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サクラの部屋

 爆発の轟音と砂煙が収まると、そこには崩れかけた塔の残骸と、リネアルーラ、そして青年が立つ姿があった。

 シルヴェインは、安堵の息を漏らすと同時に、激しい怒りがこみ上げてくるのを感じていた。

 彼は、何も言わずにリネアルーラの元へ向かった。


「……リンネ」


 その声は、震えていた。

 リネアルーラは、シルヴェインの顔を見て、少しだけ困ったように微笑んだ。


「……ごめんね、びっくりさせちゃった?」


 シルヴェインは、彼女の言葉に何も答えず、ただ強く抱きしめた。

 その腕は、小刻みに震えている。

 リネアルーラは、戸惑いながらも、彼の背中に手を回し、優しく撫でた。


「……無事だったか」


 彼の声は、安堵と怒りが入り混じっていた。


「ああ、もちろん。私のことだよ?」


 リネアルーラは、悪びれる様子もなくそう答える。

 その言葉に、シルヴェインは怒りを爆発させた。


「ふざけるな! 勝手に城を抜け出し、危険な場所に飛び込み、爆弾で死ぬところだったんだぞ!」


 リネアルーラは、びくりと肩を震わせた。

 シルヴェインの顔は、怒りで歪んでいる。

 その瞳は、怒り、安堵、そして……恐怖に満ちていた。

 リネアルーラは、初めて自分の行動が、どれほど彼を動揺させたのかを理解した。


「……ごめん、ルー。でも、私の行動は間違ってない」

「……なんでだ。なんで、そこまでして……」


 シルヴェインの声には、怒りにも似た感情が滲んでいた。

 リネアルーラは、静かにシルヴェインの瞳を見つめた。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「だって、つまらないでしょ?」


 リネアルーラは、にこりと微笑んだ。

 その笑顔は、偽りのない、本当の彼女の笑顔だった。


 シルヴェインは、その笑顔を見て、静かに目を閉じた。

 そして、ゆっくりと目を開けると、その瞳には、すでに怒りの色はなかった。



 彼は、リネアルーラの額に、軽く口づけを落とした。



 リネアルーラは、驚きで固まった。


「……これで、今回の件は帳消しにしてやる」

「……え?」

「だが、勝手に城を抜け出した罰は、必要だろう?」


 シルヴェインは、にやりと笑った。

 リネアルーラは、彼の言葉に嫌な予感を覚える。

 その予感は、すぐに現実のものとなった。


「罰として……ダンスのレッスン、二倍だ」


 リネアルーラは、絶望的な表情になった。

 ダンスは、彼女が最も苦手とするものの一つだった。

 なぜなら、それは、彼女が『淑女』を演じるための、最も重要な『お芝居』だったからだ。


「……そんなぁ……」


 リネアルーラは、崩れ落ちそうになった。

 その様子を見て、シルヴェインに付き従っていた兵士たちは、思わず笑いをこらえきれずにいた。

 リネアルーラも、そんな彼らの様子を見て、くすりと笑った。


(……まいったなぁ)


 彼女は、頭の中では、今回の事件について考えていた。


(誰が、あの爆弾を仕掛けたのか)


 メルティアではない。

 マレセリウス子爵でもない。

 あの時限式爆弾は、この世界の技術水準では作れないものだった。

 では、誰が?

 なぜ?

 答えは一向に出ない。


 だが、彼女は、この状況を、どこか楽しんでいる自分がいた。

 この物語の主役は、彼女自身なのだから。


 その夜の闇に紛れて、リネアルーラとシルヴェインを見つめる目が一つあった。

 それは、まるで蜂蜜のように輝く色をしていた。




 ◇◇◇◇◇



 あれからはや数日。

 リネアルーラはベッドの上に拘束されていた。

 いや実際は鎖をつけられているわけでもないのだが、なぜか侍女たちが「お願いですから安静になさってください……」と涙ながらに言うのだ。よっぽど心配をかけたらしい。

 泣かれてしまうと流石のリネアルーラも何も言えない。よってここ数日、暇で死にそうだった。


「怪我をしたわけでもないのに、大袈裟だよねー」


 シャクシャクとりんごを齧りながらそう言うが、普通はトラウマになる代物だ。リネアルーラが異常なだけだ。

 こくんと嚥下したリネアルーラは、ハァーーッと長い息を吐き出した。


「しっかし春だって言うのに、桜のひとつもないなんて、ガッカリすぎるんですけど」


 そう、リネアルーラの自室『サクラの部屋』は、サクラと付いているくせに桜が見えない。

 というかこの世界には桜がないのだ。あるのは異世界のニホン。仕事が上手だねファンタジー。


「……………………ん?」


 違和感を覚えた。もう一度さっきの思考を繰り返してみる。

 リネアルーラの自室『サクラの部屋』は、サクラと付いているくせに桜が見えない。

 というか()()()()()()()()()()。あるのは異世界のニホン。


「………………え……………………」



 じゃあなぜ、この世界に()()()()()()()()()()()()()()()()()



「ッッッ!!」


 ――この世界に、自分以外の日本人がいるかもしれない。


 その可能性に気付いた瞬間、リネアルーラは跳ね起きた。

 ちょうど入ってきた侍女が慌てて駆け寄る。


「リネ様!? なにを……」

「ルーは……シルヴェインはどこ?」


 侍女の言葉を無視して訊く。

 リネアルーラは、今までにないほど真剣な顔をしていた。


「今すぐ、会いたいの」


 はやく、と呟く彼女に押されたように、侍女は思わず返事をしていた。


「……今は、書庫にいらっしゃるかと……」


 それを聞いてすぐにリネアルーラは駆け出した。侍女を振り切って、高速で移動する。

 書庫に行ったことはなかった。だというのに、なぜか足は勝手に進んでいく。

 気がつくと、重層な扉が目の前にあった。

 躊躇いなく手を掛けて、押す。

 キィと軋んだ音を立てて、ゆっくりと開いた。


 中にいたシルヴェインとノクタリオンが、驚いたように振り返って、息を切らしているリネアルーラに目を見開いた。


「リネアルーラ殿……? どうかされたのですか?」

「っ、サクラの部屋は!」


 声を張ったリネアルーラに、ノクタリオンがびくりと肩を揺らす。

 それを視界に入れたリネアルーラは、今度は声を抑えて言う。


「サクラの部屋は……誰が、命名したの?」


 シルヴェインは、静かにリネアルーラを見つめる。

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