第1話 転生したら、聖女って言われました
目が覚めると、見知らぬ森の中だった。
緑が濃く、木漏れ日が踊っている。湿った土の匂い、鳥のさえずり、――どこか懐かしい匂い。まるで夢の中に迷い込んだような感覚だった。
「ここ……どこ?」
小さな声でつぶやくと、空気の中から声が返ってきた。
「やあ、美月。ようこそ異世界へ――君はこれから聖女として、この世界を救うのだよ」
え、誰? ――と振り向くと、天使のような光に包まれた神様らしき存在が浮かんでいた。
口調は優しいが、どこか劇的すぎる。日本語だし、私の名前も知っている。
「聖女……ですか?」
「そうだ。君には『癒しと浄化』の力が授けられた」
なんだかすごい響きだけど、17歳の普通の女子高生の私には実感がわかない。
どうせなら、もっとゲームみたいに「火を操る!」とか「剣で魔王を倒す!」とかの方が派手でわかりやすいのに。
神様は満足そうにうなずいた。
「では、試しに力を使ってみよう」
「え、試すって……?」
よくわからないまま手を伸ばすと、近くの枯れかけの花に触れた瞬間、光がふわりと溢れた。
花はみるみるうちに色鮮やかに生き返り、土から根を張って太陽に向かって咲いた。
「おお……! 見事だ、美月!」
神様が拍手する。しかし私には別に、すごいことをした自覚はない。
「ふーん、まあ、ちょっと花が元気になっただけ……かな」
その直後、森の奥から小さな獣が襲いかかってきた。
あ、危ない――と思って手を振ると、光が再び溢れた。
獣は――蒸発した。
……え?
消えた?
骨も、毛も、なにも残らない。
「いや、ちょっと待って、私、殺した?」
神様は笑顔でうなずいた。
「いや、美月、君はただ浄化しただけだ。罪はない」
……ちょっと待って、その“浄化”すごすぎるでしょ。
翌日、村に着くと、村人たちは私を見て歓声を上げた。
「聖女様! ようこそ!」
「村を救ってください!」
いや、私何もしてないんだけど……。
「えっと、私はまだ……」
しかし手をかざしただけで、村の井戸の水は清らかに澄み、畑の作物はみるみる成長した。
村人たちは涙を流しながら手を合わせた。
「これぞ聖女の奇跡……!」
私はただ、焦っていた。
「いやいや、私は役立たずじゃないですか! なんで皆そんなに……」
そのとき、遠くの山から轟音が聞こえた。ドラゴンの襲来だ。
村人たちは絶叫して逃げ惑う。私も走ろうとした――けど、なぜか手を伸ばすだけで、ドラゴンは光に包まれ、跡形もなく消えた。
……えええええええええ!?
「美月……君は本当に無自覚だな」
神様は困った顔でつぶやく。
「え、だって私、ただ祈っただけで……」
祈っただけで、ドラゴンを消滅させちゃったらしい。
そしてどうやら、国じゅうの人々からすでに「国の救世主」と呼ばれ、隣国からは「災厄の魔女」と恐れられているらしい。
その夜、疲れて森の中で寝転んで、私はぼそりとつぶやいた。
「……ただ、パン屋になりたかっただけなのに」
森の風がそっと頬を撫でた。
いや、世界がこんなに放っておくはずもない――次の日も、その次の日も、きっと何かが起こるだろう。
けれど美月はまだ知らない。
自分が世界最恐の“無自覚災厄”であることを――。