ」
『承知しました。マスターの運動能力にはあまり期待できないと定義しておきます』
「………………」
いや、その通りなんだけれど、手厳しいな。まあ、AIなのだから最初は仕方がないか。どうか学習して優しくなってくれることを祈るとしよう。
木をゆすっても実は落ちてこなかったのでとりあえずそこいらにある石を投げて落とす方法を試してみよう。
「やった!」
あれから石を投げること十数回、ついにヤシの実を地面に落とすことに成功した。
それほど高い位置にあるわけではなかったが、石を投げて落とすのはとても難しい。一度直撃したのだが、石が小さくて威力が足りずに落ちなかったので、そこからもう少し大きな石に替えて試したところ、うまくいってくれた。
俺の肩が明日筋肉痛になることは間違いないだろう。
『マスター、ヤシの実が割れて中の水分が漏れてしまっていないか、すぐに確認することを推奨します』
「そうだった!」
アイの言葉に従い、すぐに落ちたヤシの実の元へ向かう。これで実が割れてしまい、中の水分がすべて流れ出てしまえば意味はない。
「よかった、割れて水分が漏れていることはないみたいだ。ここから殻を割って中身を取り出すのか。結構な労力がいるな……」
『マスターの身体能力を把握することができました。今後は長い棒などを使用してうまく落とす方法を検証します』
「ああ、そうしてくれると助かる」
改めて自分の身体能力のなさを認識できた。毎回この方法でヤシの実を確保するのは労力に見合わなすぎる。
「長い棒を用意するためにも、ヤシの実の殻を割るにしても、ナイフのような物が必要になるな」
『同意します。今後のことを考えても作成しておいたほうがよいと思われます』
確かだいぶ昔にネットで見たことがある。無人島にひとつだけ持っていけるなら何を持っていくかという質問である。その質問で一番多かった答えはナイフであった。
ヤシの実はまだあり、少なくとも多少の水は確保できそうだ。水や次の拠点や食料の確保にも必要になるし、先にナイフを作成するとしよう。
「ふ~む、この石とかどうだろう?」
『マスター、右奥にある石の方がナイフを作るには適しています』
「右奥というとこっちの石か?」
『いえ、その奥の石となります』
「わかりにくいな」
早速ナイフ作りに適した石を岩場で探しているのだが、ここにはたくさんの石がありすぎてアイがどの石のことを言っているのか分かりにくい。
『承知しました。ホログラムモードを起動します』
「ホログラム?」
ホログラムというと3Dを表示するあれのことか? そうか、謎のウインドウみたいに矢印でも表示してくれるのかな。
『マスター、こちらの石になります』
「なっ!?」
思わず大声が出た。
てっきり矢印でも表示してくれるのかと思ったのだが、突然目の前に小柄なメイド服姿の少女が現れ、大きな石を指差した。




