表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/55

今しかできないこと(女子高生の尾行)

 オタクくん曰く、尾行は複数人で行うのが基本らしい。トイレに行くときに見張りを交代できるし、証拠品の採取にも手が回る。相手が突然電車を降りた際にも見失わずに済む確率が上がる。さらに最大のメリットは、人数が多い方が相手の認識が〝個人〟から〝グループ〟に変わり、印象に残りづらいことなのだとか。

 他にも尾行のコツがいくつかある。人混みでは距離を詰め、人通りが少ないところでは距離を空ける。信号待ちや角を曲がるときには相手が振り返りやすいので隠れる。できるだけ周囲に溶け込み、自然体で振る舞う。どこに向かってもいいように交通系ICカードはしっかりチャージしておく――などなど、まるで尾行の経験があるかのようにオタクくんは高説を垂れた。


「本当はその身長をどうにかしてほしいけどね。目立って仕方ないよ」


 ここぞとばかりに高身長の俺たちに文句を言うオタクくん。背が低いことを気にしているのかもしれない。


 水曜日の放課後、俺、仁、オタクくんの三人は野々村を尾行していた。

 ちなみに、昨日も今日も平穏だった。昼休みになると水上は俺の席に座ったし、智菜がそれを咎めることもなかった。どちらも謝っていないようなので一昨日の口喧嘩はなかったことになったらしい。野々村も相変わらず水上としか話さず、その他の時間は決まって俯いていた。


 野々村のプライベートを詮索するのは気が引けるが、彼女がなぜ暗い顔をしているのか知りたいという気持ちの方が勝っていた。オタクくんの頼みというのは正直どうでもいい。好奇心でもなく、使命感でもない。俺自身、この感情にどういう名前を付けたらいいのか分からない。ただ、事情を知ることで彼女の力になれたらと思っていた。


 野々村は電車で二駅移動すると、そこからは商店街を通り抜け、狭い道路を歩いていった。辿り着いた先は三階建ての、古ぼけた商業施設のような質素な建物。何かと思えば図書館だった。

 自動ドアを抜ける野々村の背中を目で追いながら、仁がオタクくんに訊ねる。


「一緒に入っていいのか? 絶対見つかるだろ?」

「視界に入らないように気をつければ問題ないよ。とりあえず野々村紗代の行動を見よう。何を調べるつもりなのかも気になるしね」


 オタクくんは答えるが早いか、自然な足取りで図書館に向かっていく。仁と目配せし、俺たちもその後に続く。ガラス戸越しに、階段を上る野々村の後ろ姿が見えた。

 野々村は俺たちには気づいていないようで、迷わず三階に上がり、一般書架のコーナーへと入っていく。


 オタクくんが目を細めて呟く。


「あそこはオカルトコーナーだね」

「なんでそんなこと知ってるんだよ?」

「さっきフロアマップを見たんだ」


 いつの間に。さすがオタクくんだ。


 野々村は本棚と本棚の間に居座ったきり、いっこうに出てくる気配がない。その場で本を読んでいるのだろう。

 いったん下の階に行こう、とオタクくんが言うのでそれに従う。階段が見える雑誌コーナーの隅に俺たちは身を隠した。


 静寂に堪えかね、気になっていたことを訊ねてみた。


「オタクくんはどうして野々村が調べものをするって思ったんだ? 勉強しに来ただけかもしれないじゃないか」

「勉強だったら家から近い図書館を選ぶよ。学校の二つ隣の駅で、さらに十五分も歩く図書館を使うなんて、誰にも知られずに調べものがしたいとしか思えない」

「〝誰にも知られずに〟?」


 思わずおうむ返しをすると、オタクくんは事もなげに頷いた。


「ここは大きさから見ても特段蔵書数が多いとは思えない。それなのに立地の悪いここを選んだってことは何かしらの理由があるんだよ。例えば、誰かに調べることを禁止されているとかね」

「そうかあ? 野々村の趣味が図書館巡りってだけかもしれねえだろ?」


 仁が眉を寄せて反論する。俺も去年、意味もなく図書館巡りをしていたことがあったから一理あると思った。あれは、プチ自分探しの旅、みたいなものだったのかもしれない。野々村にもそういう時期が来ているとしてもおかしくはないだろう。

 しかし、オタクくんは強い口調で否定する。


「違うよ。野々村紗代はここに何度も足を運んでいる。ここに来るまでに一度もスマホを取り出さず、フロアマップを見もしないでオカルトコーナーに入ったことがその証拠だよ」


