弟ゲット
「おい」
「ごめん……」
「おい」
「ごめんてば……」
少年は困惑していた。目の前の光景が信じられず、ただただ傍観する。
オークションで落札されてすぐ、この馬車に押し込まれた。
そして中には、可愛いけど地雷な女と、女に買われたであろう侍従がいた。
出発早々に、甘ったるい声で自己紹介し出す女。控えめに言って地雷だった。
そして時々話を振られては従順な態度を見せる侍従。
全てが嫌で、ずっとスルーを決め込んでいた。
だが、無視されてもめげずにきゃぴきゃぴと話しかけてくるぶりっ子女に嫌気がさし、徐々に吐き気すらせり上がって来た頃。
「…………うん。そろそろいいね」
空気が変わった。
ぶりっ子女の甘ったるい声は、すっきりとした透明ガラスのような、クリアで透き通った声になり。
穏やかで従順な侍従は、ぐしゃりと乱暴に前髪を掻き上げた。
そして。
「確かに俺が費用を出すと言った。金は惜しまない気だった。だが金貨二百枚? どう考えても出し過ぎだろうがこのアホ猫!!」
「んぎゃーーっ!! やめてやめて耳引っ張んないでぇ!!」
なぜか侍従が主人のはずのお嬢様の耳を思い切り引っ張っている。めちゃくちゃに怒っている。
もはや少年の頭にはハテナすら付かない。意味わからんの嵐だった。
補足だが、平民の一般男性の生涯収入は約金貨百五十枚相当。
つまり金貨二百枚とは……まあ、うん。そういうことである。シルヴェインが怒るのも無理はない。
財力に余裕のある皇子といえど、あんなにポンと払われていい額ではなかった。もっと遠慮しろ、とこんこんと説教する。
閑話休題。
ひとしきり説教を終えたシルヴェインは、ふんっと鼻を鳴らしながら「あとで続きだ」と言う。
やっと解放されたと思っていたリネアルーラは絶望の面持ちになった。とりあえず記憶から消しておく。
訝しんでいる少年に向き直って、軽く咳払い。
「……んじゃ、改めまして、自己紹介と説明を」
かくかくしかじか、と簡潔に自分たちの身分と目的を伝える。
案の定少年は呆然としている。
侍従が第二皇子だったことも、ぶりっ子女が皇子に飼われている猫……もとい保護されている元公爵令嬢だったことにも驚いた。
宇宙を背負って遠い目をする少年。
ところで、とリネアルーラはマイペースに言う。
「そろそろキミの名前を聞いてもいい? ワッツユアーネーム?」
「わ…………???」
「あなたのお名前なんですかの意。というわけで、ワッツユアーネーム?」
相変わらずこの世界では理解できない言葉を使うリネアルーラ。シルヴェインはいつものやつかとため息を吐きつつも、とりあえず静観している。
少年は俯く。
「…………ねぇよ」
「ねぇよ!?」
ボソッと寄越された返答に叫ぶリネアルーラ。
「……オレは孤児だ。貧民街で行き倒れていたところを、アイツらに捕まった」
アイツらとは、裏オークションの人間たちのことだろう。
簡潔に語られる内容は、淡々とした口調とは裏腹に、なかなか重かった。
「そうなんだ……あ、そういえば、身元の保証のない子を選んだんだから、当然っちゃ当然だった!」
ポン、と手を打って、さも“今思い出しました”という風を装う。実はだいぶ前から思い出してた。
そんな演技をしたのには、もちろん理由がある。
説明しようとしたリネアルーラを遮るように、なあ、と少年が問いかける。
「なんで、オレを選んだんだ?」
先程聞いた話だと、彼女たちが探したのは『顔が良くて身元のない男』らしかった。そんな者、たくさんいたはずだ。
まさか訊かれるとは思っていなかったと、きょとんとするリネアルーラ。
そりゃ訊かれるだろうと内心呆れるシルヴェイン。なんとも対極的である。
(まあ、話して都合の悪いことはないし)
正直に話そうと、にっこり笑う。
「目だよ」
「目?」
「そ。だって、あなた――私たちを殺す気だったでしょ?」
薄ら寒い感覚が、少年の背を駆け上がった。
先程と変わらない笑顔のはずだ。
なのに――この、心の底から湧き上がる恐怖は、一体なんなのだろうか。
ほんのり開いた、弧を描く唇。
愉しげに細められた、爛々と輝く瞳。
その可憐な笑みに、どこか邪悪の気配を感じるのは、一体――――。
「こーらっ。それ以上深追いすると危険だよ」
ペシン、と額が軽く弾かれて、意識が覚醒した。
一泊遅れて、自分の意識が沈んでいたことに驚愕を覚えた。
リネアルーラは、少し困ったような苦笑をしている。
「さっきの問いだけど、やっぱり決め手は目だったよ。生と自由に執着し、私たちを殺してでも貪欲に自由な生涯を奪おうという気概。そこが気に入ったの」
少年は、リネアルーラに大人しく買われる気はなかった。彼女たちを殺してでも、自由に生きるつもりだった。
それをオークションの舞台に立った瞬間、看破されていたらしい。いっそ恐ろしくなる。
「ごめんね。ちょっと脅かしすぎちゃった、かな?」
申し訳なさそうな声色に、肩の力が抜ける。
先程の笑みは、わざとだったらしい。
少年が呆れ混じりに呟く。
