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当ててみてよ

 リメイヴァが湖の辺りまで戻ると、リネアルーラはシートに寝転がって地面の花びらを拾い、サンドイッチが入っていたバケットにそれをせっせと入れていた。



「……何やってんだ……?」


「あ、おかえりー。みてみて、この花びら可愛くない?」



 ちゃんっという謎の効果音と共にかざされたそれは、なるほど確かに可愛らしい。

 ハート型にも見える小さなそれは指先ほどの大きさで、薄い桃色をしている。



「まあ、確かに」


「でしょでしょっ? あんまり可愛いからさ、持って帰って香水にでもしようかなって。それに品種改良したら、桜モドキが出来そうだし!」


「サクラ?」



 にこにこな義姉の口から溢れた単語に首を傾げる。

 サクラ、ともう一度舌の上で転がしてみる。

 聞き慣れない響きの単語だ。発音が独特で、それが何なのか全くわからない。



「サクラってなんだ?」


「ふふふーんっ。桜は日本を代表する花でね、春にはお花見、夏は緑葉とケムシなる生物を眺めて来年を待つ。そんな花だよ!」



 リネアルーラは時々、意味のわからないことを言う。

 誰も知らない単語、誰も知らない国名。意味を訊かれれば誤魔化すように笑い、出所を訊ねれば「なんかどっかの本で読んだかなあ〜なーんて!」とのらりくり躱す。

 だがその謎の言葉を使って笑う彼女があまりにも魅力に富んでいるから、皆次第に口を噤むのだ。



「それに桜はね、正義の花なんだよ」


「正義の花?」



 リメイヴァが聞き返すと、リネアルーラは身体を起こした。

 彼女は目の前に掲げた花びらを見て、唇を綻ばせる。



「そ。この世のあらゆる極悪を縛り上げ、然るべき罰を与えて国民の平穏を守る正義の使徒。桜は、その一員である証」



 つらつらと語られる内容は、やはり理解できない。

 花びらを見ているはずのリネアルーラが“視て”いるのは、きっとここではないどこかなのだろう。

 その視線の先を誰も知らない。

 知ろうとする直前に、いつもの笑顔を浮かばれるからだ。


 リメイヴァに視線を戻したリネアルーラは、新しい知識を自慢する子供のように自慢げな顔になる。

 だがその目だけは、全てを見透かすような輝きを宿していた。



「いいこと教えてあげる。桜はね、散るんだよ」


「散る……? 枯れる、じゃなくてか?」


「桜は『散る』って表現するの。咲き狂ったら散って、もう戻らない。特別感あっていいよね!」


「いや別に」


「……そっか。うん、そっか」



 即答するとがっくりと肩を落とした。

 だがまだネタがあったらしい。すぐに復活してシャキッと背筋を伸ばす。



「桜は『散る』って言うけど、他にも特別な言い方の花があるんだよ」


「ふうん、例えば?」


「んーと、桜は『散る』、梅は『溢れる』、で椿は――――」


「……ツバキは?」



 霧散するように消えた先を促すと、リネアルーラは可愛く笑って「ナイショね! 知りたければ当ててみて!」とアイドルさながらにウインクしてみせた。

 いらっとしたリメイヴァは、その白い額を指で弾く。



「痛ァ!」


「阿呆らしい。帰るぞ」


「ええー! ヤダヤダヤダァ、もうちょっとだけ!」


「お前の“もうちょっと”はちょっとじゃねぇんだよ!」



 忘れもしない、皇城に来て一週間ほど経ったある日。


 珍しく夕食に遅れたリネアルーラは、食後に探してみると図書館にいた。

 熱心に料理本を読み漁っていて、横に積み上げられた本の数はなんと24冊。

 夕食に来ないのかと問い掛けると、本から目を離さずに『もうちょっとだけ……』と言われたので、リメイヴァは律儀に待った。


 そして積み上げられた本の数が30を超えかけたとき、とうとうリメイヴァはキレた。

 最終的に小一時間ほど待たされたリメイヴァは、以来リネアルーラの“もうちょっと”を一切信用しなくなったのだった。



「オレは帰るぞ。ったく、なんでオレをこんな所に連れて来たんだよ。お前ひとりでもよかっただろ?」


「……あーらら。リメくんがここまで鈍感だっただなんて、お姉ちゃん知らなかったよ」



 リネアルーラがするりと目をすがめる。

 その表情に思わず眉を顰めて、「鈍感ってなんだよ」とリメイヴァは吐き捨てた。



「どうせオレを連れて来たのは、ただの気紛れだろ? お前はいつもそうだからな。思わせぶりなことを言っておいて、結局はその場の気分なんだ」


「半分当たりで、半分外れ。……はぁ。リメイヴァがここまで脳無しだったなんて、ちょっとがっかりだよ」


「ん、な……っ!」



 今までされたことのない露骨な言い方に、胸の中に冷たい感覚が広がる。

 リメイヴァにはもう興味なんてないとでも言うように膝に頬杖をついている様子も、リメイヴァに得体の知れない感情を与えた。



 リメイヴァからするとリネアルーラは、今までずっと『何をするかわからなくて、常識外れで規格外。でも天真爛漫で、人に愛される魅力に富んだ義姉あね』だった。


 だが、今ならその認識は間違いだったと言える。


 彼女は、ただ“規格外なだけ”の純真な義姉ではない。


 今のリネアルーラが纏う空気は、そう、言うなれば。



 ――――圧倒的な、支配者の気配。




「ねぇ、リメイヴァ。当ててみてよ」




 蕩けた瞳で彼女は笑う。

 蜂蜜に混ぜ込んだ毒を隠そうともせず、愛しい弟に言葉を放つ。




「私がどうして、あなたをここへ連れて来たのか」




 私の弟なら、わかるはずだよ。



 そう微笑む彼女の瞳は、甘いようで冷め切っている。


 何も言えないリメイヴァの脳裏に、今までの人生が映し出された。

次回、リメイヴァの過去編です。どうぞ乞うご期待。


日本の警察手帳にある花は桜なので、桜は『正義の花』なんです。

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