何せ人生百周目
リネアルーラは、まさかの事実に目が遠くなった。さっきまでの自分の行動を思い出して「あっちゃー」と目を覆った。
(まさか、いま向かっている国の皇子に遭遇するとか……)
ないわぁ、というのがリネアルーラの偽らざる本音である。思いっきりタメ口の、不敬だと言われてもおかしくない行為だった。
(やばい。国に入るなとか言われたらどうしよう。まだ飴細工、見てすらいないのに……)
ノクタリオンが聞いたら「気にするところそこですか?」と言われること間違いなしの考えだ。
だがしかしリネアルーラにとっては王族に不敬だと怒られて処刑されることよりも、飴細工が食べられないことの方が重要だった。何せ人生百周目なので。
一気に顔面蒼白になったリネアルーラに、片や不思議そうに、片や珍獣を観察するような目を向ける。
それに気付いたリネアルーラは、すぐさま姿勢を正して、淑女の仮面を被った。
「まさかシャンデイル皇国の皇子様だとは露知らず、大変失礼致しました」
「……気持ち悪いな」
「は? 私のどこが気持ち悪いって?」
ただしその仮面はすぐさま剥がされた。リネアルーラは血管をピキィッとさせながらシルヴェインを睨む。美少女が怒ると中々迫力がある。
睨まれた張本人は、さして興味がなさそうな顔で言い放つ。
「お前がその口調だと気持ち悪いと言っているんだ。さっきまでと同じでいい」
「では遠慮なくお言葉に甘えて! でも私を気持ち悪いって言ったのは絶対許さん。末代まで祟る」
「そうなればお前は王族を呪ったとして、本格的に牢獄行きだな」
「そうだった王族だったこの人!!」
リネアルーラの感情のアップダウンが激しい。
ノクタリオンは若干顔を引き攣らせながら、しかし思った。
ノクタリオンの主たるシルヴェインは、とにかく感情が薄い。
何を言われても無言の圧で終わらせるような人だ。無駄話を嫌い、とにかく効率的に物事を進める。
また、シルヴェインは女性をあまり好いていない。
シルヴェインは幼い頃からその整った容姿と、王族という肩書きから、それはもうモテていた。
しかもただの第二皇子ではなく婚約者のいないフリーの王族。まさしく格好の獲物といえた。
嫌というほど追いかけ回されて、挙句既成事実をつくられそうになったことすらある。
そのためシルヴェインは女性が声をかけても、全くと言っていうほど無視するのだ。
だがしかし。
ノクタリオンは視線を、濃紺色の髪を持つ少女に移した。
(シルヴェイン様は、リネアルーラ殿と、とても楽しげに話しておられる……)
いつも側にいたからこそ、ノクタリオンにはわかる。
いまのシルヴェインは、リネアルーラとの会話を、とても楽しんでいる。
ぎゃんぎゃんと王族相手に不平不満を叫ぶリネアルーラを見る主の目元は、常より少しだけ緩んでいた。
一体彼女の何が琴線に触れたのだろう、とノクタリオンは思った。
リネアルーラは確かに面白い少女だ。わかりやすく喜怒哀楽を示し、令嬢とは思えない戦闘力を見せつけ、だがそれを特別に思っていないことがわかる。
(彼女がこれからも、シルヴェイン様のお側にいてくだされば……)
そうすればシルヴェインを満たしてやれるかと、己の主に忠実なノクタリオンは思考を巡らせるのだ。
そしてそんなノクタリオンの考えは、リネアルーラに筒抜けだった。
(私がこれからも、シルヴェインと一緒にいて欲しい、みたいな気配を感じる……)
シルヴェインに不満を説きながら、たらりと冷や汗が背を伝い、疑問が頭を埋め尽くす。
過去の人生で芸能人をしていた経験が、そんなことを告げてくるのだ。何故かはわからないが。
はて、と考えてみるも、やっぱりよくわからないリネアルーラ。
「そんなことよりお前、なんでこの森に入ったんだ?」
「そんなこと!? そんなことって言った!? 私の十六年間の努力の結晶なんだからねあの『淑女モード』は!」
「どうでもいいな」
「みいぃぃっっ」
打てば響くようなシルヴェインの態度に、リネアルーラはとりあえず考え事は明日にして、いまは自分の感情をぶつけることに専念することにした。
普通の人の甲高い声のイメージ→「キイィィッッ」
リネアルーラの甲高い声→「みいぃぃっっ」
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