モーニングコール機(別名:義姉)
朝日が差す廊下を、彼女はゆったりとした足取りで歩く。
この世の全ての苦痛を知らぬような、天真爛漫な表情だった。僅かに漏れる上機嫌な鼻歌に、すれ違う者は皆微笑ましそうな視線を送る。
時折窓の外を見ては口を緩めるのは、数日前のことを思い出しているのだろうか。
辿り着いた扉の前で、彼女は笑みを深める。
そして――。
「グッドモーニング、マイブラザー!! お姉ちゃんが起こしにきたよ!」
「うるっせええええええええ!!」
勢いよく扉を開いて響いたモーニングコールは、朝早くから起こされた弟の怒りの叫びに相殺された。
裏オークションに潜入して早三日。
リネアルーラは、新しくできた可愛い弟に浮かれまくっていた。
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「着いたよー」
「……本当に皇子だったんだな、シルヴェイン」
目の前にそびえ立つお城に、まだどこか信じきれていない声色で呟くリメイヴァ。
それに同調するように、リネアルーラもうんうん頷く。
ちなみに変装はすでに解いている。ウィッグとカラコンを外し、用意していた化粧落としで素顔になった二人に、リメイヴァは「変わりすぎだろ……」とやや引いた。
「いきなり“実は俺皇子様でーす”なーんて言われたら、びっくりどころじゃないよねぇ」
「オレとしては、お前のあの宣言の方が驚きだけどな」
先の弟にします宣言を思い出し、「わかる。わかるよぉ」となっているリネアルーラに突っ込む。
正面の扉が開くと、深夜にも関わらず、幾人もの侍女や侍従がいた。
およ、と驚いて眉を上げる。
侍女たちは皆、リネアルーラと仲がいい子ばかりだった。
「リネ様!」
リネアルーラの専属侍女が、涙目になりながら駆け寄ってくる。
それに苦笑しながら、慰めるように肩を叩く。
「あはは、心配かけちゃったかな? ごめんね」
「あ、当たり前です! ……リネ様がご無事で、よかった……」
どうやら、夜中にリネアルーラがいない事実に気づき、相当焦ったらしい。おいおいと泣き出してしまう。
あーあーとどうにか泣き止ませようとするリネアルーラ。
「や、私そんなにやわじゃないし。そんなに心配しなくても……」
「そう言いながら、誘拐されて危うく死にかけたことがありましたよね!?」
「…………………………」
いつしかの日を折り合いに出されて、そっと視線を外すリネアルーラ。
後ろではリメイヴァが「は? 誘拐? 死にかけ……は? は??」となっていた。
他の侍女たちも、ホッとしたような空気だった。申し訳ないと素直に思う。
「それで、リネ様。その方はどなたですか?」
リメイヴァを見ながらの質問に、そういえば言い忘れていたとリネアルーラは笑った。
そして至極当然のように言った。
「私の弟のリメイヴァだよ!」
「「「………………………………………………………………………………………………………………………………………」」」
と、侍女たちはかなり時間をかけてリネアルーラの言葉を咀嚼し、ゆっくりと目を瞑る。
そして思い出す。主が今までやらかしてきた破天荒な行動の数々を。
誰もが恐れる強面マッチョの庭師と秒で仲良くなり、共にハサミ片手に棘だらけの茨の中に突っ込んだ(なぜか怪我はなかった)。
地上三十メートル以上ある大木を登って、風で飛んでひっかかっていた洗濯物を取って飛び降り、一回転して華麗に着地した。
そして終いには、お城を抜け出して誘拐され、かと思えば命懸けの脱出劇を繰り広げながら自力脱出した。
そこまで思い出して思考を止める侍女たち。
そして菩薩のような穏やかな顔で思うのだ――今まで彼女がしてきたことに比べれば、突然似ても似つかぬ弟ができることくらい軽いではないか、と。
全員同時に結論を出して、一斉に頷く。
「かしこまりました。湯浴みの準備をしてまいります」
「お願いね〜」
「いや戸惑えよ!?」
もはや慣れきってしまった侍女代表の言葉に突っ込むリメイヴァ。
その肩にポン、と手が乗る。
全てを受け入れる聖母な顔のノクタリオンだった。
「リネアルーラ殿に関しては、早めに慣れる、あるいは諦めるが吉ですよ」
「…………諦める、とは」
「常識に収めようとしないように、ということです」
苦労してんだなぁ、とリメイヴァは思った。
そしてそのまま風呂に入れられ、軽食を食べて寝た。
翌朝からは、姉(仮)のモーニングコールで起きた。
「おっはよう我が弟よ! よく眠れたかーいっ!?」
「…………るさぃ………………ていうか、弟じゃないし……」
「え、もう弟だよ?」
「………………………は?」
「昨日の内に戸籍作って弟になってるよ? ってなわけでご飯行こ!」
「いや行動早すぎだろ!? って、うわ、ちょ、引っ張るなああぁぁ!!」
訂正。
姉(仮)ではなく、養姉だった。
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最初こそ大人しかったが、今では生意気な態度を見せている。こちらが本性らしい。
朝食の席に着き、ぐったりしているリメイヴァ。
「……疲れた」
「えー、朝から体力なさすぎるよぅ」
「誰のせいだ!!」
勢いよく突っ込むリメイヴァ。ここ数日ですっかりツッコミ役に板が付いていた。
きゃらきゃらと笑いながらデザートのオレンジに手を伸ばすリネアルーラ。
「ふむふむ。結構体力戻ってきたね? そろそろ作ってもいいかな」
「は? 何を?」
「まだ秘密。夕食の時に教えてあげるよ」
悪戯っ子のような表情で、口元に人差し指を立てる。
その仕草に少しだけドキッとしたのは秘密である。
「リメイヴァ、今日はどうするの?」
「……ノクタリオンさんが、服を作ってくれるって」
「おーいいじゃん! リメイヴァって、綺麗な顔してるもんねぇ。絶対なんでも似合うよ。よし、お姉ちゃんも着いていって――」
「ダメです、リネ様」
後方から飛んできた鋭い声に、ピシッと石のように固まる。
恐る恐る振り返ると……親愛なる家庭教師エリナ様がおられた。
ひくり、と顔を引き攣らせる。
無理矢理笑顔を作って、目を釣り上げるに手を振った。
「や、やっほー、エリナ。なななんでこんな朝早くに……?」
「リネ様のことですから、逃げ出すかと思いまして。今日は社交ダンスのレッスンです。壊滅的なのですから、少しでもマシにしなければ。さあ、さっそくレッスン室へ」
「い、いやあああああああ!!」
ずるずると引きずられながら、絶望の悲鳴を上げるリネアルーラ。
バタン、と無情にも閉ざされる扉。付近にいた侍従が、慣れたように解説する。
「リネ様は、社交ダンスが大の苦手なんです。だからいつも逃げようとして、家庭教師のエリナさんに捕まる。もはやルーティーンですね」
それはもはや城中の誰もが知っていることだった。
彼女の美しさに誘われて、一体それだけの騎士候補生が辞職したことか。一部では『悪魔の踊り』と呼ばれているとか。
大袈裟だろう、と思った。悪魔とまで言わせるほどではないのでは、と。
……それが間違いだったと知るのは、割ともうすぐだったりする。
読んでくださってありがとうございます!
ずっと言いたかったんですが、いつも一話更新するごとに、リアクションを一つつけてくれている方がいますよね?
どなたかは分かりませんが、いつも本当に本当にありがとうございます!!




