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潜入開始ー!

 真夜中にも構わず、ガタガタと音を立てて進む馬車。

 繊細な装飾が上品な、明らかに高貴な人間が乗るであろう馬車だ。

 その中には、二つの人影があった。

 桃色髪の少女と、茶髪の青年。



 ――変装したリネアルーラとシルヴェインであった。



「いやぁ、ウィッグ暑いね。骨格変えたから顔も重いし」

「……ここまで本格的な変装をする必要なんてあったのか……?」

「何事にも用心は大切なのだよ、我が侍従よ」



 桃色の髪を揺らしながら、ウインクを飛ばすリネアルーラ。

 そう、今回の潜入にあたって、二人はガッツリ変装を施していた。


 まずは彼女の変装メイク被害者とも言えるこの国の第二皇子、シルヴェイン。

 サラサラした茶髪のウィッグ(リネアルーラ作)に鮮やかな水色のカラコン(リネアルーラ作)で特徴的な色彩を覆い隠している。

 骨格を誤魔化す特殊な道具(リネア作)で顔の形を変えているおかげで、顔が重い。


 さらに、ファンデーションや口紅、チークやアイシャドウなどの様々なメイク道具(すべてリネ作)で、顔立ちの雰囲気を変えられた。

 装飾の少ない落ち着いた装いで、柔らかな視線(そう見えるようにメイクした)を流す姿は、主人に仕える侍従。


 嬉々としてそれらを施したリネアルーラが唖然とするほど顔のいい穏やか系美青年になったシルヴェイン。

 前世で培った、無駄に高い変装技術が生んだ奇跡だった。



「あのルーがここまで穏やかな印象になるなんて……自分で自分が恐ろしいわぁ……」

「俺としては、お前のその変わりようの方が恐ろしいが」



 えー、そうかな? と笑う彼女は、普段の印象とは全く違う容貌だった。


 ふわふわした桃色のウィッグをツインテールにして、アッシュピンクのカラコンを着用。

 涙袋を強調したアイメイクに、唇にはちゅるちゅるリップ。

 フリルやリボンの多いあざといドレスを着て、いわゆる『地雷系女子』を演出。

「この子はやばい……」と思わせるあざとさだが、不思議なことに滅茶苦茶可愛い。本人の素顔が可愛すぎるせいか。


 ちなみに彼女が使ったメイク道具やら変装道具やら服やらもすべてリネアルーラが開発した物。この世界の技術が低すぎて我慢ならなかった。

 全部終わったら侍女たちをおめかしさせてあげようと思っている。



「特に大変だったのがこのウィッグだよ。我ながら実に頑張った」

「そんなに作るのに手間取ったのか?」

「ふっ、そこじゃないのよシルヴェインくん」



 ちっちっちと首を横に振るリネアルーラ。そしてふっとニヒルな笑みを浮かべる。



「私ももう十六……このとしでツインテールって流石にキツい」

「……まあ、そうだろうな」

「でもね、変装(メイク)が終わって鏡見た時、気付いたんだよ……『私めっちゃ似合ってるじゃん』、と」

「…………」



 シルヴェインは憐れみの目になった。

 いくら化粧で幼さを残す顔立ちに変えたとはいえ、ツインテールという子供にしか似合わないような髪型がハマっている事実は心にキた。


『可愛いからいいんじゃないか』と言いかけたシルヴェインは、リネアルーラの表情を見てやめた。

 そしてそれは正しい。もしも言っていたならば、彼女は彼に「私は大人っぽくなりたいの! 可愛いじゃなくて綺麗がいいの!」と言っていたことだろう。

 前世で童顔(ベビーフェイス)揶揄からかわれていた影響であった。ちなみに揶揄ってきた人間は全員お仕置きし(シメ)ている。以降は彼女の地雷を踏む輩はいなかった。



「……そういえば、お前の偽名はどうするんだ? 結局明かされていないが」



 昼間の作戦調整の段階で、二人は偽名を使うことに決めたのだが、リネアルーラはまだそれを明かしていなかった。

 今回の二人の設定は、『ワガママぶりっ子お嬢様と、彼女に買われた元奴隷美青年』である。


 余談だが、シルヴェインの偽名は『ルウ』。それを告げた時の“この由来に気づいてくれるか”というドキドキは彼女には伝わらなかった。普通に笑って流されて終わった。


 リネアルーラは楽しそうに笑った。



「――『スズラン』」



 それが彼女の偽名らしい。聞き慣れない響きだった。

 彼女がやけに感慨深そうな表情を浮かべていたことが気になったが、シルヴェインは突っ込まなかった。



(なにか、大切な思い入れがあるのだろう)



