第16話 ホーンラビットの肉
ジュ~。
焚き火の炎がぱちぱちと弾けるなか、熱した石の上に載っているホーンラビットの肉が心地よい音を立てている。
じわりと肉から浮かんだ脂が火に落ち、煙とともに香ばしい香りが立ちのぼった。肉をひっくり返すとこんがりとした色に焼き上がっていく。
「本当にうまそうだぜ!」
「ああ。タロイモもおいしかったけれど、やっぱり肉だよな」
もちろん昼に食べたタロイモはとてもおいしかったが、やはり野菜と肉は違う。この暴力的な脂の香りは本能を直接刺激してくる。
「よし、こんなものだろう」
竹を割って箸代わりにし、石の上でこんがりと焼けた肉を竹で作った皿へと運ぶ。竹を半分に割って作った器は30センチメートルほどあって貝殻の器よりも大きい。
ホーンラビットの肉の他にも昼と同様に見つけたタロイモも焼いてある。味付けは当然塩のみだ。
「それではいただきます」
「そういやおっさん、昼間もやっていたけれど、それはなんかの祈りごとか?」
俺が貝殻の皿を前にして両手を合わせていると、ルナはその仕草を不思議に思ったようだ。
「これは俺の国の風習で、食材や料理を作ってくれた人に感謝を込めているんだよ」
『この仕草には食べ物の命をいただくことへの深い感謝の気持ちが込められています。同様に食事が終わったあとも食材になった命への感謝と作ってくれた者に対する感謝の気持ちを込めています』
いただきますとご馳走さま。どちらも食材となってくれた命や作ってくれた人への感謝の気持ちである。
「2人の国はいい国なんだな。よし、いただきます! ……これでいいのか?」
「ああ、バッチリだよ」
前世でもおこなっていたいただきますとご馳走さまだが、今この無人島で2日間生活をしたこともあって、より一層感謝の気持ちを感じるようになった。
スーパーでたくさん並んでいた肉のパックひとつひとつがこのホーンラビットと同様に生きていた生命で、その生命を育てた人に解体した人や販売した人など多くの人の手を渡っている。このホーンラビットの肉にも生命に感謝しながらいただこう。
竹の箸を使いながら焼き上がった肉を口へと運ぶ。
「うっ、うまい!」
「ああ、こいつは最高だぜ!」
表面はカリッとした食感で、その中からは熱々の肉汁がジュワッと溢れて舌の上で味が爆発する。肉の油の旨みと海から作った塩の味が絶妙に絡み合い、喉を通る。
淡白なはずのホーンラビットの肉は思った以上に柔らかく、ほのかな甘みと野趣のある香りが口いっぱいに広がり、噛むごとにその味は口いっぱいに広がった。肉というものはこれほどまでうまかったんだな。
「ホーンラビットは珍しくておいしい魔物なの?」
「いや、どこにでもいる普通の魔物だぜ。まあ、この状況で食えば大抵のものはうまいぜ」
「なるほど」
これまでにウサギ肉を食べたことがなかったのだが、味付けは塩だけでもこんなにおいしいものなのだろうか? もちろんルナの言う通りこの状況で焼いた肉を食べられればうまいことは間違いないが、それを差し引いてもうまかった気がする。
アイから聞いた話だが、普通の動物とは違って魔物は魔力というものを持っているらしい。もしかすると肉がおいしいのはその魔力というものが関係している可能性もあるな。
「それにしてもおっさんは2本の竹を器用に使うな」
「俺の国だと箸といって、普段からこうやって食べていたんだよ。余裕が出てきたらフォークやスプーンも作りたいところだな」
『竹があるので作成は容易かと思います』
ルナは箸を使ったことがないようなので、串のように削った木の枝で突き刺して食べている。
竹のフォークとスプーンか。悪くないかもな。
「いやあ~本当においしかった。これもルナのおかげだよ、ありがとう」
「俺の方が散々世話になっているから気にすんなよ。ああいったちっこい魔物なら危険はねえから狩っても大丈夫だろ?」
『はい。ですがこの島の規模ならもっと大きな生物が存在する可能性が高いので、十分にお気を付けください』
「おう。心配してくれてサンキューな」
焼いた肉とイモによって十分にお腹が満たされた。やはり肉があると満足感が違うな。
俺も罠や武器を作って狩りに出ることを考えたほうがいいかもしれない。もちろん直接戦闘するのは怖いので、罠や遠距離から攻撃できる弓矢なんかが優先だが。
『マスター、完全に日が暮れる前に拠点に使うための竹の加工を始めた方が良いと進言します』
「おっとそうだった」
すでに日が傾いてきている。夜に火を使うと野生動物を引き寄せてしまうかもしれないので、今のうちにできることをしなければ。
まったく、休んでいる暇もないな……。




