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第1話 気付けばここは無人島!

「………………」


 目の前には雲ひとつない青空と果てしなく続く透き通った青い海。足下には真っ白な砂浜。そして反対側には緑色の木々がうっそうと生い茂っていた。


 映画やドラマなんかのワンシーンにでも出てきそうな海岸といったイメージである。こんな場所で休暇を過ごせたのなら、さぞかし最高の気分だろう。


 もちろんこの美しい光景が単に旅行に来ていただけというのならば実に結構。だが、俺はこんな場所にやってきた覚えはない。確かコンプライアンスを意識する令和のご時世に逆行するかのごとく、絶賛二十連勤を指示してきたブラック企業での仕事が終わり、ようやく帰宅したところまでは記憶に残っている。


「スーパーで買ってきた半額弁当とお茶と酒はあるからそれは間違いない。確かそれから……」


 右手に持っていたビジネスバッグと左手にあるスーパーで購入してきた弁当と飲み物の入ったビニール袋は確かに俺の記憶にある。アパートの階段を昇っているタイミングで胸に急激な痛みを感じた。そして階段から転げ落ちた後より先の記憶が完全に途切れていた。ということは――


 俺は死んでしまったのか?


 神隠しのような瞬間移動かとも考えたが、これまで経験したことのない胸の痛みから考えると、あのまま死んでしまった可能性が高い。あるいは現実では手術中とかで生死の境をさまよっているかだ。これまで不摂生な生活を続けていたことだし、残業や連勤続きで身体を酷使してきたこともあって、死んでしまったとしても不思議ではない。


 両親も他界して、結婚どころか彼女もいなかったこの36年間の人生を振り返ったところで、それならそれでいいやと思えてしまうくらいに俺の人生は空虚なものであった。


「なんで俺はこんなところにいるんだ?」


 誰もいないというのに思わず独り言が自然と口から出てしまう。


 あまりにも非現実的なこの光景に対して、自問自答のような問いを口にせずにはいられなかった。


『あなたは死んでこの世界へと転生したからです』


「うおっ!?」


 どこからともなくに無機質な声が響いた。そして俺の目の前にウインドウのような物が突然現れる。そのウインドウには日本語で頭の中に響いた声と同じ言葉が日本語で表示されていた。


 突然の出来事に変な声が出てしまう。その半透明なウインドウに触ろうとしてみたが、触れることはできずに指が通過してしまった。


「……いったいこれは何なんだ?」


『これはあなたの能力です』


「能力? それに俺が死んだとはどういうことだ?」


 先ほどまで浮かんでいた半透明のウインドウが消失し、俺の問いに対して新しいウインドウが現れた。


『スキル【AI】によってチャット機能が使用可能となりました。この能力はあなたが前世で死亡し、この世界へと転生した際に得た能力となります』


「………………」


 スキルって漫画かゲームかよ。俺もおっさんだが、その辺りは嗜んでいる。


『このスキルの他には【共通言語】というスキルを所持しております。この世界で使用されている共通言語という言葉を理解することが可能となります』


「【AI】と【共通言語】ね。というか、やはり俺は死んでしまったのか……」


 これまで大した人生を歩んできたわけではないと自覚している俺でもさすがにショックだ。しかし――


「暑い。まともにこれまでの人生を振り返ることすらできないのか……」


 これは夢だと思いたいのだが、ジリジリとした暑さが一瞬でこれが現実だということを物語っている。仕事帰りの黒いスーツなので、この暑さはさすがにヤバい。荷物を持って木陰へと避難して、スーツやネクタイは脱ぎ、ちょうどよい高さの木の枝にかけておく。


 さて、死んでしまったことはもうどうにもならない。とりあえず現状を確認しよう。これまで36年も生きてきたこともあって、死んだと言われても変に取り乱すことはなかった。まあ、結婚もしていないし、我ながらそこまで未練のある人生でもなかったからな。


 むしろ死んでしまったのなら、あんなブラック企業から解放されてせいせいするまである。そんなブラック企業ならさっさと辞めろとは思うのだが、そう簡単に行かないのが人生なんだよ……。