 死んだ親友の名だとか、家族からもらった宝物に関しているとか。

 それに突っ込むのは、野暮というものである。

「そうか」とだけ返して、眠るように目をつむった。



(ああ、そっか)



 それを見ながら、リネアルーラは考える。




(――この世界には、鈴蘭すずらんってないんだった)




 なら、この祈り(願い)も、気づかれるわけないか。




 ◇◇◇◇◇




 その館は、森の奥深くにあった。

 随分と煌びやかだが、完璧に隠匿されていた。ここまで巧妙な隠し方ならば、王家にだってバレないだろう。

 少年少女売買裏オークション――『アスモデウス』の会場だ。


 館の中は、まるでパーティーのように豪華だった。

 参加者たちは皆着飾り、豪勢な料理がテーブルの上に並んでいる。



「なんかイメージと違うなー。もっと陰険な感じかと思ってた」



 結構好きな雰囲気かもーと笑うリネアルーラに、表面上は柔らかく微笑みながら、鋭く視線を巡らせるシルヴェイン。



「どいつもこいつも、悪い噂があるヤツばかり……あとで捕まえる……」



 参加者たちのことだ。煌びやかな衣装を見せびらかす貴族たちは、リネアルーラがこのオークションについて調べている最中に名前の上がった人間ばかりだった。

 どこか不穏な空気を醸し出すシルヴェインを尻目に、リネアルーラはさっさとケーキのあるテーブルに寄っていく。


 ショートケーキに舌鼓を打っていると、中年の男が近寄ってきた。

 下衆げすな笑みを浮かべながら、舐め回すようにリネアルーラの身体を見る。

 不快だなぁと思いながら、リネアルーラは可憐な笑みを浮かべた。



「お嬢さん。ここは初めてかな?」

「こんばんはぁ。はい、初めてですぅ」



 甘ったるい声を出すリネアルーラ。

 その演技力を総動員して、『ぶりっ子』を熱演していた。イメージはいつしかの婚約者寝取り女。


 ぐふっと耳障りな笑い声を上げた男は、リネアルーラに無遠慮に触れようとする。

 それを自然に避けて、ふふふーと笑ってみせる。



「わたし、スズランっていうんですぅ。こういう場はまだ二度目でぇ……よかったら、このオークションについて、教えてくれませんかぁ?」



 瞳を潤ませて、上目遣いで見上げる。わざとらしく胸を押し上げて、甘えるような表情を浮かべる。

 さらに男の腕に触れるか触れないかという位置に移動すると、男は完全に鼻の下を伸ばした。



「ああ、いいとも。オークションが始まるまで、まだ一時間ほど時間があるから、個室に行くかい?」

「わぁ、いいんですかぁ?」

「もちろんだとも。さあ、案内しよう」

「ふふふ、ありがとうございますぅ♡」



 きゃぴっと男の腕に抱きついて、寄り添うようについていく。シルヴェインも後に続く。

 男が案内した個室は、完璧に防音が効いた部屋だった。

 男とリネアルーラが個室に入ると、リネアルーラはシルヴェインに“ご主人様”として命じる。



「アナタは、扉の前で待っていて? ふふふ、誰か来そうになったらぁ……ちゃんと追い払っておいてね♡」

「……はい、かしこまりました、お嬢様」



 従順に頷いたシルヴェインが扉を閉める。それを待っていた男が、内部から鍵をかける。

 いやらしく笑う姿を見ながら、リネアルーラは内心で苦笑する。



(ルー、滅茶苦茶キレてたなあ)



 リネアルーラだから気付けたことだが、目の奥がキレていた。あれでメイクなし、かつ微笑みを浮かべていなければ、視線だけで人が死んでいただろう。

 まあ仕方ないよね、と思う。



(情報収集のためとはいえ、あんまり気持ちのいいものじゃないもんね……あーこのおっさん、頼むから有益な情報持っててー)



 事前に情報収集は行なっていたが、どこかで嘘や誤りが生まれているかもしれない。確認するに越したことはないだろう。

 部屋の中央にあるソファに呼ばれて、並んで座る。隙間なく、ぴっとりとくっつくように。

 それに機嫌を良くした男は、自己紹介をしてくれた。


 名はコルク・ホリスター。男爵位だが、その商売の腕で、男爵位の貴族の中では注目度は高い方。

 ここに通って長いらしい。リネアルーラは微笑みながら、冷たく思考を回す。



(これなら期待できそうだな)



 持ち前の情報収集能力で、オークションを丸裸にする所存だった。

シルヴェインの偽名の『ルウ』は、リネアルーラがシルヴェインを呼ぶ時の呼び方から。


“そう呼ばれるの好きだってバレちゃう? バレちゃう? きゃー!”ってやってたのに、「あはは、いいんじゃなーい?」で終わった。この鈍感が。

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