第3話 刺客が来たけど、私が知らないうちに世界が絶望してました
王宮での歓迎式典から数日後、朝の静寂を破るように、城門の警報が鳴り響いた。
「警報! 城門に異常あり!」
王宮の兵士たちが慌ただしく動き回る。美月は、昨晩の月明かりの中で描いたパン屋の夢を思い浮かべながら、ぼんやりと階段を下りていた。
「また何か起きたの……?」
城門の外には、黒いマントに身を包んだ影が三人。隣国の刺客だという。王宮中が緊張する。
「聖女様! どうかお力をお貸しください!」
兵士たちの声に、美月は小さく首をかしげた。
「えっと……ただの普通の女子高生なんですけど……」
しかし、刺客が刀を抜き、城門を破ろうとした瞬間、光が彼女の手から自然に溢れた。
「きゃっ!」
光の閃光の中で、刺客たちは一瞬にして蒸発。黒いマントも、武器も、足跡すら残らない。
「……ええええ!? 私、またやっちゃったの?」
王宮中が息を飲む。
「聖女様……なんという力……!」
「これが……災厄の魔女……!」
美月はただ、無邪気に肩をすくめる。
「えっと、だって危なそうだったから……」
しかし刺客の一人は、異次元の光に包まれて完全に消滅していたらしい。
隣国の偵察兵が逃げ帰り、報告する。
「……あの聖女、どうやら……刺客どころか国ごと吹き飛ばす力を持っているようです……!」
世界の情勢が、一瞬で変わった瞬間だった。
隣国は急遽、会議を開き、王族たちは青ざめ、魔王までもが動揺したという報告が届く。
「え、私、普通に暮らしたいだけなんですけど……」
美月は屋上に出て、遠くに見える町並みを眺めた。
昨日までの平和な村の日常、そして自分が描いていたパン屋の夢。
「……どうしてこうなるの……?」
しかし、彼女の手元には、昨日作ったパンのレシピ帳がある。
「まあ……とりあえず、パンでも焼こうかな……」
その時、神様がひょっこり現れた。
「美月、君は気づいていないが、世界が君中心に動き出している」
「え、え、どういう意味……?」
神様は苦笑いしながら言った。
「君の力は、無自覚のまま戦場すら平定できる。敵は震え、味方は救われる。しかし君はただ、平凡な日常を望む……」
美月は小さくため息をつき、空を見上げた。
「平凡って、難しいのね……」
その夜、王宮の窓から見下ろす街は静かだが、実は誰もが美月の存在を恐れ、世界の均衡はすでに彼女の手の中にある。
刺客も、魔物も、国も――誰も逆らえない。
美月は気づかない。
ただ、パン屋の夢を叶える日常が、世界最恐の災厄によって支えられていることを――。