表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

「あ、今回は婚約破棄なんだ」

 煌びやかなシャンデリア、豪勢な料理、美しく着飾った淑女紳士。


 そんな最上級の舞踏会の中心で、赤髪翠眼の美青年は、しなだれ掛かる愛らしい令嬢を片手で支えていた。

 そのまま空いている手の人差し指を己の婚約者に向ける。


「リネアルーラ・リサンドラ・レイヴンシェイドよ。公爵令嬢という地位を盾に醜い嫉妬を振り翳すお前に、今この瞬間をもって婚約を破棄することを告げる!」

「あ、今回は婚約破棄なんだ」

「は?」


 意味がわからないと聞き返すこの国の王太子とは対照的に、たった今婚約破棄された令嬢は、納得したようにうんうんと頷いていた。

 頷くたびに蜂蜜色の瞳が瞬き、光の加減で金がかかる濃紺の髪が揺れる。


 溜め息が出るほど美しい彼女は、リネアルーラ・リサンドラ・レイヴンシェイド。

 ユラエス王国の公爵令嬢兼、王太子たるアルバート・ナイル・ウェルズの元婚約者である。


 リネアルーラ周囲の注目を一身に浴びながら、アルバートに声をかけた。


「本当なら今すぐここからドロンしたいところなのですが、まあ一応理由をお聞かせ願えますか?」

「どろ……なんだって?」

「お聞かせ願えますか?」


 無視した。

 仮にも王族相手に、不敬だと言われてもおかしくない所業である。

 だがそれで「ああ、聞かせてやろう!」と頷くアルバートもアルバートなのだが。


「リネアルーラ様ぁ、まさかわからないとでも言うんですかぁ? あんなことしてきたのに、酷いですぅ」


 アルバートの腕にしなだれ掛かった、桃色髪が可愛らしいユリア・トラリスタ男爵令嬢は甘ったるい声を上げた。


「お久しゅうございます、ユリア様、ですよね? あんなこととは、なんでしょう? 私、身に覚えがないのですが」

「お久しぶりですぅ、リネアルーラ様。ねぇ、しらばっくれないでくださいよぅ。私、死んじゃうかと思ったんですよぅ?」

「ユリアの言う通りだ。無駄な抵抗はやめるんだな」


 アルバートがユリアを庇うように腰を抱き寄せて、リネアルーラを睨む。

 だが心当たりがないリネアルーラはきょとんとするしかない。


「貴様は一昨日、ユリアを学園の階段から突き落としたそうじゃないか! 軽い捻挫だけで済んだが、下手したらユリアは死んでいたんだぞ!?」

「それ私ちゃう」

「は? ……ちゃ?」

「あっ間違えた。それ私じゃないです」


 アルバートはリネアルーラらしからぬ言葉遣いが聞こえた気がしたが、気の所為だろうと結論付けて記憶から抹消した。


「嘘をつくな! ユリアがそう言ったんだ。今謝罪すれば、この後の貴様の処遇を軽くしてやってもういいぞ」

「この後の処遇、とは」

「国外追放だ」


 ニヤリと笑って告げられた言葉に、周囲は驚愕と好奇の声を上げた。

 仮にも公爵令嬢のリネアルーラが、国外追放。一体何をしたのか、と無数の視線が語る。


 だが当の本人は、驚いてはいるものの、なぜか一瞬嬉しそうに笑った。


「国外追放! 婚約破棄だけではなく! しかも濡れ衣付き! 何故そうなったのか教えてください!」


 しおらしい顔をしているものの、喜色に塗れた声だった。それに気が付かなかったアルバートは、フンッと鼻を鳴らした。


「まだわからないのか、リネアルーラ。貴様はこの僕と親しくするユリアに数多の嫌がらせをした。それは僕の逆鱗に触れる行為だったのだ! さあ、どうする? 謝罪か、国外追放か」

「国外追放で!」


 即答だった。

 謝罪を選ぶだろうとする思っていたアルバートを含む全員が絶句する。それ程までに、リネアルーラの返答は予想外だったのだ。


「では私はさっそく追放されますねごきげんよう! どうぞお幸せにアルバート様ユリア様! うわああやったぁ! やっと出られるー!」


 そんな周囲をよそにリネアルーラは早々に会場を後にしようとする。満面の笑みで。

 淑女の口調はすでに剥がれ落ちているが、構わず声を上げた。

 くるりと身を翻して早足に出口へ向かう。その足取りは軽い。


 だが何を思ったか。ふと立ち止まって、アルバートとユリアを振り返った。


「言い忘れてました。私は一ヶ月前に学園を自主退学しています。公務に専念したかったので」

「は?」

「なのでユリア様を突き落とすことはおろか、学園に出入りすることもできません。それに一昨日会ったばかりの人間に『お久しぶり』はないのでは?」


 アルバートはリネアルーラの言わんとしていることが理解でき、見開いた目をユリアに向けた。

 それにユリアは顔面蒼白になって取り繕うとする。


「どういうことだユリア! まさか全て嘘だったのか……!?」

「ち、違うんですよぅ、アルバート様! こ、これは、そのっ」


 ざわめきをBGMにしながら、リネアルーラは騒然とし始めた会場を後にした。


 そのまま向かうのは、レイヴンシェイド家の屋敷にある自室だ。

 すぐに国外追放の件は、世間体を気にする両親の耳に入るだろう。そうなれば今すぐに出て行け、と言われかねない。


 その前に必要そうなものを持ち出そうと、大きめのキャスター付きのカバンに、あれもこれもと詰め込んだ。


(ああ、やっと出られるんだ、この心底つまらない国から!)


 ハレルヤ! とリネアルーラは内心で歓声を上げた。そこにあるのは歓喜である。


 リネアルーラは、この国と公爵令嬢という立場が鬱陶しくて仕方がなかった。何一つとして面白いことがないからだ。

 だから地位を捨ててこの国から出ていくことに不満はなく、これ幸いと乗っかったのである。


(今世は何をしよう? とりあえずシャルデイル皇国にでも行こっかな。たしか飴細工がすごいんだっけね!)



 彼女はリネアルーラ・リサンドラ・レイヴンシェイド、十六歳。

 ついさっき婚約破棄され国外追放の身となった元公爵令嬢であり、九十九の人生の記憶を持つ、飴細工好きな女の子である。



 ちなみにシャンデイル皇国とは、ここユラエス王国の敵国である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