第15話 解体作業
見た目は普通の50センチメートルほどの灰色のウサギだが、その頭からは15センチメートルほどの角が生えている。なるほど、スライムもそうだが、この世界には見知らぬ生物が多いんだな。
ルナはの右手には真っ赤な血が付着しているが、それはこのウサギの首元から流れている血だろう。
「こいつはホーンラビットだ。今日は久しぶりに肉が食えるぜ」
「おおっ、そいつはご馳走だ!」
昨日はヤシの実だけで、今日はイモやベリーなどの食材を手に入れてだいぶ豪勢になったと思っていたら、まさか肉まで食べることができるとは最高だ。
『焼いた肉からはたんぱく質や脂質などの栄養がとれます。また、十分なカロリーを摂取できるので、貴重なエネルギーとなります』
「相変わらずアイの言っていることはわからねえぜ」
アイの言いたいこともわかるが、今は栄養というよりも肉が食べられるという事実がとても嬉しい。肉や魚を食べてこそ人間の食事という感覚がするんだよな。
それにしてもルナのおかげで助かった。俺一人だったらああいったウサギを狩るには罠を張らないと駄目だっただろう。採取生活から狩猟生活に移る日も近そうである。
「この辺りなんていいんじゃないか?」
「ああ、いいと思うぜ」
海から荷物を置いた川の上流へ戻りつつ、拠点になりそうな場所を探す。
アイのアドバイスに従い、雨で川が増水して沈まないように川から少し離れた場所かつ、この場所のように片側が小さな崖となっていて外敵を防ぎやすくなる場所を選んだ。
「そんじゃあ解体は任せるぜ。俺は荷物と竹を取ってくるからよ」
「ああ、了解だ」
まだ日が暮れるまで時間があるので、いよいよ拠点を作り始めていく。
拠点を作る素材として優秀な竹を取るのは俺よりもルナの方が早いため、俺はルナが狩ってくれたホーンラビットを解体する。もちろんウサギの解体なんてしたことはないのだが、そこはアイのサポートで手順をナビしてもらう。
解体の経験のあるルナにやってもらいたいのだが、時間は有限だし手分けをして作業をしないとな。
「さて、それじゃあ始めるか」
ルナが狩ったホーンラビットは先ほどから首元を斬って両足をツタで縛って吊るしながら移動してきた。こうして獲物の体内に残っている血を外に排出することによって肉の味がおいしくなって保存期間が延びるようだ。これを血抜きというらしい。
そのあとは川の水でウサギの身体を洗い、毛についたものなどを取り除く。川からまな板代わりの大きめの石を持ってきて、石のナイフを用意する。肉を斬る時はより切れ味が必要なので、改めて石のナイフを研ぐように擦り合わせて刃先を鋭くしておいた。
『まずはこちらの足首の付け根に切りこみを入れて、そこからウサギの皮を剥いでください』
「………………」
初手からいきなりハードルが高いな。一昨日まで普通のサラリーマンだったおっさんにはハードすぎるぞ……。
だが生きていくためには泣き言など言ってられない。この狩ったホーンラビットの命に感謝していただかなければ。
「おっ、思ったよりも簡単に剝げるんだな」
『死んだ直後のウサギの皮は比較的簡単に取り除くことが可能です。毛皮は何かに使用する可能性もあるので、後ほどなめして保存しておきましょう』
「了解」
続けて頭と前足を斬り落とし、肋骨のある脇腹の辺りから肛門まで切り開いて内臓を摘出する。
『ホーンラビットという種類のウサギはわかりませんが、心臓と肝臓は食べられる可能性が高いです』
「ああ。念のためあとでルナに聞いてみよう」
内臓を取り除き、後ろ足も斬り落とし、細かく切り分けていく。腸や肺などの不要な内臓部分はあとでまとめて処分する。
もしも前世で解体作業をしていたら血の臭いや内臓などを見て気分が悪くなっていたかもしれないが、不思議と今はそんな気分にはならなかった。前世でも意識していなかっただけで、こうやって生き物の命をいただいて肉を食べていたんだと改めて考えさせられる。
月並みな考えかもしれないが、最後までおいしくいただいてやることが俺たちにできることだ。その命ありがたくいただこう。
『最後に川の水で血を洗い流して完了です。マスター、お疲れさまでした』
「アイもサポートをありがとうな」
肉に付着した血と手に付いた血を川で洗い流す。血が服に沁み込むと匂いがしばらく取れないらしいので、上は脱いでおいて正解だったな。
「お~い、戻ったぞ」
どうやらルナも戻ってきたようだ。その手にはたくさんの竹を担いでいる。本当にすごい力だな。
さて、少し早いけれど日が暮れてしまうと火が起こせなくなってしまう。アイの説明によると、焚き火は野生の動物の好奇心を刺激して惹きつけてしまうらしい。動物は火を怖がると思っていたけれど、どうやら違うようだ。
今のうちに火を起こして準備をしよう。