「それでAIさん、ここは別の世界と言っていたけれど、地球ではないってことでいいのかな?」


『はい。ここは地球でも、あなたのいた世界でもありません』


 異世界ってことか。俺の質問に答えてくれる謎の声とウインドウがある時点で少しだけそんな気はしていた。


「それじゃあここはどこなんだ? 国名とかがあったら教えてくれ」


『この島に特定の名前は存在しません。また国名も不明です』


「島! ここは島なのか!?」


『はい。自然に形成された陸地であり、四方を海に囲まれ、それほど広くない大きさであるこの場所はあなたの世界の島の定義と一致します』


 確かに海が見えているが、どこかの陸地の海岸かと思っていた。


「ここに人はいるのか? どこへ行けば人に会える? というか、俺は元の世界に帰れるのか?」


 この場所が島だということがわかると一気に危機感を覚え、AIさんに聞きたいことが溢れてくる。


『この島に人は生息していません。人が生息する陸地へ今すぐ移動する手段は現状ではありません。同様にあなたが元の世界へ帰る方法も存在しません』


「……そうか」


 どうやらここは無人島のようだ。そして俺が元の世界どころか人のいる場所へ移動する手段は存在しないらしい。


『ただしこの回答は現状ある情報から得た結論であって、今後あなたが得た物や状況によって変化する可能性があります』


「なるほど……。この島の全体地図を出すことは可能か?」


『不可となります。ただし、あなたがこの島の全体を見て回れば可能となります。また、現状把握している部分のみなら可能となります』


 その回答と同時にウインドウには小さな海と陸地の図が表示された。これは現在俺が周囲を見回して把握した海と浜辺の部分ということだろう。


 最初このAIスキルとやらは俺の知りたいことをすべて答えてくれる全知全能の存在かと思ったが、このスキルが知っている情報の範囲内に限られるようだ。


 AI――Artificial Intelligence(人工知能)は大量のデータに基づきパターンを学習し、予測や判断を行っていく。しかしそれは現状ある情報からしか判断を得ることができず、学習を繰り返すことによってその精度を上げていく。


 つまり現状はできなくても、今後俺が得た物資やこのAIというスキルが学習を繰り返すことによりできる可能性があるということだ。うん、少しだけ希望が出てきたぞ。


「AIさん、これから俺はどうしたらいいか教えてくれ」


『了解しました。まずは現状の把握、物資の確保、シェルターの確保を提案します』


「ふむふむ……これは助かるな」


 ウインドウが表示され、それぞれ項目ごとに提案をリスト化して表示してくれていた。


 まずはしばらくこの島で過ごせる安全を確保し、それからこの島以外の場所へ行く方法なんかも記載されていた。AIさんはだいぶ気が利くようだ。


「身体は問題なさそうだ。なるほど、漂流物をチェックすれば便える物が見つかるかもしれないし、この世界の文明レベルなんかもわかるかもしれない」


 まずは怪我などないことを確認し、動けることを確認する。少し暑いが、問題なく行動することができそうだ。無人島では怪我など必要以上に注意しなければならない。小さな怪我でもそこから菌が入り、大事になってしまう可能性もあるそうだ。


 海岸を少し見て回り、そこから漂流物がないかや何か人工物が見えないかを確認した方がいいらしい。大抵の海岸にはゴミが流れついていて、そのゴミからいろんな情報がわかるようだ。




「……くそっ、ゴミがひとつもないか。潮の関係もあるかもしれないけれど、あまり文明は高くないのかもしれない」


 10分ほど海岸沿いを歩き、周囲を確認しつつ何も見つからなかったため元の場所へ戻ってきた。


 見渡す限り人工物が何ひとつなく、ゴミなどがまったくなかった。日本の海だとどこへ行ってもゴミがあるイメージだが、プラスチックやビニールなど海を長時間漂っても残るような物質はこの世界にまだ存在していないのかもしれない。


「今のところは貝や虫みたいな生き物はいたけれど、そこまで危険なものはなさそうだ。現状はある程度把握できたし、次は物資や拠点の確保か」


『水、拠点、食料と火といった順番で確保していくことを提案します』


「なるほど、水が大事なのは知っているけれど、その次は食料じゃなくて拠点なんだな?」


『はい。詳細は下記に記載します』


 続けてウインドウに記載されている情報を読む。人は水がなければ数日で死に至るため、漂流や遭難した場合にはこれが第一優先となる。


 続いて拠点の確保。これも雨風や野生動物から身を守るために必須のようだ。また、この島の気温や天気がどう変化するかわからないため、食料よりも先に確保することが推奨されている。確かに夜に寒くなったり、急な雨風で体温が低下して動けなくなったらその時点で詰む。


 雨風なんかを防ぐため洞窟や木の根元のくぼみなどを利用するのがいいらしい。いろいろとやることが山積みだ。


 ……問題は体力がもつかだな。基本的にほとんどデスクワークをしていた俺には体力がない。普段運動をしていないおっさんの体力はヤバいのである。


「AIさん、水を確保する方法について――なんかいちいちAIさんと呼ぶのは面倒だな。なにか名前なんてものは……さすがにないか?」


『はい。そのような特定の名称などは持ち合わせておりません』


「……それじゃあ、これから俺はAIさんのことをアイと呼ぶことにしよう。今から君の名前はアイだ」


 長い付き合いになりそうだし、これから毎回AIさんと呼ぶのは面倒だ。これからは親しみを込めてアイと呼ぶことにしよう。


『承知しました。AIをローマ字読みしてアイというシンプルな名称で良いと思います。あるいは愛という漢字の意味も込められているのかもしれません』


「………………」


 そういったAIらしい分析はいらないのだがな。もちろん前者の考え方である。


『私はあなたのことを何と呼べばよいでしょうか?』


「そうだな、俺の名前は海島琉(うみしまりゅう)というんだが……マスターと呼んでくれ」


『主人を意味するマスターですね、承知しました。マスター、これからよろしくお願いします』


「ああ、とても頼りにしているぞ。これからよろしく頼む」


 AIにマスター呼びさせるおっさんだが、男たるものマスター呼びされることはロマンでもあるのだ。あとはこのAIがメイド姿の女性ならばさらに完璧だったのだが、今はそんなアホなことを言っている状況ではない。


 さて、まずは水の確保からか。


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