 なるほど。そう言われるとそんな気もしてくる。


「そんじゃ、何を調べているってんだよ?」

「ここからは予想というより希望だけど……魔女についてじゃないかな」

「野々村が魔女って話はどうなったんだ?」

「自分のことだから知りたいのかもしれないし、他の魔女について情報が欲しいのかもしれない。僕の中では野々村紗代が魔女という仮説は有力になってきているよ」


 そういえば、野々村が魔女か確かめるのが目的だった。野々村が魔女だったとして、それがあの表情の理由に繋がるのだろうか。

 俺は魔女を詳しく知らない。都市伝説の超能力者、という程度の認識だ。


「魔女について書かれた本とかないか?」


 無意識のうちに訊ねていた。

 この言葉を予想していたのか、オタクくんはスマホを取り出し、そのまま俺に画面を向ける。


「本よりこれを見たらいいよ」


 そこには『実在する魔女』というタイトルの、ブログのようなサイトが表示されていた。オタクくんからスマホを受け取り、後ろから覗き込む仁とともに読んでみる。



『超能力者』と聞けば胡散くさいと思う人も多いだろう。そんなものは映画やマンガの登場人物に過ぎず、現実にいるはずがない、と。

 しかし、ある少女の登場によって常識は覆された。


 十五年前のオカルトブームを憶えているだろうか。その頃、様々なテレビ局がこぞって心霊番組を立ち上げ、似たり寄ったりな内容を放送していた。その皮切りとなったのが四歳の女の子、レイナちゃんである。

 レイナちゃんは霊が見える。その噂を聞きつけたテレビ番組が彼女を取り上げて実験まがいなことを行った。内容は半年前にくも膜下出血で亡くなった男と交信できるかというもの。その男というのは出演者の父親で、レイナちゃんにはこのことは伏せられていた。


 レイナちゃんは男の写真を受け取ると、開口一番に「このおじさん、お姉さんのお父さんって言ってるんだけどほんと?」とタレントに訊ねた。スタジオは騒然となった。その写真の人と話しているのか、と司会が問うと、レイナちゃんは平然と頷いた。その後も、レイナちゃんはタレントと父親しか知らないことを言い当て、男の言葉を代弁してタレントに伝えた。


「お父さん、早く死んじゃってごめんな。りかこが幸せになってくれることを願っているよ……だって」


 そのひと言は涙を誘い、タレントは本名を明かされたことにも気づかずに泣き崩れた。


 よくも悪くもこの番組の反響は大きかった。やらせではないかという批判もあれば、自分もレイナちゃんの力を借りたいという懇願のような電話もあった。もちろん、番組にとっては視聴率さえ取れればそれでいい。後者の声だけを聞き、レイナちゃんをメインに据えた、死者との交信を行う番組に切り替えた。

 この新番組、『レイナちゃんにおまかせ!』は大ヒットを記録するが、わずか半年で打ち切りとなる。


 世間では明かされていないが、原因はレイナちゃんが誘拐されかけたことにある。母親と幼稚園から帰宅する途中、外国人の男たちに襲われ、車に押し込まれたそうだ。事なきを得たのは政府がレイナちゃんを保護対象として密かに監視しており、間一髪のところで助けに入ることができたからだった。

 番組は以前から政府の警告を受けていた。レイナちゃんの能力は本物で、それ故に狙われる危険がある、ただちに放送をやめなさい、と。金のなる木を手放すバカはいない。そう言って警告を無視してきた番組の落ち度だった。

 母親の意向でレイナちゃんは降板し、政府に保護されるに至った。これが『レイナちゃんにおまかせ!』が打ち切られた真相である。


 レイナちゃんがすごい子だった、という想い出話をしたいのではない。本題はここからだ。

 レイナちゃんの登場後、寄せられた電話は苦情や問い合わせだけではなかった。自分の子どもも特別な能力を持っているかもしれない。そんな連絡が何件かあったのだ。


 虚偽の申告だろうと思われるものが多数だったが、一方で〝本物〟と感じられたものもある。それが、動物と話せる能力、失くしものを見つける能力、他人の爪の色を自由に変えられる能力の三つ。

 そのときには既に政府が介入していたため、番組で調査をすることは叶わなかった。ではなぜ〝本物〟と感じたかと言うと、その子どもたちにはレイナちゃんと共通している部分があったからである。

