第5話 侵攻を止めたら、私が世界最恐になってました
朝、王宮の広間で突然の報告が入った。
「聖女様、隣国が大規模な軍を動かして、我が国に侵攻の準備を進めています!」
美月は、昨日作ったパンを手に取りながらぼんやりと聞いた。
「……えっと、また戦争? 私はパン屋を開くつもりなんですけど」
王宮中が凍りつく。
「パン屋……!? いや、今は国難の最中です!」
「聖女様、どうかお力を……」
美月は小さく首をかしげた。
「えっと、私、戦うつもりはないんですけど……」
しかし、隣国の軍勢が城下町に近づくと、自然に手をかざす美月。
「……あれ?」
光が彼女の手から溢れ、あたり一帯に広がった瞬間、隣国の兵士は足を止め、盾も剣も握れなくなった。
さらに、城門の前に設置された攻城兵器が、なぜか自壊。
「な、なんだこれは……!?」
将軍たちは驚愕し、兵士は逃げ惑う。
美月はただ肩をすくめる。
「うーん、敵が来たから、ちょっとだけ止めただけなんですけど……」
だが、この“ちょっとだけ”が、世界最恐の災厄の威力だった。
兵士たちは跡形もなく城外に飛ばされ、攻城兵器は爆発せずに消滅、城下町には傷ひとつつかず、民衆は無事。
この瞬間、隣国では大混乱。
「……あの少女、一体何者なんだ……」
魔王の情報網も報告を送る間に無力化され、王国全土で民衆が歓喜に沸いた。
「聖女様、守ってくださった……!」
美月は、ただ無邪気に笑いながらパンをかじる。
「うん、美味しい……って、あれ? みんな喜んでる……?」
神様は肩をすくめ、天からため息をついた。
「美月、君は自覚していないが、世界中を震撼させている」
「え、私……?」
そのとき、美月が作ったパンの香りが広がり、城内の兵士や貴族たちの疲れや緊張が一瞬で和らぐ。
「……聖女様、もう、何も恐れる必要がありません」
王宮中がその場にひざまずいた。
夜、美月は王宮の窓辺で、星空を見上げながらつぶやいた。
「……結局、私がやるのは、パンを作るくらいなんだけど……」
しかし、世界の命運は彼女の手の中で回り続けていた。
隣国の侵攻は止まり、魔王も自国の脅威を回避。
王国は平和を取り戻し、民衆は「聖女様の御手に救われた」と感謝する。
美月はまだ、自分の力が世界を左右する最恐の災厄であることを理解していない。
ただ、パン屋を開く日常を夢見て、今日も平凡に生きるつもりでいるだけだった。
だが、世界はすでに――美月の存在なしには成り立たない。
敵も味方も、国も民も――すべてが、無自覚少女・綾瀬美月を中心に動いていた。
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