わぁお
「――気付かれていたか」
「はいっ、私、気付いちゃいましたーっ!」
出てきた青年の二人組に、リネアルーラはにこーっと満面の笑みを向けた。それに対して一人は警戒の体制をとり、もう一人は片眉を上げた。
先程声を発したのは後者だ。
限りなく白に近い白銀の髪、アメシストを思わせる鮮やかな紫眼は、しかし何の感情も宿していなかった。酷く整った顔立ち。冷たい無機質のような美貌。
もう一人は、アメシストの彼に付き従うように、一歩後ろからリネアルーラを見ていた。
艶やかな黒髪に、夜明けの空のような紅の瞳が映える青年だ。もっとも、その瞳はいまもリネアルーラを警戒する光が灯っているが。
二人はとても仕立ての良い服を着ていて、元公爵令嬢のリネアルーラから見ても、素晴らしいとしかいえないものだった。
アメシストの彼はシンプルな黒を基調とした服で、所々にある細かな金の装飾が、決して嫌味ではない美しさを演出している。その上に黒いローブを着ているが、それもまた艶があり美しい。
夜明け色の彼はアメシストの彼に合わせたような黒の服で、金ではなく銀の装飾、銀縁の黒いローブだ。
従者とかなのかな、とリネアルーラは笑顔の下で考える。主人の服装に合わせて従者も服を決めるというのは、ごく普通のことだ。
リネアルーラはその蜂蜜色の瞳を輝かせた。もし夜明け色の彼が従者なら、そんな彼が付き従うアメシストの彼は一体何者なのか。そこにあるのは純粋な好奇心のみ。
うら若き美少女からきらきらとした視線を向けられ、夜明け色の彼は思わず「うっ」と声を漏らした。
「ねーねー! アナタたちは誰? なんでこの森にいるの?」
「……その質問、そっくりそのままお返ししても?」
「あ、そっか。人に名前を訊くときは、まずは自分から名乗るのは礼儀なんだっけ」
一応言っておくが、リネアルーラの言っている礼儀とは、ニホンの礼儀であってこの世界の礼儀というわけではない。
夜明け色の彼は、先程盗賊たちをたった一人で撃退したのが、目の前の純真無垢な少女とは結びつかなかった。明らかに様子が違いすぎる。
その困惑を感じ取ったリネアルーラは、クスリと笑って姿勢を正した。
リネアルーラは淑女としてカーテシーを披露しようとして、「そういえばスカートじゃないんだった」と、紳士の礼たるボンアウドスクレープに切り替える。
右足を後ろに引き、右手を体に添え、左手を横に伸ばすような形でお辞儀する。
「お初にお目にかかります。リネアルーラ・リサンドラ・レイヴンシェイドと申します」
その惚れ惚れするような優雅な所作に、夜明け色の彼はほぅ……っと感嘆の息を漏らした。普段貴族として、そして紳士として見る機会が多い彼でも、リネアルーラの礼は美しかった。
しかしアメシストの彼は、そんなリネアルーラの礼を無感情に眺めるだけで、何の感情も見せない。それがリネアルーラはなんだか面白くて、どうしたら感情を見せてくれるのかと考えてしまう。
「それでそれで、アナタたちは? 私はちゃんと言ったよ!」
「……そうだな」
あれ以来一度も声を発していなかったアメシストの彼が、ようやく口を開いた。
相変わらず感情を見せない声で、淡々と告げる。
「シルヴェイン・ジャズ・キャルアルデーラだ」
「シルヴェイン・ジャズ・キャルアルデーラかあ! なるほどなるほど……」
ふんふんと頷いて、アメシストの彼――シルヴェインの名前を記憶したリネアルーラは、興味の目を次は夜明け色の彼に向けた。
それに気づいた彼は、紳士の礼をとりながら名乗りをあげた。
「シルヴェイン殿下の従者の、ノクタリオン・イーデンと申します」
「ふむふむ、シルヴェイン殿下の従者……………………んっ?」
なんかよくわからん単語出てきた気がする、とリネアルーラは現実逃避気味に思う。この男はいまなんとほざいたのだろうか。
「…………シルヴェイン、殿下? …………えっと、殿下って?」
ヒクヒクと口の端を痙攣させながら、リネアルーラは恐る恐る尋ねる。
それに対して鷹揚に頷くノクタリオンは、確かに大物だったと後にリネアルーラは語った。
「はい。この方は、シャンデイル皇国第二皇子、シルヴェイン・ジャズ・キャルアルデーラ様で御座います」
「…………わぁお」
それしか感想が出ないリネアルーラであった。
読んでくださってありがとうございます!
高評価とブックマーク、よければぜひともお願いします。