 その共通点とは、日本の関東地方出身で、女の子であり、三歳から五歳の頃に能力が発現していること。また、能力に縛りがあるという点も類似していた。


 実のところ、レイナちゃんは霊能力者ではなかった。厳密には『亡くなる当日のその人と写真を通して会話できる能力』だ。だから、死後の世界について聞き出すことはできないし、自分が死んだと気づいていない人の場合だと会話が成り立たない場合もある。さらに、親族または親しい相手がその場にいる必要があり、同じ人物とは一度しか話せない、という制約もあった。レイナちゃんを介して写真と会話した者が皆、涙が止まらなくなり、呼吸困難に陥ったのも、今思えば能力の弊害だったのだろう。そもそもレイナちゃんは霊が見えないという。周りがそうとしか見えないと騒いだせいで誤解されていたのだった。


 政府はレイナちゃんの能力を『精神交信系』と話していた。これは超能力者が一定数存在し、ある程度の法則があることを示す何よりの証拠と言える。先ほど例に挙げた『動物と話せる能力』もこれに該当するのかもしれない。これは私の考察だが、失くしものを見つける能力、他人の爪の色を自由に変えられる能力はそれぞれ、『情報系』と『肉体干渉系』といったところだろうか。


 こういった事情に詳しいのは、私がその番組の関係者だったからである。


 レイナちゃんがその後どうなったのかは知らない。ただ、今もその能力は健在だと思われる。

 一部の心療内科では、親しい人の死によって極度の鬱状態に陥ってしまった患者に特別な治療が紹介される。その案内が国からのものだというのだから、これをレイナちゃんと結びつけるなという方が無理な話だ。


 レイナちゃんの他にも超能力者は存在する。そして、彼女たちは政府に(かくま)われ、密かに仕事を請け負っている。

 この日本のどこかで――。



「作り話じゃねえか?」


 仁が顔をしかめて言う。眉唾ものという点では俺も同じ意見だった。

 スマホを受け取るとオタクくんは肩を(すく)めた。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、ある程度の信憑性はあると思ってるんだ」

「レイナちゃんの番組が本当にあったからか?」


 再放送か何かでその番組を観たことがある。裏事情はさておき、番組そのものが存在したことは事実だ。

 しかし、オタクくんはあっさりと頭を振る。


「勝手に脚色を加えただけかもしれないから、番組が放送されていたことはどうでもいいんだ。大事なのは国が躍起になって魔女の存在を隠そうとしていることだよ」

「隠せてないだろ? そのブログは何なんだよ?」

「これは僕が複製して非公開のままにしているものだよ。元のプラットフォームは公開の翌日に削除された。有料コンテンツだったのにもかかわらずね」


 たしかに、作り話に対してそこまでするとは思えない。

 それに、とオタクくんは付け加える。


「心療内科のカウンセリングの話は本当だった。こういう、国が関わる裏サービスのようなものは他にもあるみたい」

「じゃあ、やっぱり魔女はいるってことなのか?」

「どれだけ情報を規制しようとも人の口に戸は立てられない。いるから魔女という噂は広がり、都市伝説になったんだ」


 このブログの内容が本物かはともかく、それが削除されたという事実はオタクくんの説を強く裏づけているように思えた。魔女は実在し、政府に匿われている。だから野々村には黒塗りの車のお迎えがあり、高級マンションで独り暮らしをしている。図書館で調べものをしているのは、ネットには魔女の情報が転がっていないことを知っているから。それを把握している程度には野々村は魔女について詳しい。


「俺も、野々村が魔女なんじゃないかと思えてきた」


 素直に負けを認める。けれど、オタクくんとは逆に、野々村が魔女でなければいい、と願っていた。魔女はすごいのかもしれないが、そのせいで普通に暮らせないのだとしたら……なんだか可哀想だ。


 野々村が魔女だったら俺はどうするのだろう。野々村のために何ができるのだろう。

 きっと何もできない。普通の高校生が国なんかを相手に何かができるわけがないのだ。

 俺はいつの間にか、野々村が魔女ではないことを確かめたいと思うようになっていた。


「来た」


 オタクくんの鋭い声で我に返る。見れば、野々村が階段を下りてくるところだった。手には茶色い表紙の本を抱えている。

 本棚の陰で息を(ひそ)め、通りすぎるのを待つ。野々村はカウンターで貸し出しの手続きをし、本を鞄に入れると出口へ向かった。


「何を借りたのか確かめてくる」


 いきなり飛び出したオタクくんに仁が慌てて問いかける。


「どうやってだよ?」

「タイトルの頭文字は見えた。ジャンルも見当がついている。だったら本棚に残っている本と請求記号から割り出せるよ。二人は野々村紗代を追って」


 振り返りもせずにオタクくんは三階へと上がっていった。

 断る理由はない。

 俺と仁は野々村の尾行を再開した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