「…………喉元を、食い破られるかと思った」
「わーーっ、ごめんね! やりすぎはダメだって、よく師匠に言われてるのに……」
「お前、師匠がいるのか」
「うっ……うん。まあね」
思わず口走ってしまった言葉を追求されて、曖昧に頷く。
リネアルーラの師匠は、前世での師匠のことを指す。
師匠との出会いは、以前出た『リネアルーラ監禁事件』に関係している。
そのとき助けに駆けつけてくれた(でももう解決してた)年配の刑事が「これは……右ストレートの仕業(?)だ……!」と、まるでどこぞの名探偵の如く、犯人を見ただけでリネアルーラが使った技を一瞬で見抜いたのだ。
どうやら格闘技マニアだったらしく、その場で「その素晴らしき右ストレートを使えるようになりたいのです……っ」と土下座で教えを乞うてきた。
一緒にやってきた同僚たちも「まずは被害者の安全確保と精神的被害の確認だろうが……」とドン引く勢いだったのだが、リネアルーラはなんとこれを承認。
代わりに警察としての心得や知識、法をみっちり詰め込んでもらうべく、条件として“警察の師匠になってくれること”を提示したのだ。
……同僚たちが、監禁されていたはずなのに余裕が有り余っているリネアルーラに化け物を見るような目を向けてきたことは、記憶の箱に鍵をかけてしまっておくことにする。
そんな珍妙師弟コンビだが、のちに数々の難事件を華麗に解決する迷コンビとなる。
警察学校入学時には、すでに警察として出来上がっていたリネアルーラ。
元々趣味で鍛え上げられていた身体能力に、さらに格闘技に磨きがかかった師匠。
向かうところ敵なしで、きゃーきゃー言ってくれるファンまで付いていた。
リネアルーラが公安に配属されることになり、姿をくらます前の最後の修行でも、なにも訊かずに「立派に生きろよ……」と頭を撫でてくれたことは、今でも鮮明に思い出せる。いい師匠だなぁもう!
(やばい、ちょっと涙出てきた……)
スン、と鼻を啜るリネアルーラに、何か勘違いしたらしい少年とシルヴェインが気まずそうな顔をする。リネアルーラは気づいていないが。
気を取り直して、先程述べようとしていたことを少年に言う。
「えっとさ、キミの名前、私が考えてもいい?」
「……いいけど」
「いえーいっ! どんなのがいいかなぁ……」
意気揚々と考え始めるリネアルーラ。よほど真剣らしく、ブツブツと「リグル、リゼル……うーむ……」と呟きが溢れていた。
それを見た少年は、シルヴェインに視線で問う。
【なんなんだ、コイツ?】
それに気づいたシルヴェインが視線で答える。
【時々意味がわからないおかしな女だ】
【…………なるほど。気が合うな】
男二人の間に、友情が芽生えた瞬間だった。
そうこうしている間に、名前を決め終わったらしい。ドヤ顔で発表してくれた。
「あなたの名前は、“リメイヴァ”です!」
リメイヴァ、と口の中で転がす。
胸にじんわりと暖かい何かが広がった。
「…………うん、わかった。オレは、リメイヴァ」
嬉しそうな笑顔を向ける。
ずっと無表情、あるいは困惑した顔しか見せなかった少年――リメイヴァの笑顔に、リネアルーラの胸にキュンッと衝撃が走った。
「うぐっ……かわいい……!」
「……オレは、男だ」
不服そうに突っ込まれるが、構わず悶える。しばらくして平静を取り戻し、ふーやれやれとでもいうように額の見えない汗を拭う。
「危なかった……あのままだと、キュン死していたぜ」
「なんだその新種の死因は」
「小癪なり、リメイヴァよ……そんなにお姉さんを殺したいのかい……!」
「人聞きが悪い!」
男たちのツッコミを無視して、やたらと様になった動作で髪を掻き上げるリネアルーラ。
「時に、リメイヴァ被告よ……キミは一体いくつかね?」
「なんだそのやたらと芝居のかかった言葉」
あとオレは誰も殺してない、と律儀に突っ込む。
もはや緊張や戸惑いもなく、ジト目になる。
「十五だ」
「…………………… WHAT??」
「十五だ」
繰り返すリメイヴァに、なぜかリネアルーラが驚愕の表情で「食育しなきゃ……!」と言っている。どうしたのだろうか。
シルヴェインも驚いたように目を見張っていた。オークションでは推定十二歳と言われていたが、痩せすぎでそう思われていたらしい。
憐れみと驚愕の視線に、リメイヴァはちょっと拗ねた。
「……なんだよ。悪いかよ」
「いや、悪くない……いや良くはないけど! でもリメイヴァは悪くないからだだだ大丈夫!」
「……めっちゃ噛んでるけど」
「そそそそんなことないよっ!? そ、それよりも! リメイヴァには、言わなきゃいけないことがあるんだよね私!」
強引に話題を変えて、あははははと笑う。……リメイヴァの視線が痛かった。
咳払いをして落ち着く。
さすがの演技力で、いつもの何を考えているのかわからない、飄々とした笑みを見せる。
「リメイヴァには、私の弟になってもらいまーす!」
「「………………ハ?」」
やはりこの男とは気が合う、とお互いに思いながら、男二人は呆然と声を漏らすのだった。




