第11話 着火方法
一度ヤシの木が群生している場所まで戻る。帰りはスライムのような魔物に遭遇することなく戻ることができた。
魔物はいなかったが虫なんかはだいぶ多かった。……本当に最悪の場合は昆虫食も試さなければなるまい。
とはいえ今日の昼が大丈夫そうなのは救いである。しかし、問題がひとつだけあった。
「芋を手に入れられたのはデカいけれど、生じゃ食えねえよな?」
『タロイモはサトイモ科の植物でシュウ酸カルシウムの針状結晶を多く含んでおり、生で食べると舌や喉がチクチク痺れたり、強い刺激痛が出たりするので生殖は危険となります。焼く、煮る、蒸すなどの加熱処理が必須です』
戻る際に先ほど発見したツルの下を掘ってタロイモをゲットした。それほど深くなくて助かったが、スコップのようなものがあると便利そうだよな。
タロイモは濃い茶色をした里芋のような色をしている。中身は白く、台湾などのスイーツでよく使われる芋らしい。貴重な食料ではあるが、火を通さないと食べられないらしい。
「火打石なんかはねえし、面倒だが燃えやすい木を探して擦って火をつけるか?」
「いや、もっと楽な方法があるよ。先に燃やせそうな枝や葉っぱを集めてこよう」
「……おっさんは何をしているんだ?」
「こうやって太陽の光を集めて火をつけるんだよ」
森の入り口で燃えやすそうな木の枝などを集めてきた。
そして今は海水を入れたペットボトルをかざして陽の光を集め、火種であるティッシュに火をつけているところだ。
「おっ、煙が出てきたぜ!」
「本当に持っていた物で火がつくものなんだな」
『水を入れたペットボトルは凸レンズと同じ役割を果たし、太陽光を一点に集めることで、可燃物に着火させることができます。窓際に置いたペットボトルや金魚鉢によって火が点き起こる火災を「収れん火災」と呼びます』
「相変わらずアイの言っていることはよく分からねえけれどすげえな!」
アイの知識によって俺の世界の道具であるペットボトルとティッシュを使う。それに加えて持っていたペンのインクでティッシュの中心を黒くぬりつぶしておいた。こうすることでさらに火がつきやすくなるようだ。
これでも駄目な場合はスーパーの弁当のプラスチックの蓋に海水を入れて同じレンズを作り、鏡を使ってさらに光を収束させるつもりだったのだが、これで十分だったようだ。確かにこの無人島の日差しは元の世界よりも強いかもしれない。
……いや、最近の日本の夏の日差しも同じくらいヤバいか。俺が小学生の頃は気温が低くてプールに入れなかったり、寒い中で唇を青くしてプールに入ったりしたものだが、今の小学生は暑すぎて熱中症の危険がありプールに入れないらしいからな。時代は変わったものだ。ちょっとおっさんっぽいか……。
「よし、火がついた。これにヤシの実の茶色いヒゲのような繊維に火を移して、そこから木の枝に火を移してと……」
火のついたティッシュにココヤシファイバーと呼ばれるヤシの茶色いヒゲのようなものをのせて火種を大きくする。
アイの情報によると未成熟な緑色のヤシの実にはないが、成熟した茶色いこいつはタワシの素材にも使われるようで、着火剤としても優秀らしい。そこから細い木の枝、太い木の枝と火を大きくしていく。
これまでならコンロのツマミをひねるだけで火がついていたものだが、火を起こすだけでこれほど大変だとはな。だけど苦労したぶん、なんともいえない充実感があった。間違いなく日々の社畜生活では得られないものだ。
「よっしゃあ、早速イモを焼こうぜ!」
「ルナ、ちょっと待ってくれ。先にこっちからだ」
「ああ、おっさんが朝やってたやつか。でも海水なんて何に使うんだ?」
「海水から塩を作るんだよ」
今日の朝いくつかの貝殻で海水をすくい、日の当たる場所に置いておいた。すでにすべて蒸発して白い塩が取れた貝殻もあるが、多くの貝殻には濃い液体が残っている。あとはこれに少しだけ火をかけて蒸発させ、塩を精製する。
石を積み上げた竈の上に石の板を置いて熱する。その上に蒸発して濃度が濃くなった海水の入った貝殻を置いてさらに水分を飛ばしていく。
『塩が結晶となり始めた上澄みの水はにがりと呼ばれるもので、苦みが含まれるため、ちゃんとした塩を精製する時は取り除いた方がよいでしょう』
「にがりって豆腐を作る時に使うあれか。それは知らなかったな」
「俺には何が何だかさっぱりだぜ……」
今回はそれほど量もなく、ミネラルの補給にもなるらしいので海水をそのまま使う。できた貝殻を冷ましている間に石の板のまな板の上で石のナイフを使って皮をむいてカットしたイモを焼いていく。
……やっていることは本当に石器時代の原始人のそれだな。しかし、タロイモの方からはとても良い香りがしてきた。焼けたイモに塩をかけて完成だ。
この無人島に来てから初めてまともに調理をした気がする。デザートには桑の実もあるし、早速実食といこう。