六月十九日
<日記>
六月十九日(水)
今日は放課後、優真くんと隣駅の喫茶店で待ち合わせをして、カラオケに行ってきました。人生初のカラオケです。人目を忍んでこっそり会うのはいけないことをしているみたいでドキドキしますが、同時にちょっと嫌な想像もしてしまいます。実は優真くんには他にも彼女さんがいて、その彼女さんに見つからないようにしているんだったらどうしよう、とか、わたしなんかが彼女だと知られたら恥ずかしいのかな、とか、そういう暗い想像です。もちろん、優真くんに限ってそんなことはないと信じています。自分に自信を持てるようになることがわたしの課題のようです。
この日に備えて、わたしは優真くんの好きなバンドの動画を観て曲を憶えてきました。これまでは音楽にハマるという感覚が分からなかったのですが、優真くんの好きなものだと思うと素敵に見えて、自然とわたしも好きになっていました。早くも優真くんの色に染まっているんだなあと思うと、嬉しいような、照れくさいような、変な気持ちです。
指定された部屋は薄暗い個室でした。光沢のあるテーブルと革張りのソファがあって、怪しいお店のVIPルームのように見えました。それをそのまま伝えると優真くんに「可愛いなあ」と言われてしまいました。カラオケというのはこれが普通らしいです。
ドリンクが来るのを待っていると、優真くんから「二人きりのときだけ『紗代』って呼んでいいか?」と訊かれました。男の子に、下の名前で、呼び捨てです。わたしを『紗代』と呼ぶのはお父さんとお母さんとお姉ちゃんと春香ちゃんくらいですから、一気に関係が進展したみたいで衝撃的でした。もちろん嫌じゃありません。内心ではわーわー叫んでしまいそうなくらいはしゃいでいました。いいよ、と答えると、優真くんは嬉しいと笑って、早速「紗代」と呼んできました。それだけで身体の内側が発火したように熱くなってしまいました。いつかは慣れる日が来るのでしょうか。全然想像がつきません。
優真くんは「俺のことも『優真』って呼んでいいぞ」と言ってくれました。いいなあ、彼女っぽいなあ、と思いながらも、恥ずかしいので断ったのですが、「今変えないと一生『皆月くん』のままだぞ」と説得されて、悩んだ末に『優真くん』と呼ぶことにしました。一度口にしてみると思ったよりも抵抗なく呼ぶことができました。優真くんは『皆月くん』よりも『優真くん』の方がしっくり来ます。『優真くん』っぽいという感じなのですが……わたしにもうまく説明はできません。
本題のカラオケですが、「お手本を見せよう」と言って優真くんが先に歌ってくれました。お手本と言うだけあって、優真くんの歌はすごく上手で、迫力があって、身体の内側から声が響くようでした。楽しそうに歌うので、聴いているわたしまで楽しくなってしまいます。『We Are The World』の合唱を外国人アーティストの真似をしながら全パート一人で歌ったときは、可笑しくて声を出して笑ってしまいました。
なんでも、優真くんはお師匠さん?に〝いい男〟は歌が上手いと教えられ、ボイストレーニングをしていたことがあるそうです。すごい人の彼女になってしまったと思いました。
わたしも頑張って歌おうとしたのですが、声が小さすぎて優真くんに笑われてしまいました。遊びなんだから上手いとか下手とか気にしなくていい、歌おうとするんじゃなくて、歌手になり切って遊ぶのがカラオケなんだ、というのが優真くんの説でした。それでも声を出せずにいると優真くんが一緒に歌ってくれて、その歌声に引っ張られてわたしも思いきり歌うことができました。大きな声を出すなんてあまりしたことがなかったのですが、思っていたよりもずっと楽しいものでした。たぶん、優真くんと一緒だったからだと思います。
残り十五分というところで、優真くんが隣に来て、手を握られました。わたしの瞳を覗き込むように見つめてきます。何だろう、と思っていたら、キスをされました。
わたしはここが外じゃないということをすっかり忘れていました。外じゃないのなら、キスができるということです。そっか、カラオケってキスができる場所なんだ、と今さら気づいたのでした。
優真くんの唇は鳥が羽を休めるようにじっと留まって、離れたと思ったらまたくっ付いて、何回も何回もわたしの唇を塞ぎました。『好き』という言葉以上に〝好き〟が伝わって、泣きそうなくらい嬉しくなって、苦しいのか幸せなのか分からなくなっていきます。優真くんが笑って、釣られてわたしも笑いました。
十分前の延長確認の電話があった後も、時間が許す限り、優真くんといっぱいキスをしました。
またカラオケに来ようと言われて、いつもより大きな声で「うん」と答えました。本当は延長したかったことは、優真くんには内緒です。




